このブログの全ブログ記事

学術研究
1研究環境の整備
2専門の研究活動
3著書・論文の刊行
4学会発表
5学会の運営
6研究費補助金の申請
7サバティカル
8専門の研修への参加
教育
9カリキュラム・開講科目表の編成、時間割作成
10学生ニーズの把握と教育の企画
11ガイダンス、一泊研修
12履修指導
13学生相談、クラスミーティング
14オフィスアワーや個別指導
15メール、WBT、LMSによる課外指導
16ブログやSNSによる学生との一体感醸成
17授業担当
18研究指導
19学力の把握と学生管理
20成績評価
21教育内容・方法の工夫
22授業計画の作成
23教材研究
24教材作成
25教育機器の管理
26実習先との連絡・調整
27学生授業アンケートの実施
28FD研修への参加
大学運営・管理
29職場環境・人間関係の改善
30人事の管理
31受験生の選抜、入試作問
32学科、学部、大学行事
33教室会議・専攻会議の活動
34ワーキンググループの活動
35委員会の活動
36教授会の活動
37予算の立案
38将来構想の企画
39各種情報の収集と分析
40広報内容の検討
41パンフレット等の作成
42ホームページの管理
43補助金の申請
44自己評価報告書の作成
45学内各機関との連絡・調整
46入学式、卒業式
47人権研修への参加
社会活動
48地域との交流
49業界、企業、団体との交流
50講演、セミナー等での講師
51マスメディア等への露出
52ブログ等による社会還元
53審議会、研究会などの活動
営業活動その他
54オープンキャンパス
55高校等への出張講義
56高校訪問
57進路説明会
58保護者懇談会
59ホームカミングデイ
60サークルの顧問
61入試監督業務
 .
 左の表は、かつてぼくが大学教職員組合の仕事をしたとき、大学教員の「業務」の範囲を示すために作ったものです。労使交渉の中では、これらのうち、どこまでが俸給の範囲内であり、どこからが手当ての対象なのかについて話し合われました。

 まぁ、さしあたってそれはどうでもよくて、今回のテーマは表の16と52です。すなわち、ブログやツイッター、SNSの執筆は大学教員の「業務」(所属組織からの報酬を対価とする労働)なのかどうか。あるいは、それに対して、大学当局に編集責任、監督責任があるのかどうか。

 一般の企業においては、たとえ職員のブログが営業上のメリットをもたらしたり、企業イメージを向上させる広報上のメリットが生じている場合でも、業務命令がないかぎり、ブログの執筆は「業務」扱いにはならないでしょう。むしろ、就業時間内に執筆していれば、就業規則によっては職務専念義務違反に問われますし、会社の資産(PCやネットワーク)を不当に流用したということで横領扱いされることすらあります。ブログだけでなく、表の48〜53の「社会活動」は、いずれも企業では就業規則によって禁じられていることが多いです。職務専念義務を脅かす活動であると考えられているためでしょう。

 ところが、大学教員の場合、これらの「社会活動」が教員評価の査定項目に挙げられていますし、第三者機関による認証評価でも審査項目に数えられています。いずれも、禁止されるどころか、教員の業績として評価され、積極的な活動を奨励されています。

 では、所属組織を明らかにしたうえで、ブログを執筆するという行為は、所属組織における「業務」といえるのか?

 例えば、表の16の用途であれば「業務」としての色彩が強く、52(を含めた「社会活動」全般)は「業務」ではない、という考え方があるかもしれませんね。なぜなら、「社会活動」は研究者の倫理的責務として行うものであって、教員の仕事としてやるものではないというのが一般的な見解だと思われるためです。また、「社会活動」が教員評価の査定項目に含まれているのも、教員としての職務を遂行する能力をあらわす指標のひとつだからであって、「業務」の一部だからというわけではないでしょう。「社会活動」をいっさいやらなかったからといって、評価が下がるわけではないのはそのためです。

 ただ、実際にはそうキレイに線引きできるわけではありません。なぜなら、52の用途で運用されているブログであっても、実名で運用されていたり、学生たちにURLが周知されている場合、16の機能を併せ持ちますし、16の用途で運用されていても、そこに書かれる記事は、学者として、知識人としての見識の披露であったりします。

 つまり、大学教員のブログは、「たとえ私的な見解を綴ったものだとしても、大学の業務の一環」とみなすこともありうるし、逆に、学者であれば所属組織から依頼を受けて「私的な言論」をブログに書くことだってあるわけです。

 とはいえ、一般の社会通念からいえば、会社の業務で私的な言論を公表するというのは考えにくいかもしれません。会社の業務であれば、すべては会社を代表しての言動ということになりますからね。そのため、部下は上司の監督に服さなければなりません。部下のミスは、監督責任をもつ上司が謝ってオトシマエをつけるということも慣習的に行われています。

 でも、大学と一般の企業では、ずいぶん話が違います。

 授業を例に取りましょう。上の表でいえば、13〜25が授業に関連する業務です。このうち不可欠な業務だとされているのは、17、18、20、22、23の5つだけで、残りの8つは教員の裁量に任されています。13〜25を全部やっても給料は増えないし、最低限の5つしかやらなくても責められません。

 極端に言い換えると、賃金が支払われる業務(17、18、20、22、23)だけでなく、賃金不払業務(それ以外の8つ)を教員に自発的に負わせることで大学の授業は成り立っている、ということです。

 賃金不払業務については、さすがに業務命令で強制的に従事させるわけにはいきません。教員が自ら、個性と熱意と創意工夫の発露として従事するものでなければならない。教員のプライベートな努力(≒裁量)によって、学生たちは反射的に知的メリットを享受するという構図です。そこに、「業務」でありながら、「私的」な要素が入り込む余地が生まれます。

 授業だけでなく、大学教員の業務には公私混同が幅広く観察されます。クラスミーティングのために教員がポケットマネーを支出するとか、クラブ活動の顧問として学校行事のためにマイカーを走らせるというのはよくある話です。逆に、就業時間中に、業務かどうか明白でない社会活動を行ったりもします。そしてそれが業績の一部とされたりします。

 公私(業務かどうか)の区別を明確にしようとすれば、確実にパフォーマンスの低下を招きます。それくらい、大学では、教員の私的な要素が重要な働きをします。教員はプライベートなお金と時間と労力を遣って教育や研究に携わり、その成果を還元するために社会活動を行っているわけです。

 そろそろ、上の質問に答える準備が整ったと思います。

 大学教員が所属組織を明らかにして執筆した文章であっても、大学当局に編集責任、監督責任があるとはかぎりません。そもそも、大学にとって広義の「業務」とみなしうる言動であっても、それは教員のプライベートな知的活動から大学が反射的に利益を得ているだけ、という側面があるくらいなのですから。

P.S.

 ただし、前表の17、18、20、22、23であれば、大学の権威筋が監督権限を行使できます。つまり、教員が授業中に問題発言をして、学生から大規模なクレームが寄せられたような場合であれば、改善を指導したり、場合によっては何らかの懲戒の対象とすることができます。

ひと休み

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 二日前だったか、ぼくのエントリーへの批判を読んだ。他の人たちのコメントは賛成意見であれ反対意見であれ、巧拙を問わず、それなりに興味深く読ませていただいているが、その批判だけは身につまされるものがあった。

 その理由は、第一に、在日コリアンの若い子が批判者だったこと、第二に、おそらく四世の世代であるにもかかわらず、批判の内容が二世的なルサンチマンを引きずった痛々しいものだったこと、第三に、したがって批判の内容はぼくが若いころに民族運動家から受けた理不尽な批判を思い出させるものだったこと。

 批判の内容そのものは愚にも付かないものだったけれども、傷ついて防衛的になって過敏になって、そして傷口をさらけ出しながら必死に社会に向かって何かを訴えようとしている様子が痛々しくてね。21世紀にもなってこんな子がまだいるのか。その批判がコトもあろうにオレを向いてるのか。

 ツイッターで話しかけてみると、じつは日本人で、単なるカルスタ系の差別オタクだったみたい。いや、なんというか、ホッとした。かなり。本当に、よかった。

 そうそう、批判の内容が愚にも付かないと書いたけれども、もうぼくがネットにどういうことを書いてきたのか知らない人が多いんだなと実感しているところです。HANBoardから、一つだけスレッドを紹介しておきます。もし、それなりに興味深いと思ったら、過去ログを読んでみてください。在日コリアンがもぐら叩きにどれだけ疲弊させられるものか、わかるかもしれない。

http://han.org/hanboard/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=1436;id=

 あと、ぼくのエントリーに直接コメントを付けてくれたみなさん、ありがとう。コメント欄にリプライはほとんど付けていませんが、ちゃんと読んでいます。まあ、もう不毛なもぐら叩きはやりませんが。

このブログのタイトル

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 このブログには名前をつけるつもりはなかったので、しばらくの間、「金明秀の公式ブログ」とだけ題していました。ところが、知人から、「金明秀 公式ブログ」はダメダメやろ(笑)!と痛罵されましてね。

 でも、名前をつけると特定の方向性に縛られてしまうことがあります。そこで、意味がわかりにくければ名前をつけないのと同じだろう、と考えて決めたのが現在のタイトル《Whoso is not expressly included》。読めない記号を名前にしたPrinceの気分...ちょっと違うか。

 タイトルの意味は解説しないつもりでしたが、キザったらしいと思われたらイヤなので、この辺でさりげなく書いておくことにします。

 出典は、ゲオルク・ジンメル「秘密と秘密結社」の英文翻訳版です。Georg Simmel, "The Sociology of Secrecy and of Secret Societies," American Journal of Sociology 11 (Trans. Albion W. Small) 1906.

In  contrast  with  the  fundamental  principle:  Whoso is not expressly excluded is included, stands the other:  Whoever is not expressly included is excluded.

 野村一夫さんが「排除されていない者は包括されている」というフレーズでこの一文を紹介していますので、知っている人も多いでしょう。

 でも、翻訳英文を見てもらうとわかるように、「排除されていない者は包括されている」には対置される命題があるのですね。「包括されていないものは排除されている」です。これを野村一夫さん風に深読みすると、他者化されるマイノリティということになりますか。つまり、最近ぼくが書いている一連のエントリーのテーマと密接に関連する文章になるのですね。

 ブログの方向性を定めたくないという気持ちもありましたが、けっきょく、これまでに書いてきたものは、他者化された位置から、他者化する視線を批判するというものが多かった。おそらく、ぼく自身がWhoso is not expressly includedの一人だからでしょう。

 そういう意味で、はじめは気乗りしないままつけたタイトルですが、まあこのブログにふさわしいものになったんじゃないかな、と今では思っています。 

HANBoardについて

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 このブログは主として学生向けにひっそり運営してきたつもりでしたが、ツイッターのプロフィールに書いたとたんにオープンになってしまいました。仕方がないというわけではありませんが、それならそれで、今後は幅広い読者を念頭に書いていくことにいたしましょう。

 さて、オープンになったとすれば、一度は断っておかなければならないことがあります。

 このブログはハンワールドというサイトに設置されているわけですが、1996年から2003年初頭までは HANBoard という電子掲示板が代表的なコンテンツでした。掲示板を閉鎖する際、ぼくは、なぜ閉鎖するにいたったのかについて理由は別途詳述する、と述べました(#2425#2454、等)。が、その約束は果たされずに今日に至っています。

 というのも、HANBoardを閉鎖した当初は、ブログの形式で主張を整理していく予定でした。ところが、いざ原稿を書こうとして過去ログを参照したところ、当時の掲示板を開始した直後の投稿(#67)に、執筆しようとしていた内容の多くをすでに書いていた、と気づいてしまったからです。#67から#2425までの1年半余りは、完全に無駄だったということになるわけですから、愕然としましたね。

 ともあれ、これ以上なにを書いたところで、もはや嫌韓ネトウヨが構築するフィクションは押しとどめようもなくインターネットに蔓延している。そう、はっきりと再認識したのですね。上述の約束を放棄したのは、そういった理由からです。

 HANBoardは、実際のところ、在日コリアンのためというより日本人のために開設されていたものです(例えば#2457参照)。その意義が理解されるような、何かまったく新しい状況が日本のインターネットに到来しないかぎり、同種の活動は無期限で延期することにいたしました。

 だから、このブログは、在日コリアンのためだとか、日本社会のためだとか、そういう公共性を直接の目的とはしておりません。それはぼくの手に余ることがわかったし、また、それが生かされるような状況でもない。

 そうではなく、金明秀の個人的なメモとして、書きたいことを書き留めていく。そういう場として、活用していきたいと思います。

再開のお知らせ

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 本日以前の日付で保存されている記事は、いずれも前任校における学生サービスとして試行的に執筆されたものです。(文中に出てくる「bruin」とは旧ブログにおけるボクの別名です)

 前任校での試みは、大学URLのヒモ付きブログがどういう可能性を持つかを探るうえで、たいへん有意義だったと思います。しかし、試行の結果が思わしくなかったや、ボクが職場を変わることに決まったことで、2008年10月にひとたび閉鎖いたしました。

 閉鎖に際して、外部からの反響はとても限定的でした。対外的な業務としてみれば、労力に比して成果があまりにも乏しかったといえるでしょう。ただ、在学生や卒業生から「残念だ」との声が聞かれたことがずっと心残りでした。

 そこで、職場が変わったのを機に、金明秀個人のブログに形を変えて、執筆を再開したいと思います。

 在学生、卒業生、所属校を問わず、ボクの声に耳を傾けてくれる方々とのコミュニケーションツールに育っていってくれたらいいのですが。

閉鎖のお知らせ

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 この1年半ほど、「大学業務としてのブログ」の可能性を探ってきましたが、だいたい状況が分かってきました。結論から言えば、メリットよりもデメリットのほうが大きいですね、日本では。

 加えて、いろいろな事情があって、このブログの継続は事実上不可能になりましたので、本日をもって更新を停止することにいたしました。

 長い間、ご愛読ありがとうございました。

キーワードマッチング

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 このブログに訪れる学生たちを読書に誘導しようと考えて、Amazonのアフィリエイト広告を貼り付けてみました。「Amazonおまかせリンク(R)」という、いわゆるWeb2.0的なキーワードマッチングによる広告です。説明文を引用してみましょう。

Amazon おまかせリンク(R)を利用すると、アソシエイトメンバーそれぞれのWebサイトに適した商品を自動的に表示することができます。たとえば、数千規模のDVDレビューコンテンツを持つサイトの場合は、レビューされたDVDやそれに関連するタイトルが表示されます。リンク作成時の設定に応じて、カバーイメージやAmazon.co.jpでの最新価格も自動的に表示されます。この例の場合、DVDストアの商品のみに限らず、関連性があれば他のストアの商品が表示されることがあります。映画のサウンドトラック、特定の映画に関連したビデオゲーム、関連キャラクターのおもちゃなども表示対象になりますので、特別なメンテナンスなしに購買率を上げることが可能です。
 というのですがねぇ。しばらく試してみて確信しました。マッチング精度が低すぎる!

 まあ、このブログはテーマが多様なのでSEOには向いてない(教育なら教育、バイクならバイクに特化したブログのほうが検索エンジン対策に有効です)し、したがってサイト全体のキーワードがバラついてしまうのもしょうがない。

 でも、カテゴリー・アーカイブのページ(右のウィンドウの「カテゴリー」欄にあるリンク)は話が別です。ある程度テーマが一貫していますので、単語に分解していけば出現頻度の高いキーワードを拾い上げることが可能です。たとえば、カテゴリー「バイク」の全ページを、chasenなどの分かち書きソフトウェアで解析すれば、確実にバイクという単語が最頻語になるはずです。つまり、カテゴリー・アーカイブはキーワードマッチングに適した内容になっているはずなのです。

 にもかかわらず、まともな関連書籍が表示されたためしがない。どうやら、「Amazonおまかせリンク(R)」ではちゃんとしたキーワードマッチングは行っていないようです。

 かといって、キーワードマッチングの効率がいいというだけでGoogle AdSenseを入れるのは、学生たちを読書に誘導するという目的に合わないし。

 そう都合よくはいかないなぁ。

追記:「社会・政治」カテゴリーの書籍を表示するように変更しました。

2種類のキャンプ場

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 おととしは1年間大学から休みをもらってニューヨークで勉強してました。とはいえ、せっかくアメリカまで行くのにニューヨークだけではもったいない。で、バイクを持ち込んで、夏に休暇と調査をかねて北米大陸を一周しました。

 3ヶ月のロングツーリングでしたので、いろんな発見がありました。別の場所で書いたツーレポですが、加筆・修正を加えて、こちらにも転載していきます。

 今回は「2種類のキャンプ場」

Denali National Parkのキャンプ場。ひとつの区画が30m×10m以上で、テントとテントはいちばん近いところでも20mほど離れている。 北米には2種類のキャンプ場があります。いや、いろんな「2種類」があるでしょうが、ここで紹介したいのは「宿泊客どうしが仲良くなるキャンプ場」と「ほとんど口もきかないキャンプ場」の違いです。その二つを分ける原理はとても単純で、テントとテントの距離が近ければ前者になり、距離が遠ければ後者になります。ただ、樹木などの障害物があれば後者になりやすいかも。

 心理学にはパーソナルスペースという概念がありますが、逆にソーシャルスペースとでもいうべき距離感がおそらくあるのでしょう。ぼくが知らないだけで、すでにそういう概念はあるのかな? ともかく、"その範囲内だったら対人関係を築かないと気まずい距離"というのがどうやらあるようなのです。

 その範囲のなかの人とは、話しかけるストレスより、話しかけないで見知らぬ関係のままでいるストレスのほうが強いため、積極的に挨拶をしたり話しかけたり夕食に誘ったりして、顔見知りの安心できる関係になろうとする。
これはかなり極端な例だけどBillie's Backpackers Hostelのキャンプグラウンド
 逆に、その範囲を超えるような位置にいる人は、話しかけるストレスのほうが話しかけないストレスよりも強いため(あるいは両者が拮抗すると判断に困るというストレスもあったりして)、バスルームとかで近づかないかぎり、基本的には挨拶以上の関係にはなりにくいです。というより、いつソーシャルスペースに侵入してくるかわからないのはけっこう強いストレスの元なので、見えないもの、存在しないものにして無視してしまうという戦略に出たりします。つまり挨拶すらしないことも珍しくありません。

 どっちのキャンプ場がいいかはそのときの気分しだいですが、ツーリング中のぼくは「仲良くなるキャンプ場」のほうが好きでしたね。人恋しいからという理由ももちろんありますが、食事代や酒代が浮くというメリットもあります。どこかで大量にスープでも作ってたり、どこかで酒瓶を並べてたりしますので、「ハーイ!」っていいながら近づいていけば、もう食事や飲み物の心配はいりません。そうやって図々しくたかって食費を節約していました。名づけて「モーターサイクル・ダイヤリーズ戦略」。チェ・ゲバラもやったんだと思えば多少は羞恥心と罪悪感がマシかなと。

移転してきました

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 これまでは学内限定のブログで学生向けにエントリーを配信してきましたが、今後はこちらのサーバーでオープンにやっていきます。

 学内限定のブログにはSNSに似た特長もあって、将来的にはいろいろな可能性も考えられるのですが、やはり現時点では一般に公開してはじめて意味があると思います。

 まぁ学校名のヒモ付きではありますが、角が立たない範囲で思いのたけを綴っていくつもりです。

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