モーターサイクルの全ブログ記事

機械がすき

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 ようやく愛車が車検から戻ってきました。二週間以上もお気楽マシン(F650GS)に乗っていましたので、「こんなに難しいノリモノだったっけ」という感覚がまだ抜け切れません。でも、やっぱり自分のバイクはいいものです。愛着がある。

 ところで、もう5年ほど前の話になりますが、ぼくがPDAを持ち歩いているところを見て、臨床心理のI先生が話しかけてきました。

I先生bruinさんはそういうのが好きね。前も携帯電話で会議のメモをとってたでしょ。
bruin特別好きってわけじゃないですけど、ぼくは忘れっぽいから電子メディアに管理してもらわないとダメなんですよ。
I先生好きなのね?
bruinいや、好きというか、携帯なんかどうせ持ち歩くならスケジュール管理をかねたほうが便利だし/
I先生好きなのね?
bruinいやいや、PDAは来年アメリカに行ったとき迷わないようにGPSつきの機種で/
I先生好・き・な・の・ね?!
bruin...はい orz

 いや、さすがは臨床家というべきか、ひとたび認めてしまうと、「そういえば好きなんだな」と公平に評価できるようになったりします。(ホントか?)

 前にも書きましたが、今回の車検では、研究用途をかねて、ZUMO550(パーソナルナビ)とFTM-10S(無線機)を付けてもらいました。どちらも最初は自分で作業するつもりでしたが、「1万円でいい」という話だったのでディーラーに取り付けをお願いしました。ケーブルなんか、さすがにキレイにとり回ししてくれています。

 これがねー、うれしいんですよ。モノ自体にけっこうワクワクしてしまうんです。新品のミニカーにドキドキした子どものころから変わってないんだなと実感しますね。

雑誌記事の不思議

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 車検+αのために愛車をディーラーに預けて2週間あまりがたちました。代車はいつもの通りF650GSです。

 フルモデルチェンジしてしまいましたが、旧F650GSはいいバイクですよ。軽いし、フラットなトルクで扱いやすいし、適度に反応がノロいので原付並みにアクセルを開けられるし(笑)、なのに4千回転以上まで回してあげるとちゃんと気持ちよく走ってくれるし。車体の重量バランスもいいです。200kgを切ってますからね、スタンディング・スティルである程度がんばれてしまいます。ぐらついても両足がべったりつきますし。とにかく素直なヤツです。

 ところが、BMWのバイクをテーマにしている雑誌では、繰り返し繰り返し、「ビッグシングル(単気筒)なので低速がニガテ」と評価されてきました。いったい、どんなバイクと比べて「低速がニガテ」といっているのかぼくにはわかりません。

 なぜなら、まずエンジンの粘りについていえば、旧F650GSは低回転でも粘ってくれます。1500回転以下でも十分に実用に足ります。トルク不足でエンジン音が変わるようなときでも、エンストしそうな気配がありません。また、操作性についていえば、軽いので極低速でややふらつくきらいもありますが、逆に軽いおかげで修正も容易です。

 一方、ぼくの愛車であるR1150GSは、とにかく低速がニガテです。GSにかぎらず、Rシリーズは全般的に低回転での粘りがありません。2000回転を下回るとエンジンが不安げな音をあげはじめ、スロットル操作がいーかげんだとすぐにエンストします。多気筒バイクに慣れたライダーは、最初だいたいエンストさせてしまいますね。しかも、2気筒なので多気筒エンジンに比べて低速でふらつきます。そして、ふらついたとき、車体が重たいので修正も大変です。

 にもかかわらず、やはりBMWのバイクをテーマにしている雑誌では、繰り返し繰り返し、「水平対抗エンジンなので低速でも安定している」と評価し続けてきました。最近になってようやく「じつは低速がニガテ」という記述をちらほらと見かけるようになってきましたが、大方の論調は今でもやはり「低速でも安定している」というものです。

 いや、たしかに、低速でも安定しているといえないことはありません。回転数をしっかり上げてやっておけばね。回転をあげてもスピードが出すぎないように、リアブレーキを引きずるか、半クラッチを使わなければなりませんが。

 けどね、そこまでムリをしないとエンストしたりふらふらしてしまうようなバイクを「低速で安定している」などと持ち上げておきながら、なぜ、F650GSを「低速がニガテ」などとナンセンスな貶し方をしてしまうのか。まったく不思議でしょうがない。

 もしかして、Rシリーズは「(超低速はすっごいニガテだけど)低速で(なら)安定」している、という意味か?

 今日はひさしぶりにオートバイの話です。

 先日、ふと気になって、オートバイの車種ごとに乗車姿勢がどのように違うかを解説したウェブサイトがどれくらいあるのか、少しだけ調べてみました。2時間ほど探して、ごく簡単な記述があるページを2つほど見つけることはできましたが、詳しく解説してあるページは一つもありませんでした。

 まぁ、バイクの乗り方なんて、読んだだけでは分かりませんからね。実際にまたがって、運転してみて、その合理性を納得できないかぎり、「こうやって乗るものだ」といわれたところで、実践してみようという気にはならないでしょう。

 とはいえ、自転車については、ロードバイクとオフロードバイクの乗車姿勢や乗り方の違いを丁寧に解説したウェブページが多数あります。他のスポーツだって、入門者向けにその種の情報を提供するサイトは少なくありません。それに対して、オートバイははるかにユーザーが多いにもかかわらず、なぜもっとも基本的な乗車姿勢についての解説ページがないのか、ちょっと興味深いところです。

 ともかく、乗車姿勢からいえば、オートバイは3つのカテゴリーに大別することができます。(1)オンロードバイク、(2)オフロードバイク、(3)クルーザー(アメリカン)やスクーター。教習所では教えてくれませんが、この3者はバイクの性質が大きく異なりますので、乗車姿勢や乗り方にもいろいろと違いがあります。

 たとえば、オンロードバイクとオフロードバイクの乗車姿勢を比較すると、だいたい下の表のようになるでしょうか。個々人の好みによるところも大きいので、これが唯一の正解ということではなく、基本姿勢の平均的な状態を描写したものだとお考えください。

 相違点解説
 オンオフ
グリップ手首はまっすぐにし、軽く卵を握るようにグリップをつかむ手首はまっすぐにし、薬指と小指はしっかり握る。薬指と小指はレバーを操作するときもグリップから離さないオフでは激しく車体が揺られるし、積極的にハンドルをつかって操作することが多いので、しっかりハンドルを握る。ただしすべての指に力を入れると腕まで動きが硬くなってしまうので、薬指と小指だけでぎゅっと握るようにする。
上体自然な姿勢のまま、上体だけ前傾するびしっと背筋を伸ばして垂直に上体を立てる運転中に上体を柔軟に動かしてバランスを取ることは共通しているが、オフでは前後左右上下に車体が振られるので、オンよりも上体の自由度を高めておく必要がある。
上腕以外は力を抜いて45度くらいワキを開く地面と水平になるくらいワキを90度開くどちらもワキはしめずヒジは外を向けるが、オフでは激しく左右にハンドルが振られたときヒジが体にぶつからないように、あらかじめ高く上げておく。
一度ステップに立ってから自然とシートに腰を下ろすタンクに股間がつきそうなくらい前乗りする前後左右に柔軟に腰を動かしてバランスを取ることは共通しているが、オフでは前輪の加重不足が挙動を不安定にする場面が多いので、できるだけ前加重にする。後加重にするとき体を大きく動かせるメリットもある。
ヒザ腿全体でタンクを軽くホールド(ニーグリップ)ヒザで自由にバランスを取れるようにタンクからは離しておくオフでは激しく車体が揺られるので、ニーグリップしていると体まで一緒に揺れてしまう。車体を股下で遊ばせることで激しい挙動を吸収する。オンでもハイサイドのときは同じ。
かかとステップから少し後ろに引いて車体をホールドステップから少し後ろに引いて車体をがっちりホールドロール方向の動きを制御するために、かかとでしっかり車体をホールドすることは共通している。ただし、ニーグリップしない分、オフのほうがよりしっかりとホールドする必要がある。
つま先外に開かずまっすぐ前を向けてペダルの上に置く角度は外に開いてもいいけど、ペダルの下に置くオンでヒザとつま先が外に開くスタイルは「族乗り」と呼ばれて蔑まれる。というより上手に曲がれない。また、ペダルの下につま先を置いていると、バンク角が大きくなったとき地面に挟まれて怪我をする。
オフでは、ブーツを履いていると足首が曲がらないので、つま先をペダルの上には置けない。ブレーキやシフトチェンジは、脚全体を動かして操作する。

 上の表は、オンロードバイクでオンロード(舗装道路)を走行するときと、オフロードバイクでオフロード(非舗装道路)を走行するときの乗車姿勢の違いを比較したものです。他にも、乗車姿勢だけでなく操縦方法にもいろいろな違いがありますので、機会があればまた後日書いてみたいと思います。

 上の表について面白いのは、オフロードバイクでオンロードを走行するときにはどうなるのか?ということです。答えは、多くのオフローダーはオンロードでも上記の姿勢で走っているのですね。

 確かに、オフロードバイクは、ハンドルの幅が広いし、ハンドルの位置も高めです。車体の重量バランスからいっても、前乗りすると操縦しやすい作りになっています。だから、オンロードでオフと同じ姿勢をとっても不思議ではありません。

 とはいえ、上記の姿勢はかならずしも"楽"なものではないのです。なにせ、両足のペダル操作は、足首だけではなく脚全体を上下しなければなりませんし、両ヒジを高く上げておくのも疲れます。しかも、(タイヤのグリップさえ信頼できるのであれば)やはりオンロードはオンロードに向いた走り方というものがあるわけでして、オフの姿勢のままというのは必ずしも合理的とはいえません。

 にもかかわらず、オンロードでもオフロードと同じ姿勢で走行するのは、これはもう「スタイル」としかいいようがありません。あるいは「文化」ですね。

 走行時の衣服も、ただ舗装道路を走るだけなのに、オフロード用のヘルメットにゴーグル、モトクロス用のジャージ、オフロード用のブーツという装備でガチガチに決めている人もめずらしくありません。特に、オフ用のブーツなんて、重いし蒸れるし歩きにくいし、日常使いではいいところないんですけどね。(小柄な女性が履いていると、なぜかちょっと萌えたりしますが、それはそれとして)

 クルーザー乗りがヘルズ・エンジェルズ由来の"ちょいワル"スタイルを消費するように、オフローダーは非舗装路に分け入っていく"アウトドア"スタイルを消費しているということでしょうか。

 オートバイは、単なる移動手段ではなく、文化を伝えるメディアでもあるのですね。

Bluetoothヘッドセット

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 先日、Bluetoothヘッドセットのことをチラっと書いたところ、検索エンジン経由で何件もの訪問者がいらっしゃいました。出始めの商品なので、みなさん苦労して情報収集されてるんでしょうね。いや、僕もそうなんですけど。

*****

 世界で初めてBluetoothヘッドセットつきのヘルメットを発表したのはMOMOデザイン。2004年9月のことでした。その後、ダイネーゼ、BMW、ノーランなどから相次いで発売されたものの、日本ではいずれも発売されずじまい。

 よだれをたらしながら海外のニュースを読んでいたところ、2005年10月、高機能ヘッドセットで名高いケテルから、ヘルメットの内装を換えるだけでBluetoothヘッドセット機能を実現できるという意欲的な製品が東京モーターショーで発表されます。すばらしい!と心待ちにした人は少なくなかったはず。

 ところが、待てども待てども発売が開始されません。1年以上もたった2007年3月に、ようやく予約注文の受付が始まったのですが、いざ詳細が明らかになってみると、東京モーターショーでの発表時ほどの輝きは感じられませんでした。その価格の高いこと。しかも、対応しているヘルメットの数が少ないこと。

 でも、最大の理由は、2006年12月には、すでにイタリアのセルラーライン社が開発したInterphoneが日本でも入手可能になっていたからでしょう。

 これはよくできた製品でした。いや、今でも、いくつかの点においてもっとも優れた製品といえます。発売されるやすぐに人気が沸騰し、一時は最大手の輸入代理店ラフ&ロードで品切れ状態が続いたりしました。

 さらに今年の3月には、COOLROBO、B+COMが相次いで発表。日本でもバイク用Bluetoothヘッドセットが普及期に入ったことをうかがわせます。この2製品は、Interphoneとはちがってステレオだし、プロファイルも豊富だし、3系統もの接続チャンネルを用意しているし、さすがに技術革新のあとがある。

 でもねー。3商品の比較はこちらのブログに詳しいですが、それぞれ欠点があって、これというアドバンテージがないのです。

 COOLROBOはSCMS-Tに対応していないので、東芝のようにSCMS-T対応機器にしか出力してくれない携帯とはつながりません。取り付けもグラグラするし、防水じゃないという致命的な欠点があるし、バイク用の製品としては剛性感がなさすぎる。

 B+COMはSCMS-Tに対応していますが、バイク用アマチュア無線機FTM-10SとはBluetoothでリンクしないらしい。

 そして、COOLROBOにせよB+COMにせよ、Interphoneに比べてマイクの取り回しが不便なのです。ジェットヘルメットであればいいのですが、フルフェイスやシステムヘルメットを使うかぎり、Interphone以外はストレスがたまります。

 ところが、Interphoneにも欠点があって、マイク接続部のアームが弱いのです。システムヘルメットでフリップを上げ下げしていると、長期使用に耐えられずマイク部分がもげてしまいます。まぁ、これはフリップがマイクに触れないように意識して使えばいいことですが。

 という感じで、今のところ「これで決まり!」という製品はまだ出ていません。5月以降にも新製品発売の噂がありますが、どうなることやら。

追記:こちら(ぼのぼの F800で行こう!)も詳しいです。

研究室に泊り込み

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 気候のいい日曜日。

 リアシートに大きな荷物を積んでバイクに乗っていると、対向車線のバイクがピースサインを出してきます。「ツーリング? 楽しんできたかい?」というところでしょうか。

 よもや、寝袋と着替えを積んで、研究室に泊り込みにきているところだとは思わないでしょうね orz

 そういえば、去年もそんなことを書いたような...

ツアランスとアナキー

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 昨日の記事は完全に間違っていました。一日乗ってみてハッキリしましたが、実際には、前輪と後輪の特性が違うので違和感を覚えていたのでした。かつて、前輪ツアランス+後輪アナキーにしたときには気づかなかったのですが、両タイヤの違いは思っていた以上に大きかったようです。

 このことは、タイヤを交換してもらって乗り出した瞬間にはもう薄々わかっていたことだったのですが

「せっかく新品のタイヤに換えたのに乗り心地が悪くなるはずがない」
そんなありがちな認知的不協和をおこしていたようです。クヤシイ。

 さて、メッツラー社のツアランスとミシュラン社のアナキーは、ともに優れたオン/オフ両用タイヤですので、もう何年も前から比較の対象として論じられてきました。ところが、タイヤの評価というのは主観的なものなので、なかなかみんなの意見は一致しません。

 大方の見解が確実に一致するのは、次の2点だけ。

  • ツアランスは硬めでアナキーはやわらかめ
  • やわらかいアナキーのほうが硬いツアランスよりもライフがやや短い
 それ以外の特性――ロードノイズの大きさ、乗り心地のよさ、横方向への滑りにくさ、加減速時の滑りにくさ、滑りだしたときにどれだけ粘るか、どれだけ倒しこみやすいか――については、議論が分かれてバラバラのままなのです。

 でも、最大公約数的にインプレッションを総合すると、だいたい次のような感じでしょうか。

  • アナキーはゴムが柔らかいので、路面にまったりと粘りつくような乗り味がウリ。柔らかいだけに振動を吸収して乗り心地もよく、滑りだしたときも粘りが強い。
  • ツアランスはゴムが硬いので、ヘンに路面に追随したりせず、素直に操縦に従ってくれる乗り味がウリ。硬めなのでやや乗り心地は劣るが、その分だけ長持ちするし、クイックにバイクを倒しこみやすい。硬いからといって滑りやすいわけではなく、限界性能は十分に高い
 さて、そうするとですね、前輪にアナキー、後輪にツアランスを履いたときにどうなるか? 答えは、コーナリングのとき、前輪は路面に粘りついてまったりと倒れてくるのに対して、後輪はさらっと倒れこんでくる、ということになります。

 分かりやすくいうと、後輪だけ横滑りするような乗り味になってしまうのです。ちょうど後輪のエアが不足しているような状態です。乗りにくいこと、この上ない(泣)。

認知的不協和の理論―社会心理学序説

タイヤ交換

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 前後ともメッツラーのツアランスというタイヤを履いていましたが、前輪がかなり減ってきていたので、今朝、大学の近くにあるジャパンタイヤセンターによってみました。運よくミシュランのアナキーが一つだけ在庫にあったので、すぐに交換してもらいました。

 ツアランスもアナキーも同系統のタイヤなのでそう大きくは乗り味が変わらないのですが、交換後、びっくりするほどハンドリングが変わりました。

 交換前のタイヤも、まだスリップサインが完全に出てしまうところまではいってなかったのですが、じつは完全に終わってたんですね。

 なんだか乗りにくいなぁ、そろそろ9万キロだしオーバーホールしないといけないかなぁ、なんて思っていたのですが、どうやらタイヤのせいだったようです。

 電装カスタマイズもいいけど、タイヤがだめだと何をやってもだめなもの。ケチらず早めに交換が吉。自省をこめて。

BMWのローカル文化

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 ずっと前にバイクの種類によって異なる文化があるという記事(クルーザーとアメリカン)を書きましたが、BMWのバイクに乗る人たちには際立って特徴的な文化があります。それは、電装カスタマイズが好きだということ。

 たとえば、2年ほど前からバイクにもポータブルナビを付ける人が増えてきましたが、それまではナビを付けているバイクといえばほとんどがBMWでした。アマチュア無線のモービル機を付けているバイクもやはりBMWが多い。他にもレーダー探知機、自動空気圧計、ビデオカメラなど、BMW乗りのコックピット周りは、電子機器でゴテゴテしていることがめずらしくありません。

 また、冬には電熱ベストを着る人が多いのも特徴の一つです。一般にバイク乗りは、身体の自由度が制限されることを嫌がる傾向にあるため、バイクとケーブルで結ばれることはイヤがるものなのですね。だから、電熱ベストが暖かくて快適なことは分かっていても、ベストからバッテリーに電源コードでつながってしまうことに抵抗感があってなかなか手が出せないのです。

 でもBMW乗りは躊躇しません。快適になるなら、バイクとコードで結ばれることくらい平気です。電熱ベストのコードを腰につけ、アマチュア無線のコードをヘルメットにつけ、さらにエアバッグ・ジャケットのコードを胸につける。アンプがない場合は、さらにメディアプレーヤーからイヤホンのコードを耳まで延ばしていることもあります。

 どうしてこういう文化が発達したのか説明するのはさほど難しくはありませんが、その話はまた今度にしましょう。

 ぼくとしては、そういう文化とは一線を画しているつもりだったのです。でも、今から思えば、BMWを買って一番最初にやったカスタマイズはハンドル周りにシガーソケットを取り付けることだったし、初代Mio168が出るやいなやバイクに付けたし、どうやら初めから完全に文化圏に取り込まれていたようです。

 最近になってようやくそのことに気づきまして、なんだか吹っ切れたような気分になりましてね。もう遠慮することはないとばかりに、ナビとアマチュア無線機を取り付けることにしました。ただし、どちらもBluetooth付きの機種です。やっぱりコードが増えるのは面倒だし、なんとなく抵抗感があるし。

 今は忙しいので手をつけていませんが、5月半ばには立派な「ビーエム乗り」に成り下がっていることでしょう。

 ところで、Bluetoothといえば、ぼくはタンデムのときに会話をしたり、乗車中にも携帯電話に出られるように、Bluetoothのヘッドセットをヘルメットに取り付けています。イタリアのセルラーラインという会社から出ているインターフォンという商品です。

 これまでずいぶん活躍してくれましたが、ナビ、無線機、携帯という3系統と連結するには力不足なのですね。モノラルだし。

 で、買い換えました。デイトナから発売されているクールロボ。ところがこいつ、今つかっている携帯との相性がよくないのです。出始めのネットワーク機器は、なかなかうまくつながってくれませんね。

 携帯のほうを買い換えるということも考えましたが、夏に出ると予定されているauのスマートフォンを待っているところだし、まぁしばらくはだましだまし使っていくしかありませんかね。

風になる?

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 イソップ寓話の有名な「北風と太陽」の話ですが、どうも納得できないのですよね。はたして、北風は本当に旅人の上着を脱がすことができないのか?

 というのも、おおかたのバイク乗りは、風の力がどれほど強く、また、どれほど器用なものなのか、身をもって知っています。

 たとえば、高速道路の通行券を2枚の革の間にぴったりと挟んで留めてあったとしましょう。手でぎゅーっと引っ張っても簡単には取れないような状態です。それが、走行中に風の力で吹き飛んでいってしまったりする。

 あるいは、ゆるめにジッパーを閉じていたタンクバッグがいつの間にか風の力で開いてしまい、中に入れていた帽子やウィンドブレーカーが風圧でバッグから飛び出していってしまう、とか。

 よく、バイクに乗ることを「風になる」などと詩的に表現することがありますが、現実には、バイクにとって風は行く手を阻む頑強な敵であったり、イタズラして装備を奪い取るやっかいな相手だったりします。

 まあとにかく、風の力は強いだけでなく、器用なのです。

 だから、旅人の上着を剥ぎ取るぐらいなら、ぼくは可能だと思うんですよね。上着どころか、補正下着みたいにぴったり身体に張り付く下着以外は、すべて風の力だけで盗ってしまうことができるんじゃないかという気がします。

 ところで、「ビューフォート風力階級」というのをご存知でしょうか。0から12までの13段階で定義された風の強さの尺度です。ウィキペディアから風力9以上を引用させてもらうと;

風力階級呼称地上10mでの風速(m/s)地上10mでの風速(ノット)陸上の様子海上の様子
9大強風(だいきょうふう)20.8〜24.4m/s41〜47ノット屋根瓦が飛ぶ。人家に被害が出始める。大波。泡が筋を引く。波頭が崩れて逆巻き始める。
Strong gale
10全強風(ぜんきょうふう)24.5〜28.4m/s48〜55ノット内陸部では稀。根こそぎ倒される木が出始める。人家に大きな被害が起こる。のしかかるような大波。白い泡が筋を引いて海面は白く見え、波は激しく崩れて視界が悪くなる。
Whole gale
11暴風(ぼうふう)28.5〜32.6m/s56〜63ノットめったに起こらない。広い範囲の被害を伴う。山のような大波。海面は白い泡ですっかり覆われる。波頭は風に吹き飛ばされて水煙となり、視界は悪くなる。
Storm
12颶風(ぐふう)32.7m/s以上64ノット以上被害が更に甚大になる。大気は泡としぶきに満たされ、海面は完全に白くなる。視界は非常に悪くなる。
Hurricane

 さて、風力の最大値「12」ですが、京都滋賀あたりでは台風の中でもあまり経験できないほどのすさまじい強風の状態です。なにせ「颶風」ですからね。「颶風」。もう漢字の読み方も分からないぐらい、めったにない強風ですw

 ところが、バイクではそんなにめずらしい強風とはいえません。

  • 高速道路の法定速度である時速100kmなら秒速28m (全強風/台風なら「並の強さ」)
  • 名神高速でぎりぎりつかまらない時速120kmなら秒速33m (颶風/台風なら「強い」)
  • 気持ちよさそうに飛ばしてるなーという時速140kmなら秒速39m (この辺から風のイタズラがひどくなります)
  • 「公道でそれ以上は危険だろ」と感じる時速160kmなら秒速44m (台風なら「非常に強い」)
  • サーキットのストレート、時速180kmなら秒速50m (前を向いて息をするのがつらい)
  • ぼくのバイクで全開いっぱい、時速200kmなら秒速56m (台風なら「猛烈」)
 つまり、主要高速道路を流れに乗って走るだけで、いつだって台風並みの強風を体験できるわけです。そして、これぐらいの風の強さになると、手でしっかり押さえていないかぎり、ボタンをはずされたり、引きちぎられたりして、上着を剥ぎ取られるのは時間の問題だ、ということを知るようになります。

 もし、太陽と競争中の北風が、つい本気を出して秒速80mの突風を断続的に吹き付けたとします。旅人は吹き飛ばされ、地面に衝突し、命を失うでしょう。あとはゆっくり時間をかけて地面を転がし、上着を剥ぎ取ればいいのです。

 でも、北風は、旅人を殺してしまうことを避けて、勝ちを太陽に譲ってあげたのでしょう。バイク乗りは北風さんの実力をちゃんと知っています。


注)ぼくは日本の公道ではスピードを出しませんよ。あくまで一般論です。

猫は勘定に入れません

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 あいかわらず旅行ネタですが、今回はペットの話。

 旅行となると、ペットの扱いに困ることが多いものです。ウチには6歳の双子だけでなく、猫が7匹もいます。キャットシッターに鍵を預けるのはあまり好きではないし、ペットホテルではいっさい飲み食いしなくなる猫がいることも分かっているので、3日以上家を空けるような旅行には連れて行かざるをえません。かなりの難事業です。
1920年代のサイドカーに乗るトミーと愛犬クワトロ。アラスカにて。 子どもたちはドライブ好きなので問題ないのですが、猫はそうも行きません。

 じっと黙って移動に耐えていられるのはせいぜい1時間。すると、神経質な猫から「アウォー」とか「ニ゛ャー!」とか悲痛な泣き声を上げはじめます。

 そして、一匹が泣き始めるとすぐに7匹全員に波及し、車内はとんでもない騒ぎになります。

 いったん騒ぎになると、なだめてもすかしてもダメ。ケージから出しても、うろうろ歩き回って落ち着かないだけ。

 というより、ハンドルの上にのぼろうとしたり、コンソールの上で視界を邪魔したり、ブレーキペダルの下にもぐろうとしたり、危なくってしょうがない。

 まぁそれでも、車で移動しているかぎりはなんとかなるものです。 

 問題は、宿。ペット連れでは泊めてくれる宿がないのです。

 犬といっしょに泊まれる宿というのはないわけではありませんし、その多くは猫同伴もOKです。でも、7匹の猫なんてのは、たいていのホテルや旅館にとって想定外なんですよね。なんとか頭数が多くても大丈夫という宿を見つけたとしましょう。でも、たとえ犬より汚すリスクが少なくても、猫割引なんかしてくれません。7匹もいると、旅費がかさんでしょうがない。

 それでも、公然と猫を連れ込めるのならまだいいのです。地域全体がペット禁止で、泊まれる宿が一軒もないということもめずらしくはありません。そんなとき、「二度とこんな街に来るもんか!」という不快な気分で去ることになります。

 けっきょく、家族総出で快適に旅行したければ、行き先がどうしても限られてしまうのです。

 そういえば、ロサンゼルスで2年間暮らしたとき、アニマルシェルター(野良を保護して飼い主を探す施設)から猫を2匹引きとって育てていましてね。ある日、ふと思い立って、猫たちを連れて妻と旅行に出ました。国立公園めぐりです。

 グランド・キャニオン、ブライスキャニオン、ザイオン・ナショナルパーク、いずれもよかった。景色もよければ、人もいい。宿もいい。どのホテルも当然のようにペットOKです。わざわざ調べる必要もない。ペット連れでも飛び込みで大丈夫。すばらしい!

 ...と、いい気分になっての帰り道。久しぶりにラスベガスに寄っていこうかという話になりましてね。いや、苦労しました。2時間ほど電話を掛けまくりましたが、ペット同伴OKの宿が一軒も見つからないのです。一軒も!

 けっきょく、監視の薄そうなモーテルに部屋を取って無断で連れ込みましたが、以後はラスベガスに足を踏み入れたことがありません。今でも、「あそこは人をもてなす街じゃない。お金を相手にする街だ」という否定的なイメージがこびりついています。

 あと、宿以外の問題としては、飛行機やフェリーですね。フェリーはこっそり客室に連れ込むとしても、飛行機はそういうわけには行きません。

 とくに、国際線の場合、ペットは一匹ずつ大きなケージに入れて、寒々しい貨物室に入れなければなりません。

 足元において世話をできないか、とか、せめて2匹一緒に入れて寂しくないようにできないか、とか、いろいろと航空会社と交渉してみましたが、全部アウト。なんとか手続きを済ませて貨物室に入れましたが、関空で引き取ったときの猫たちの悲壮な表情といったら!

 飛行機に乗せる前の、航空会社(N◎rthWest)の窓口対応も不愉快でした。

 旅費や検疫などの手続きはかなりの時間をかけて、あらかじめ電話などで航空会社と話し合いましたので、あとは手続きを済ませるだけ、という状態でチェックインカウンターに臨んだのです。

 ところが、窓口のおばさんが、シッタカブリしていろんな手続きや書類を要求するのです。まぁアメリカではよくあることなのですがね。ただ、おばちゃんの不遜なこと!

 ぼくが「会社にもちゃんと確認してある。文書でもルールを確認してある」と話したところ、ぶっきらぼうに「Show it.」(見せろ)と来たもんだ。客に命令すんなよ。いま思い出しても腹が立つ。

 文書を受け取ったおばちゃんが電話で会社に確認したところ、やっぱりぼくが正しいとわかったのですが、それでも謝りもしない。これもまぁ、アメリカではよくあることなのですがね。

 ペット連れで旅をすると、人のいやな所が見えてくるもんですね。写真のような旅をしてみたいもんだ。


 モバイル用途に適した情報機器はいろいろとあります。でも、一般にはフルサイズのノートPC、超薄型ノートPC、UMPC、スマートフォン、PDA、といったところでしょう。

 他にもありますが、今回は、PCとの連携機能がない電子辞書、機器自体でファイルの管理ができない携帯電話、情報機器としての機能に乏しいデジタル・メディア・プレイヤー(iPodなど)は除外しました。ただし、iPod TouchはPDAの一種ですね。

 これらについて、いくつかの評価基準でテキトーに5点満点の値を与えたのが下の表です。「x4完全環境」というのは、その機器だけで普段どおりの仕事ができるかどうかという基準です。メーカーや製品によって違いはありますが、いま売られている製品の平均的な位置づけを汲み取ることはできているんじゃないでしょうか。

 x1軽さx2小ささx3頑丈さx4完全環境
フルサイズノート1125
モバイルノート3314.5
UMPC3434
スマートフォン553.52
PDA4.5551.5
注1)スマートフォンとは携帯電話にPDAの機能をもたせた機器のことです。PDAより「x1軽さ」が0.5ポイント分だけ有利にしてあるのは、スマートフォンであれば別に携帯電話を持ち歩く必要がなくなるためです。

注2)モバイル機器を評価するとき、「バッテリーの持ち時間」という基準が重要視されるものなのですが、正直なところどれも大差ありません。ぼくが思うに、「フルに使っても8時間以上持つ」のが最低条件なのですが、もっとも優秀なスマートフォンやPDAでもせいぜい6時間しか持ちません。けっきょく、予備バッテリーや充電器を持ち運ばなければならないのなら、バッテリーの持ち時間を議論する意味がない。ということで、基準から外しました。

 で、この表の値に対して、用途別にいくつかウェイトを付ける計算式を組んでみたのが下の表です。数値の大きさにはほとんど意味がありません。タテの列(用途)ごとに順位に注目してください。首位の機器には赤い色を付けてあります。

 オフィスをそのまま持ち出したいモバイル用途でかまわない
 移動少移動多・衝撃少移動多・衝撃多移動多・衝撃少移動多・衝撃多
 (x1+x2+x3)+x4^22(x1+x2)+x3+x4^22(x1+x2+x3)+x4^23(x1+x2)+x3+2(x4)3(x1+x2+x3)+2(x4)
フルサイズノート2931331822
モバイルノート2733342830
UMPC2633363238
スマートフォン1828313845
PDA1726313747

 人によってウェイトのつけ方(計算式)はちがうでしょうけど、結果としてはだいたいこんな感じじゃないでしょうか。

 次回はこの表の中身をもう少し詳しく。

 出張や旅行にどういう情報機器を携帯するべきか――年を経るごとに選択肢が増えてきているとはいえ、今でもやっぱり悩ましい問題です。

 今日はまず思い出話から。

 まだモバイルという言葉も概念もなかったころ、ACアダプターや予備バッテリーなどの備品込みで7kgもある「ラップトップ」パソコンを持ち運んだりしました。いや、重かった。ほんとうに、重かった。めちゃくちゃ重たかった。

 「ラップトップ」(laptop)とは、ひざ(lap)の上でも使えるほど軽い、ディスプレイ一体型のポータブルPCをさす言葉。1980年代後半に一時期流行した言葉です。でも、本体が5kgもあって、ひざの上で使えるものか! ということで、今では、80年代後半に発売された重たいマシンを揶揄するときにしか使用されません。欧米のPC広告では今でもLaptopという言葉を見かけますが、まぁヤツらはガタイがいいからなぁ。

 初めての海外旅行には、備品込みで4kg以上もある東芝の「ノートブック」パソコンを持っていきました。本体重量が3kgというのは、当時のフルサイズノートとしては最軽量の部類です。でも、やっぱり重かった。いくらスーツケースを転がしているとはいえ、みょーに重たかった。一歩ごとに生気を吸い取られている気分になるほど、重かった。

 ところで、当時すでにヒューリットパッカードから95LXというハンドヘルドPCが発売されてはいたのです。でも、そのころの僕にとって、モバイルPCとは「研究環境をそのまま持ち出せるPC」のことでしたので、必要なソフトウェア(SPSSなど)を稼動させることができないものは興味の対象外でした。

 「研究環境をそのまま持ち出せるPC」という意味で、初めて実用にたるモバイルだったといえるのは、リブレット20という東芝のサブノートPCでした。発表されるや否や予約注文を入れましたね。そのころ博士後期課程の院生でしたが、全国規模の調査を実施していたので出張も多かったし、毎日どこにいくにもカバンに入れて持ち運んでいました。ボロボロになって修理不能になるまで使い倒しました。持ち運びの苦労から解き放ってくれたこのマシンを愛していたといってもいいでしょう。唯一、画面の小ささだけが不満でした。

 その後2年間留学し、日本に戻ってすぐに購入したのは、SONYのA4サイズ超薄型ノートPC。ドッキングポートを自宅と研究室に用意し、毎日通勤に持ち運びました。軽くて、フルサイズのキーボードがついていて、十分な大きさの画面がついている。たぶん、丈夫さを要求しないのであれば、A4サイズ超薄型ノートPCが「旅に持っていく情報機器」の一つの完成形でしょう。

 でも、2005年度に北米大陸一周の旅に連れて行く情報機器を選ぶとき、A4サイズ超薄型ノートPCは考えませんでした。デジカメとメディアを交換する必要もあったのでSONY製品はもともと対象外でしたが、それだけでなく、バイクによる3ヶ月に及ぶ長旅ですので、「丈夫なこと」が重要だったためです。

 選んだのは、パナソニックのLet's Note Y型(業務用で3年保障付)。筐体は大きいけど軽いモデルです。きっと、衝撃には強いに違いないと考えてのことでした。当時はまだ耐衝撃性を強化したT型が発売されていませんでしたが、Y型も筐体に余裕があるせいか十分に振動に耐えてくれました。

 そしてもうひとつ。GPS機能を内蔵したPDA、マイタックのMio168をもっていきました。辞書ソフトと、アメリカ全土の地図+ナビゲーションソフトをインストールして、ポケットに常時携帯するためです。

 PDAは基本的にネットワーク機能を持たないスタンドアローン機器として発達してきましたので、2005年度までにはもう使命を終えた製品というのが一般的な評価となっていました。現代の情報機器にネットワーク機能は不可欠ですからね。しかし、GPS機能をもつMio168によって、ふたたびPND(パーソナルナビゲーション装置)として注目を浴びるようになりました。

 これは便利でしたねぇ。ぼくにとって初めてのPDAでしたが、こんなに役に立つものだとは思っていませんでした。瞬時に起動するし、必要な用途の7割がたはノートPCを使わずにPDAですんでしまうし。辞書やナビだけでなく、無線LAN用のSDIOカードをいれて、時々メールチェックにも使いました。

 PDAを実際に使ってみたことで、はじめて、モバイルが理解できた気がします。つまり、「研究環境をそのまま持ち出せるPC」である必要はないということですね。

 仕事はデスクトップやノートPCでやればいい。ポケットに入れて常時携帯するためには、通信、PIM(スケジュール管理)、辞書、ナビ、音楽再生、読書、ゲームなどに機能を絞った機器でかまわない――そう割り切ってしまえば、重たさの呪縛からさらに自由になれるわけです。

 こう割り切ってから、あらためて情報機器を見渡してみると、旅の供に使えそうな情報機器は意外とあるものですね。次回以降、気が向いたら整理してみたいと思います。

旅道具の必要条件 #2

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 旅道具の3条件――軽いこと、かさばらないこと、丈夫なこと――ですが、相互に無関係ではありません。

  1. 軽い製品はかさばらず、かさばらない製品は軽いことが多い。しかし、軽い製品も、かさばらない製品も、丈夫ではないことが多い。
  2. 軽くて丈夫な製品は、かさばることが多い。
  3. かさばらずに丈夫な製品は、重いことが多い。
という関係があるわけです。3条件すべてを同時に満たすのは、けっこうタイヘンなことなのですね。

 公共の交通機関を使う国内出張の多いサラリーマンのように、道具が丈夫なことがそれほど重要ではない旅のスタイルもありますね。丈夫である必要さえなければ、道具の選択肢の幅はぐっと広がります。軽くてかさばらないだけの製品でいいなら、日常の中にいくらでもあるからです。

 それに対して、バイクの旅行で大切なのは、第一に振動に負けないように丈夫なこと、第二に狭い荷室に詰め込めるようにかさばらないこと、です。出張旅行者や登山家とはちがって、荷物を手に持ったり肩に担いだりするわけではないので、軽さはほとんど必要ありません。

 だから、上記の2〜3はほとんど問題になりません。2のような製品は選ばなければいいし、3はそれでかまわないからです。

 ところが、上記の1が問題でしてね。一般に、かさばらないように作られる製品は、同時に軽いことを目指して開発される傾向があります。つまり、3のような製品はとても少ないのです。

 その結果、かさばらないこと、丈夫なことの2条件を満たそうとすれば、けっきょく3条件すべてを満たす製品を選ばざるをえない。そして、3条件すべてを満たす製品はなかなか見当たらず、あっても高額だったりする。

 「旅(ツーリング)といえばバイク」というぐらい、バイクの日常離脱イメージは強いです。が、実際のところ、バイクの旅は、意外と、難しいところがあるのですね。まぁチャリダーほどシビアじゃないけど。

旅道具の必要条件 #1

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 旅行用品店やアウトドア店に行けば、旅の道具がたくさん売られています。どれを選ぶか迷うこともあるでしょうが、旅の道具に不可欠な要素はたぶん3つに絞ることができるのではないかと思います。

 すなわち、(a)軽いこと、(b)かさばらないこと、(c)丈夫なこと。

 だいたいこの3つは、ファッション性とは矛盾します。とくに条件(b)を若者のファッションと両立させるのはたいへんです。若い人には酷な話ですが、旅の道具に流行追随性を求めるのはきわめて難しいことなのですね。

 カナダはユーコン川のほとりにホワイトホースという街があります。そこのゲストハウスで、日本人学生(19歳男性)からこういわれたことがあります。

「bruinさんもそうだけど、みんなどうやって荷物をそんなにコンパクトにできるんですか?」
 今風のファッションに身を包み、ほとんどは衣類からなるかさばる大きなトランクを重たそうに引きながらゲストハウスに到着した男の子です。ゲストハウスを利用するバックパッカーたちの"身軽さ"に強くあこがれてそう聞いたようすでした。

 日常の衣類はかさばります。とくに冬物はそうですね。だから、長旅になるのであれば、流行のファッションをそのまま持ち込むのは至難の技です。とにかく迅速かつ小さくパッキングできるように、旅のための衣類を準備する必要があります。ぼくの回答は以下の通り。

「ふだんから、いざ旅に出るときのことを考えて、軽く、かさばらず、丈夫な衣類を買い揃えておくことだよ。」

 ところが、いざ旅用の道具を買おうとしても、なかなか迷ってしまうものです。なぜなら、旅道具の3条件は、値段や快適性とトレードオフの関係になっているからです。

 値段が安ければ3つの条件のどれかが犠牲になり、3つすべてを満たそうとすれば高額になる。また、3条件すべてがそろっている製品はいまいち快適性がそこなわれていることが多く、3条件+快適性を満たそうとすれば、さらに高額になってしまう。

 たとえばこのタオル。3条件+快適性をすべて満たしていますが、サイズによって2500円〜4500円もします。普通のタオルの4分の1の大きさに畳めますが、値段は4倍するわけです。日本で売ってるかどうかわからないけど。

 したがって、旅の道具を選ぶときは、(1)予算の範囲内で最大限に3条件を満たししていること、(2)その上で、できるかぎり快適な製品であること、という基準を用いることになります。

 ...と、わかっちゃいたんですがねぇ。

 新学期が始まる前に、6歳になった息子と軽くサバイバル旅行に行ってみようと考えて、息子用の寝袋をネットで注文しました。コレなんですが、パッキングしたときのサイズは、ぼくが愛用しているロングサイズ寝袋の1.5倍ほどもありました。大失敗。

 まぁ、ぼくの寝袋の4分の1の値段ですから、しょうがないのかな。でも、たかが子ども用なのに...

追記)
 上で紹介したSea to Summitのタオルはとても使いやすくて気に入っています。でも、ダイソーで売ってるマイクロファイバータオルとほぼ一緒なんですよね。たぶん、「マイクロファイバー バスタオル」で検索すると、30ドルも払わなくても、もっと安価な商品がたくさんあるんじゃないかな。

 3条件+快適性を満たす商品を、廉価で入手できたときの満足感は、表現しがたいほどすばらしいものですよw

マスク

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 少しノドと鼻の調子が悪く、風邪を引きかけです。

 ノドを保護するためにマスクをしようと思ったのですが、ぼくは頭がでかいせいか、耳にかけるマスクはどうも窮屈で好きになれません。

 で、今日はバイク用のフェイスマスクをして試験監督をやりました。こんなやつ

 試験が終わったあと、学生たちが笑いながらいうわけです。

「せんせー、NARUTOのカカシ先生みたいになってるー」
 さっそくググってみると......orz

「特に問題はない」

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 ぼくは社会学のいくつかの分野については教える立場ですが、それ以外にはたいしてできることがありませんので、基本的に教わる立場です。

 例えば、自転車トライアルのサークルで週に一度、先輩方に教えてもらっていますし、年に数回ほどオートバイのスクールに参加したりします。スクールは無料のものもあれば、宿泊費込みで3万円を超えるようなものもあります。

 で、自転車のほうはまだ初心者なので、いつも参考になる指摘が確実にたくさんあって、毎回「来てよかった」と感謝するのですが、問題はオートバイのほうです。

 オートバイは免許を取ってもう20年以上になりますし、速くはないものの技量の幅を広げるためにサーキットで走ったりすることもあります。つまり、そこそこの知識とスキルをすでに身につけてしまっているわけです。けっして上手なほうではありませんが、明らかに問題があるわけでもない。言い換えると、平均的なテクニックを持つ平均的なライダーなのです。

 そうすると、スクールに行っても、「いいですねー」とか「特に問題はないですね」ぐらいのコメントしかもらえないことが多くなってきます。無料の講習会だとコースを走らせてもらうだけでも満足できるのですが、有料のスクールで改善点の指摘をもらえないと、講習料を無駄にしてしまったような、なんともサビシイ気持ちになることがあります。

 立場をかえて考えてみると、ぼくも授業では、特にやる気があるとか、特にやる気がないとか、何らかの特別に目立つ要素がないかぎり、学生の改善点を個別に指摘するようなことはなかなかできません。レポートを返却するときも、7割がたの学生には採点結果以外はコメントをつけません。

 目をかけることによって明らかに伸びそうな学生や、放置すれば確実に単位を落としそうな学生に個別の対応を行うのは、いわば当然のこと。それ以外の"フツー"の学生たちにどこまで個別に気を配ることができるか、それが現代の大学では重要な課題なのだろうと思います。いろいろと忙しい中、どこまで個別対応に時間を割くことができるか、たいへんチャレンジングな問題です。

 一方、"フツー"の学生たちにも、もう少し工夫してもらいたい面があります。

 オートバイのスクールの話ですが、ぼくも細かく見ていけば改善点がないわけではないはずなんですね。事実、「ここがこういうふうに上手くいかないのだけど、どうすればよいか」と質問をすれば、その場で一般的な回答をしてくれたうえで、さらにライディングの状態を見て個別にアドバイスをもらえることがあります。

 大学の授業でも同じことです。一方的に教わるだけでなく、オフィスアワーなどを活用して自分から質問に行けばいいのです。あるいは、ぼくの場合、講義課目では毎回コミュニケーション・カードに質問などを書いてもらっていますので、そういう機会を有効に利用することです。

 教えた内容をきちんと消化して、しかも自分の知識や経験の中で適切に肉体化できる学生なんて、どこの大学でもさほど多くはありません。社会人学生はそういうのが得意ですけどね。一般的には、教えた内容を教えたとおりに理解できれば優秀なほうで、むしろたいていの学生は教えた内容の半分がやっと理解できる程度でしょう。であれば、毎回の授業でひとつも質問がないということはないはずです。

 せっかくオフィスアワーを設けているのに、利用する学生は限られています。コミュニケーション・カードで適切に質問できる学生も年々減ってきています。ぜひ学生たちには、与えられた教育機会をむだにせず活用してほしいものです。

「バイク」と"bike"

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 日本語で「バイク」といえば、一般にオートバイ(自動二輪)を意味します。

 でも、もともと"bike"は bicycle の短縮形。bicycle は言うまでもなく自転車のこと。「2」を意味する接頭辞"bi" + 「輪」を意味する"cycle"の合成語です。ただし、オートバイ乗り同士なら、motorbike の短縮形としてオートバイのことを"bike"と呼んだりしますので、"bike"の訳語としてはおそらく「二輪」とするのが適切なのでしょう。

 とはいえ、アメリカで"bike"といえば、一般には「自転車」を意味することが多いです。Queenの名曲"Bicycle Race"でも、"I want to ride my bicycle/I want to ride my bike"って歌われていますよね。また、"bike"を動名詞化した"Biking"(『バイキング』)という名前の雑誌もアメリカで売られていますが、これは「自転車遊び」や「自転車競技」をテーマとした雑誌です。そして、オフロード走行のための自転車は"Mountain bike"といい、日本でも「マウンテンバイク」という呼び名が定着しました。

 で、このところ、ぼくはバイクにbikeを積む手段を試行錯誤しています。つまり、オートバイに自転車を乗せるにはどうしたらいいか、という話です。

 まず、自転車がぐらついたりしないようにしっかりとバイクに固定しなければなりません。そのためには、自転車専用のキャリアが必要です。自動車用にはさまざまな自転車キャリアが販売されていますが、バイクにも流用可能な製品は一つしかありません。Saris Bones Trunk Rack 3-Bikesです。日本ではTERZOブランドから「ライトサイクルキャリア」という名前で販売されています。

 ただし、車両になにかを積載するには、法的な規則があります。自動二輪の場合、「長さは積載装置+30cmまで」「幅は積載装置+30cm(左右15cmずつ)まで」「高さは地上から2.5mまで」となっています。

バイクに自転車を横積み 最初にチャレンジしたのはこのパターン。ハンドルを後ろに向けて、自転車キャリアに横積みする方法です。

 どう見ても無理がありますね(笑

 とくに、後ろから見た姿は強烈なインパクトがあります。まるでエリマキトカゲのようです。

 この積み方だと、法規に反しているという以前に、安心して走行することが難しくなります。特に夜間は他の車両に引っ掛けられる危険性が高い。

 ということで、一日試してみただけでボツ決定。

バイクに自転車を縦積み そこで代わりに試してみたのが、ハンドルをキャリアに乗せて縦積みする方法です。

 高さと横幅は規定に収まっているし、後ろもまぁ許容範囲です。

 ぱっと見、これはいいじゃないか!と気をよくして乗ってきましたが、途中でショーウィンドウに映った姿を見て仰天しました。

 あやしすぎる...

 というより、おもしろすぎる...

 どおりで、横積みしたときよりも、人々の注目を集めているはずです。なにぶん、高さが2.5mギリギリまであるだけに圧迫感があります。

 まぁでも、これで前輪を外したら多少は印象も変わるでしょう。だんだん完成型が近づいてきました。

バイクに自転車を縦積み


直感をあなどるな

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 アメリカ大陸一周ツーリング中に学んだことが一つあります。

「ヒトの瞬間的な認知能力(いわゆる直感?)は驚異的なほどの識別性を発揮することがある」
 たとえばですね、地平線までまっすぐ続くハイウェイを走っているとしましょう。ちょいとスピード違反だったりします。すると、地平線に芥子粒のような車の影があらわれたとします。もちろん、車種どころか、小型車なのかトラックなのかすらわからない距離です。

 ところが!

 それがパトカーだったりしたら、視界に小さな小さな車の影が見えた瞬間にわかるのです。正確にいうと、「わかる」というより、「あれ、もしかして?」というような違和感、警戒心を感じるのですね。

 こんなとき、理性は直感を否定します。
 「こんな距離から識別できるわけないだろう。視力5.0か?」
 「少々スピードが出てるから過敏になってるんだろう」

 でも、念のために減速して近づくのを待っていると、それはやっぱりパトカーだったりするわけです。まぁ、パトカー以外の車をパトカーだと感じることもありましたが、打率は4割というところでしょうか。偶然ではありえない高率です。そして、パトカーを見落としたことは一度もありませんでした(笑

 パトカーだけではありません。アメリカのハイウェイは距離が長いだけに整備が追いつかず、道路の真ん中に大穴が開いていたりします。バイクで気づかずに突っ込めば間違いなく転倒→大破するような穴が。

 それも、集中して走っているときは、なんとなくわかるものなのですね。ぜったいに認知できないはずの距離にあって、しかも、どれだけ注視しても光の加減で穴が開いていることがわからないような状況であっても、です。

 そして、今日。

 バイクを動かした瞬間、「こわい」と感じて体が硬くなりました。てっきり、地面がぬれているせいだと思ってしばらく走ったのですが、カーブのたびに体が硬くなるのです。

 この状況は何度も経験があったので、すぐに分かりました。

 パンクです...orz

 空気圧は適正値から少し下がっただけだったんですがねぇ。やっぱり、直感はあなどれない。

 いや、まあ、始動前点検をちゃんとやればいいんですけどね。ネンオシャチエブクトウバシメ

クリティカル・パス

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 20余年前に買った加藤昭吉『計画の科学』によると、日程計画(PERT)の世界では「どうしても手の抜けない箇所、時間の上でそれ以上待てない箇所」をクリティカル・パスと呼ぶらしい。「一定期日までに計画を完成するにあたって最も隘路になり易い経路」とも。クリティカル・パスとは、「決定的に重要な(critical)作業の流れ(path)」という意味なのでしょう。ようするに「そこが遅れると計画全体が確実に遅れてしまう作業群」のことですね。

 日程計画とは違いますが、交通の流れにもクリティカル・パスはあります。つまり、「そこが滞ると地域全体が確実に渋滞してしまう道路群」です。

 今日は自宅研修日なのですが、卒論提出期限が迫っていますので念のために大学で仕事をすることにしました。が、通勤経路の渋滞のひどいこと。15kmほどにわたってびっしりと車が詰まって動きません。

 何があったのかと思ったら、すべての道路が集中する国道の峠部分で故障したトラックが車線を一つふさいでいただけでした。

殺されそうになった

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 今朝、ぼくは殺されそうになりました。

 なんとかギリギリのところで逃げることができたので助かりましたが、あと少し遅れていたら、間違いなく、今頃はこの世にいませんでした。

 何の話かというと、"ここで衝突すれば確実に死ぬ!"という場面で、ぼくが運転するバイクに向かってトラックが車体をぶつけようとしたわけです。状況から判断するかぎり、故意に。

 未遂に終わったとはいえ、トラックの運転手は、あれが「ヒトゴロシ」にあたるんだということを理解してるんでしょうか。

 今回のケースは、未必の故意がある(と思われる)ので、殺人未遂です。ただし、証拠がないので実際に警察や検察が動くことはありません。

 こういう道路上の危険行為に関して警察や検察が動くのは、それによって誰かが死傷した場合にかぎられます。罪名は「危険運転致死傷罪」。ただ、この法律も運用が難しくて、泥酔しているといった明らかな証拠がないかぎり、やはり実際には適用されにくい。

 実際に適用される可能性が高いのは、せいぜい、「業務上過失致死傷罪」です。しかし、それも被害者が生きているか、目撃者がいる場合にかぎられます。なぜなら、事故の検証は目撃証言がないかぎり、加害者が自分に都合のいいウソをでっちあげて終わりということになりがちだからです。"死人に口なし"ですね。

 というわけで、実際の取り締まりが困難である以上、いくら刑法があっても、こういう危険行為を抑止できません。どんなにひどい攻撃を受けても、ケガをしない、死なない、ということを考えて自衛するしかないのでしょう。

 ドライブレコーダーつけるかなぁ。

死のリアリティ

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 昨日はああ書きましたが、20代前半までの若者にとって「死」は観念的なものにすぎず、いまいちリアリティに欠けるという面は否めません。

 少なくとも、ぼくはそうでした。

 原付で粗暴な運転をしていた10代。たとえ前の車のバンパーに30cmと迫っても、アクセルを戻すのは嫌でした。パワーのない原付では、アクセルを緩めてしまうとスピードを取り戻すのに時間がかかるからです。

 「前の車が急ブレーキを踏んだらどうしよう」などということは考えない。いや、正確にいうと、そういう危険性を観念的に考えはするのですが、そのことによる危険性を具体的には想像できなかったのです。むしろ、自分の反射神経ならいくらでも避けられるぐらいの感覚でいました。人間には避けられない危険があるということを知るには、まだまだ経験が不足していたわけです。――原付では3回も巻き込み事故にあいました。

 クロムウェルのヘルメットとゴーグルを個人輸入した20歳。かっこわるいヘルメットをかぶるぐらいなら、死んだほうがマシだと考えていました。「死ぬ」というのが具体的にどういうことなのか、よくわかっていなかったにもかかわらず。

 当時はレーサーレプリカ全盛時代でしたので、半キャップのヘルメットもゴーグルも、バイク屋には売っていませんでした。今でこそありふれたものですが、ぼくはイギリスからわざわざ取り寄せたのです。でも、コルクを緩衝材としたヘルメットがいかに時代遅れで、いかに安全性能に劣っているかなんて考えもしませんでした。半キャップだと衝突時に顔面を守ることができないなんて考えませんでした。折れたあごの骨が脳に突き刺さったりするなんて知らなかった。ぼくが考えていたのは、「ブリティッシュ系のバイクには当然このヘルメット」ぐらいのもので、とにかく見かけが優先だったのです。――トラックの陰から飛び出してきたシルビアとの衝突事故で、内臓破裂の被害を受けるまでは。

 女の子を隣に乗せたくて、バイクを売って四輪を買った21歳。対向車のことなんか考えずに峠を飛ばしまくりました。こちらがセンターラインを割らなければ衝突するはずがない、ぶつかっても相手が悪いんだと思っていました。

 当時、事故について無知だったわけではありません。それどころか、『別冊ジュリスト』や『判例ジャーナル』に目を通し、事故発生時の過失割合については保険屋さん並の知識を持っていました。でも、それもやはり「事故」や「過失」を観念的にとらえるだけで、事故の状況をリアルに理解するにはいたらなかった。たとえ過失が少なくても、死んだら終わりだというのに、それがわかっていなかったのです。――生きててよかった。いや、ほんと。

 パラグライダーで飛びまくった23歳。ベテランが飛ぶのを見合わせる荒れたコンディションでも、おれならグライダーをコントロールできる、そして誰よりも高く飛べるんだと思い上がっていました。まぁ当時の競技水準の中ではそこそこ上手なほうでしたので、まったくのカンチガイというわけでもありませんでした。ワールドカップの予選にも出たりしたし。

 でも、その一方で、ぼくが他の誰よりもたくさんコースアウトをし、他の誰よりもケガをしているという事実を、うまく認識できませんでした。自然を相手にするスポーツで、自分の力量を公平に見定めることのできない者は、生き延びることが難しいのです。その単純な事実を、若さゆえの過剰な自意識に阻まれて、うまく理解できなかった。いや、頭では理解はしていたつもりです。でも、腑に落ちるということはなかったのですね。――斜面に激突して背骨を折るまでは。

 うーん、自分で書いていて恥ずかしい。認めたくないものですね、若さゆえの過ちというものは。シャア専用ぐらいのつもりでいたからなぁ。

 でも、道路を見渡すと、他にも同じような愚か者がたくさんいます。

 半キャップのヘルメットのあご紐を締めない、紐は締めても首からぶら下げている、そんなバイクをたくさん見ます。自動二輪(原付を含む)の死亡事故原因第一位は頭部損傷ですが、その30%はヘルメット脱落によるものです。やはり、「かっこわるいヘルメットをかぶるぐらいなら死んだほうがマシ」ということなんでしょう。

 あんまり無茶な運転をするライダーにはときどき声をかけることもあるのですが、なにせ自分が若いころには同じようなことをしていただけに、怒るに怒れないんですよね。

 警察も、物陰に隠れて違反行為を事後的に取り締まるより、死亡事故が起こる前に若者のヘルメットをきちんと指導してあげるべきだと思うのですが。

死のリスク

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 いまの日本で、健康に日常生活を営んでいる人々のうち、日々「死のリスク」を意識している人はどれくらいいるだろう。"今日死ぬかもしれない"という心構えを持ち、対策を考え、準備を整えている人はどれくらいいるだろう。

 スタントマン、鉱山作業員、消防士など危険性の高い職業に従事している人。乳幼児を育てている保護者、......他には?

 一定の年齢に達したバイク乗りが集まると、"よくいままで生き延びてきた"という話題が出る。長いバイク人生の中で、死に直結しかねない危険な状況に何度も遭遇したり、また、実際に身近な人が事故で亡くなったりという経験を重ねているため、今日まで交通戦争を生き残った事実を「幸運」として実感する機会が多いためであろう。

「どうして今まで生き延びることができたんだろう」
「偶然だろうね」
「えー、そんなもんかな」
「経験、技術、性格とか他にも理由はあるだろうけど、やっぱり幸運だったということに尽きるんじゃない?」
「そうだね、この歳になって安全運転に徹していてもやっぱり避けられない危険ってたくさんあるし」

 経験をつんだライダーにとって、「死」は身近なリスクである。"5分はやく到着するより、死のリスクを5%減らす"――これが成熟したライダーの日常だ。リスクを軽減するとは、例えば以下のような対策を採ることをいう。

パッシブ・セーフティ(万一の事故の際にも身の安全を確保する受動的な対策)
ヘルメット死亡事故原因の第一位は頭部損傷
胸部パッド死亡事故原因の第二位は胸部損傷
脊椎パッド事故による脊髄損傷の確率は低いが、損傷時のリスクが大きい
皮手袋事故の際、最初に接地するのは手の平。引き裂き強度にすぐれた手袋を装着していなければ、指は簡単に切断される
肩肘パッド事故の際、肩や肘が接地する確率が非常に高い
革パンツ転倒後に路面を滑走すると、革製品以外は引き裂かれたり熱で溶解して皮膚に甚大な被害を及ぼす
ブーツ転倒時にくるぶしの骨折を防ぐ。くるぶしの複雑・粉砕骨折は治癒しにくい。一昔前なら足を切断。

アクティブ・セーフティ(事故を未然に防ぐ能動的な安全対策)
交通が流れているときは"すりぬけ"をしない"すりぬけ"は混合交通のリスクが集約される危険行為。"すりぬけ"をしないだけでリスクは大幅に軽減できる。
赤信号で車列が停まっているときは"すりぬけ"して最前列に出る。青信号スタート時はやはり混合交通のリスクが集約される場面。四輪との併走を避けるために、可能であれば最前列まで出たほうがよい。ただし歩行者の飛び出しに注意
車線の中央を走行する「二輪はキープ・レフト(車線の左端を走行せよ)」という誤った知識が流布しているが、車線の端を走行していれば、後続車の無理な追い越しを誘発する上、パンクの危険性も高くなる。そもそも、「キープ・レフト」とは、二輪、四輪を問わず、「中央車線のない道路でも左側を走行せよ」という意味である。
車間距離は四輪の1.3倍四輪に比べて二輪は制動距離がやや長くなる。
四輪の死角に入らない日本では首を回しての安全確認(目視)があまり熱心には指導されていないため、斜め前を走行する四輪からはこちらが"見えていない"ことを前提にしなければならない
四輪と併走しない同上
ライトや明るい服装で被視認性を高める四輪からは二輪は"見えない"ものである。存在をアピールする必要がある。昼ならハイビームにするのもよい
隣の車線の前走車が少しでも自車線に近寄ってきたら減速日本のドライバーは完全に車線変更動作に入ってしまうまでウィンカーを出さない傾向がある。巻き込み被害を避けるためには予測によって自衛するしかない。
横道や道路外施設から鼻先を出してる車は出てくると考えるいわゆる「〜かもしれない」運転に徹して、他の車両を信用しない。
止まってる車はドアを開けると考える同上
タクシーの後ろは可能なかぎり走らないタクシーにとっても二輪は商売のジャマだろうが、二輪にとってタクシーは生命を脅かす存在。お互い近寄らないのが吉
赤信号では後続車が停止するまでギアはニュートラルに入れない追突防止のため
できるだけ車列の先頭を走行しない道路外施設やわき道からの飛び出しを避けるため。
峠では車線の中央をキープサンデードライバーは平気でセンターラインをオーバーしてくる。センターラインギリギリまで寄せて走るのはきわめて危険。

 以上は、リスク軽減策のほんの一部である。これだけの対策を日常的にとっていてもなお、慣れたライダーであれば「死のリスク」をゼロにはできないことを知っている。日本の道路事情は、それほど過酷なのである。

オクラホマ

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 アルバカーキーAlbuquerqueという町のホステルでの会話。

ぼく「へー、あちこち行ってますね。このあたりだとニューメキシコ州以外ではどこに行きました?」
客A「このへんは全部行ったよ。あ、でもオクラホマには行ったことがないな」
客B「おれもオクラホマに行ったことはないな。行こうと思ったこともないや。」

 と、オクラホマは相手にされていません。というより、バカにされきっています。客Aはニューヨーク市、客Bはロサンゼルス在住なのに。もしかして全米からバカにされている...?

 ぼくのお気に入りの小説のひとつに、スタインベック著『怒りのぶどう』があります。不況で土地を失ったオクラホマの農家たちが仕事と食べ物を求めてルート66を西へと移動するのですが、道中「オーキー」などと罵倒され、賃金を買い叩かれ、ひどい目にあいながらも、たくましく生きるという話です。上の会話を聞きながら、『怒りのぶどう』を思い出していました。

 日本でいえば、ときどき京都の人が滋賀県民を田舎者として小ばかにするようなことがありますね。(あるいは、福岡の人が佐賀県民を、東京の人が埼玉・千葉県民を。)

 客観的にみれば、大津市や草津市は京都市よりも中産階級が多いのでよっぽど都市的ライフスタイルが発達しているし、レジャーも盛んで訪れる観光客は京都よりも多いくらいなのですが、京都人にとって"滋賀県民は田舎者だ"というイメージは根強いようです。京都人は自分たちが田舎者だって気づいていないこともあるしなぁ。

 さて、「オーキー」に相当する罵倒語は「滋賀作」になるのでしょうか。ただ、からかうように「オーキー」と発音すれば、英語圏では語感だけで間違いなく侮蔑をこめた罵倒語だとわかるのに対して、「しがさく」は語感が弱いですね。たとえはやしたてるように発声しても、それだけで侮蔑をこめた罵倒語だとはわからない。たぶん、会話の中で発生した罵倒語ではないのでしょう。

 差別語、罵倒語は、語感が大切です。発声するだけでそれとわからなければ意味がない。たとえば、日本人を差別する英語にJapとかNipとかあります。でも、英語では罵倒語として通用する語感があっても、日本語としてはやはり語感が弱い。「じゃっぷ」とか「にっぷ」と呼ばれたって、なかなか腹は立ちません。

 日本人をバカにするとしたら、たとえば「ぽんじん」「にぽん」「はぽん」とかが語感としては適切でしょう。からかうように、あるいは吐き捨てるように「ぽん」と発声すれば、確実に侮蔑の意図が伝わります。外国人から、「おいおい、またポンジンが集まって徒党を組んでるぜ、ははは」とかって笑われたら、きっと、めちゃくちゃ腹が立つことでしょう。

 アメリカでは、普段は差別する側といえる人を対象に、「差別されてみる訓練」をしてくれるレッスンがあります。お金を払ってわざわざ差別される体験をしにいくの。すごいでしょう。

 こういうのって、バカにされてみなければ、侮蔑された人の本当の気持ちはわからないものですからね。「差別語は使っちゃいけない」なんて杓子定規にとらえるだけでは何の役にも立ちません。実際に差別されてみれば、そしてそれで実際に傷ついてみれば、少しは理解も進むだろうという考えなのでしょう。

 オクラホマは、可もなく不可もない、ごくふつーの田舎めいた州でした。でも、↑のようなことを考えていたので、なんとなくサビシイ印象があるのでした。

北米の沙漠

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 サン・ディエゴのホステルにて。相手は博士号を取ったばかりの33歳女性。ワシントンDC在住。

女性「明日はどこに行くの?」
ぼく「はっきりとは決めてないけど明日はI-8でツーソンまで行くかなぁ。で、南部を回ってフロリダまで行ってからニューヨークに戻るよ。」
女性「え、バイクでデザートを通るの? 昼に? あついわよ。気をつけてね」
ぼく「うん、あついらしいね」(どうもこれがのん気に聞こえたらしい)
女性「出発する前に誰かにデザートを通るって伝えてからにしたほうがいいわ。ちゃんと生存が確認できるように。ここのフロントに伝えてから出なさいな」
ぼく「ははは、ありがとう。」
女性「笑いごとじゃないのよ。あそこはね、メキシコからの密入国者が毎年何人も猛暑で行き倒れて死んでしまうところなのよ。比喩じゃなくて本当に、車のボンネットで卵焼きができるくらい熱いの。あたしが行ったときも、たった10分エンジントラブルで停まっただけで本当に死ぬかと思った。遭難した!って大騒ぎだったんだから。それにね...」(以下10分ほどおどされる)
ぼく「んー、でも、それを自分で経験したくて旅をしているんだよね」
女性「わかったわ。(真顔で)グッドラック!」
ぼく「(オイオイやめてくれよ...) ^_^;」

 実際にどうだったかというと、いや、本当にあつかった。暑いというより熱かった。

 この日、気温は摂氏45度くらいまであがったようですが、ハイウェイのうえは当然さらに気温が高くなります。直射日光にさらされたものは触れないほど熱く、バイクも革手袋なしでは触れません。

 熱中症予防にハイドリングシステムで水分補給していたのですが、ホースの中のドリンクが飲み頃のホットコーヒーぐらいの温度にあたたまっていたぐらいです。

 休憩所で難を逃れようとしても、コンクリートが日なたと地続きなので日陰ですら床がカンカンに熱いのです。自動販売機はすべて故障中。ぜんぜん休憩になりません。

 しかたなく走り始めると、熱せられた地面とカンカンに熱くなったバイクのエンジンから、まるでストーブの熱風みたいにとがった空気が吹き上げてきます。しかも、ただ走っているだけなのに、タイヤから焦げ臭い匂いが漂ってくるし。

 Tシャツでバイクに乗っている人を見て、10分ほど夏用のメッシュジャケットに替えてみましたが、けっきょく暑いのに加えて熱くなっただけでした。気温が体温より高ければメッシュジャケットにはまったく意味がありませんね。もちろん3シーズンジャケットでも暑いのですが、熱風を防げるうえ、高速で走っていると汗が気化するときに少し涼しくなったりします。

 それにしても、あのTシャツ野郎はすばらしい馬鹿ですね。結構好きです。真似しようとは思わないけど。

dune_s.jpg

 昨日も書きましたが、多くの場合、desertは水域がないだけであって、べつに砂ばかりっていうわけじゃないですから、「沙漠」と訳してもらいたいところです。アラスカでもツンドラが枯れて沙漠化している地域があるようですが、ようするに草が生えずに荒地になっているということですね。「砂漠化」では印象がかなり違います。

 とはいっても、北米にも砂だらけのところはあります。規模が小さいですから「砂丘」dune扱いですけど。写真はカリフォルニア州の南東端にある砂丘で、北米ではめずらしいためか横に休憩所が設置されていました。

 アリゾナの沙漠の写真はありません。そんな余裕ありませんでした。

 そういうわけで、アメリカ最南部のコミュニティをまわってみたいというもくろみは、一日で挫折しました。ぼくはまだ耐えられたんですが、バイクがかわいそうで。だから進路を北に変えて、ルート66沿いに進んむことにしたわけです。

参考)アリゾナはグランドキャニオンとサボテンで有名な州で、北米でもっとも自然美の豊かな地域のひとつです。文字通り死ぬほどあつい夏の州南部はオススメしませんが、グランドキャニオンに近いフラッグスタッフFlagstaffという町のホステルには日本からも何人か旅行客が来ていました。ルート66を町おこしにしている、かわいらしい町ですよ。

南カリフォルニア

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 「desert」で辞書を引くと「砂漠」と出ます。でも、少なくとも北米大陸についていえば、砂漠という訳は正確ではありません。「不毛の地」「荒野」「乾燥地帯」ぐらいが適切な訳でしょう。エンカルタの英英辞典にはこう載っています。

desert /dézzərt/
1. arid area: an area of land, usually in very hot climates, that consists only of sand, gravel, or rock with little or no vegetation, no permanent bodies of water, and erratic rainfall
不毛の地域:通常とても暑い気候で、砂、砂利、岩だけしかなく、植物はほとんどないしまったく生えず、水域は存在せず、不規則に雨が降る土地。
クリックすると大きくなります。カリフォルニアの典型的な山の風景 つまり、サハラ砂漠などの砂だけしかない土地だけでなく、サボテンしか生えないやせた土地もやはりdesertなのですね。かつては水が少ない土地という意味で「沙漠」と表現することもあったようですが。

 写真はカリフォルニアの典型的な山の風景です。東海岸の風景に比べると高木がなく、枯れ草ばかりで全体的に茶色をしています。月がきれいだったので撮りました。このとき、脳内に流れるバックミュージックはホテルカリフォルニア。On a dark desert highway〜♪

 さて、ロサンゼルスで古い友人たちと会ったり、アメリカ社会学会のカンファレンスに出席したり、日本から来ていた共同研究者と進行中の調査プロジェクトのミーティングをしたり、といった仕事をこなしたあとは、仕事モードからリゾートモードに切り替えました。

 まずはロサンゼルスのビーチ。

 ロサンゼルスといえばサンタモニカやベニス・ビーチが有名ですが、あそこは商業地であまり水質がよくないということもあって、土地の人が海に入って泳ぐことはめったにありません。ジモティにとっては散歩をしたり、ショッピングをしたり、ビーチバレーをしたり、スケートを楽しんだりするところなのですね。ぼくにとっては桟橋(ピア)から釣りをするところ。

 では、ジモティはどこで泳ぐかといえば、もう少し北上して、マリブ・ビーチやズーマ・ビーチまで行きます。どちらもたいへんキレイなところですが、ぼくはズーマのほうが好きですね。

 南カリフォルニアのビーチには、アメリカの他のビーチとはハッキリした違いがあります。すなわち、みんな引き締まったカラダをしているのです。ほとんど例外なし。

 南カリフォルニアは暖かいせいか、ことあるごとに男も女も服を脱いで肌を出します。そして、肌を出す機会が多いため、みなさん、カラダづくりに熱心です。たぶん、全米でもっともフィットネスやジョギングが盛んな土地でしょう。もちろん、ジョギング中も脱いでます。そんな人々にとって、ビーチはカラダづくり発表会の場でもあるのですね。(→参考

 みんな腹筋が縦に割れてるのです。そんな中、一人だけ横に割れたおなかで水着を着ていると、くやしいやら恥ずかしいやら。つい、むなしくおなかを引っ込めたりしてしまいます。

 ロサンゼルスのあとは、200kmほど南下してサンディエゴのビーチ。

 サンディエゴでは、なぜかロサンゼルスよりもビーチの人口密度が高いです。ヌーディストビーチになっているようなところを除けば、日本の海水浴場なみに人が多いです。そして、それがみんな、老若男女を問わず、いいカラダをしている。町の中では太ってる人も見かけるけど、ビーチには近づけないんだろうなぁ。その気持ちはよく分かる。分かるぞ。

 という感じで、カラダを鍛えようという決意をお土産に、南カリフォルニアを後にしたのでした。

この木なんの木?

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 北カリフォルニアといえばやっぱりこの二つ。

北カリフォルニアには巨木群が二つあります。ひとつはジャイアントセコイア。そしてもうひとつがコレ
何件ものワイナリーのTastingの看板を泣く泣く通り過ぎました。

 上の写真はレッドウッドRedwoodです。北カリフォルニアには巨木群が二つあります。ひとつはジャイアントセコイア。そしてもうひとつがコレ。樹齢2千年で120mまで成長するらしい。

 北カリフォルニアをドライブするなら、Redwood National Parkは外せません。写真の木はまだ中程度の太さで、おそらく樹齢千年ていどだと思います。こんなのが電信柱みたいにばんばん立っている中を気持ちよく整備されたワインディングロードが通っています。→こんな感じ

 レッドウッドというのは、針葉樹にしては硬い木で、耐久性があるのでデッキなど風雨にさらされる場所によく使われています。ただし、無節操な乱伐で数が減ってしまったため、今では伐採数が規制されています。

 下の写真はもちろんブドウ畑です。この2日後にロサンゼルスで知人と待ち合わせをしていましたので、何件ものワイナリーの「テイスティング」の看板の前を泣く泣く通り過ぎました。せっかくSonomaに来たのに...。

ウィスラー

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 カナダ西部の大都市バンクーバーの北にウィスラーWhistlerというまちがあります。日本ではスノースポーツのリゾート地として有名ですが、大都市からわずか百数十キロのドライブで大自然にアクセスできるため、年間を通してたいへん人気のある保養地です。

ウィスラー バンクーバーからウィスラーにアクセスするルート99は、ぼくが北米を旅行してもっとも楽しかった舗装道路です。ドライブ好きならカナダ旅行の際にけっして外してはならない行程でしょう。無数のビューポイントのなか、南半分はよく整備された高速ワインディング、北半分は少々ラフな路面だけどアップダウンのある連続コーナーを楽しむことができます(写真は北端部分)。

 しかも、「観光地のそばにはパトカーがいる」という鉄則はルート99には当てはまらないようで、ドライビング、ライディングを目的にきている走り屋さんたちが飛ばしまくっていました。

 そのウィスラーですが、カナダの保養地の中ではやや異色の場所だという印象を持ちました。ツアー客やバックパッカーが多かったバンフを「観光地」と表現できるとすれば、ウィスラーは都市的スポーツを楽しむための「レジャー地」と呼べると思います。

 というのも、まずノリが体育会系なのですね。まったりゆったりと自然を散歩するような人は少なくて、ウィスラーでは遊び方も派手です。昼はロッククライミングやダウンヒル(スキー場をマウンテンバイクで駆け下りるのです。すっごい危険な遊びですよ)、夜はパブでどんちゃん騒ぎ(「今夜は何をして遊ぶんだい?」と聞かれました)。ホステルは部屋も通路も遊び道具が散乱しています。

 自然相手のスポーツが好きな人にとっては天国のような場所なんでしょう。あちこち動かず、ウィスラーだけに1ヶ月以上留まっているという長期逗留組みがとても多かった。カナダに来ているというより、ウィスラーに来ているということかな。冬は日本からもウィスラーに山ごもりする人がけっこういますよね。

 そして、地形的には山地なのですが、対人関係の築き方や距離感のとり方などはドライで個人主義的なところがあり、文化的にはたいへん都市的といえます。

 たとえば、ほかの観光地とは違って、ホステルでも「みんな友だちになろうよ光線」を出している人は少なく、自分の遊び道具を熱心に整備したり、自分の友だちとだけ話をする人が多かった。

 また、ウィスラー以外の北米では、ツーリング中のライダーは別のバイクとすれ違うとき左手を出して挨拶をします。「Hi!」「おつかれさん」「気をつけてな」といった意味を込めたハンドサインを出し合うのですね。片方のライダーがツアラーであれば、もう片方はツアラーでなく土地のライダーであってもハンドサインは出し合います。ところが、ウィスラーでは土地のライダーはハンドサインはほとんど出さないし、出しても返ってきません。

 ルート99の緊密な交通網でバンクーバーと連結されていて、経済的、社会的にはバンクーバーと同一の都市圏に含まれるのでしょう。山の中にあるからといって田舎だとはかぎらないんだなぁと実感しました。

森林限界線

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 ダルトン・ハイウェイでいちばん楽しみにしていたことの一つが、森林限界線の写真を撮ることでした。

 残念ながら平地にあるダルトン・ハイウェイのまわりには、森林限界がクッキリとわかる箇所がありませんでした。そこで、高地を走るスティーズ・ハイウェイで撮ったのが左の写真です。ほぼ山頂イーグル・サミットの近く。

 この針葉樹はブラック・スプルースという種類で、成長がたいへん遅いのですね。年間に1〜2cmしか伸びないらしいです。右の写真のいちばん背の高い木などは、おそらく200〜300年は生き延びてきたものと思われます。

 成長は遅いながらも、わずかな光を奪い合って上に上にひょろひょろと伸びていきます。葉っぱなんか上のほうしか生えていない樹木も少なくありません。

 ところが、他の樹木よりも背が高ければ有利かというと、そうでもないのですね。成長が早すぎれば、20年に一度とかの大風に耐えられず、傾いたり折れてしまったりするからです。

 だから、過当競争でひょろひょろになりながらも、歩調を合わせて、ある程度の密度を保って、防衛しあっているわけです。協調的競争とでもいうんでしょうか。

 でも、やっぱり限界線を越えて、競合者に光をさえぎられることのない場所へとチャレンジするやつもいるわけですね。

 20年後にチャレンジャーたちが生き残っているかどうかは分かりません。でも、たとえ温暖化で潜在的な生存可能圏が広がっていたとしても、そうやって実際にフロンティアを広げていくチャレンジャーがいなければ限界線は変わらないままです。

 アラスカからカナダに戻ってきたところで、デンプスター・ハイウェイを通って北極海に近いイヌビクInuvikという町に行ってきました。この町の発音は現地の人に聞いても「ヌビク」という人と、「イービク」という人が同じくらいいて、よく分からないんですよね。

 デンプスター・ハイウェイは、ダルトン・ハイウェイと同じく未舗装のハイウェイです。とがった小石がたくさんあるため、パンクがとても多いことでも有名です。ダルトン・ハイウェイに比べると、山の中を通るので見晴らしがよく、景観に優れているといえます。また、ダルトン・ハイウェイは終点に石油の基地以外に何もないのに対して、こちらはイヌビクという先住民の多い町がありますので、それなりに楽しめます。

 また、カナダで北極海に抜ける唯一の道路がデンプスター・ハイウェイです。極北のオフロードを走りたがるモータリストにとっては、アラスカのダルトン・ハイウェイと並んで「聖地」となっています。

 ここでもやはりファイアー・ウィードが印象的ですが、個人的に「ホーステイル」(馬の尻尾)と呼ばれていた雑草がたいへん気に入りました。乾燥すると種子が服につきまくるので現地では嫌われていましたけど。

 イヌビクまで行くためには、ユーコン川やマッケンジー川を無料フェリーに乗って渡ったりします。アメリカやカナダのナビゲーションソフトではフェリーのルートが登録されていないみたいで、イヌビクまで経路探索しようとすると「不明です」とエラーが出てきます。

 イヌビクは人口約3千5百人。日本の感覚だと少ないように感じますが、この緯度圏では最大規模の町です。もともと水害を逃れるためにインディアンとエスキモーのまちを移転してつくったのですが、北西カナダの拠点として発展してきましたので、今では人口の6割が非先住民です。

 イヌビクでは、よくもわるくも、先住民の現実をいろいろと目の当たりにしました。まぁそれを見にわざわざ行ったわけですが、後味の悪い旅でした。詳細はナイショ。

 往路もテントに5cmほど雪が積もったりしましたが(8月1日)、復路のデンプスター・ハイウェイは悪天候で苦労しました。ただ、気温が低かったおかげで、ツンドラが紅葉を始めていました。どの低木もカエデ並みに鮮やかに発色しています。全体がきちんと紅葉したらかなりの見ものでしょう。一目千本どころじゃなく、地平線まで視界に入るすべての植物が紅葉するのですから。

 日本から極北に旅行に行くときは、オーロラ観光のために真冬がハイシーズンとされていますが、個人的には9月がオススメです。2月に行ってオーロラが見えなければそれまでですが、9月に行けば、たとえオーロラが見えなくても、ツンドラの紅葉を楽しめるかもしれませんので。

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デンプスター・ハイウェイの入り口。ドーソン・シティから東に20kmほど。なんと8月1日深夜から早朝にかけて積雪があり、テントにも積もりました。昼過ぎには解けましたが、山の上には雪が残っています。道路はよく整備されていて、雪が降ってもおおむね硬くしまっています。ドロドロになるところもありますが。
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風雪で岩が崩れて表面を白い砂利が覆った山。赤土が露出したレッド・リバー雑草もワイルドフラワーもピンク色
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ハイウェイの脇にはまるで植えてあるかのようにファイアー・ウィードが生えています。高地を抜けます。森林限界線。湖のほとりにかわいらしい町がありました。対岸でなければおジャマしたところなのですが。
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ピール川の渡河フェリーまで2km小さな無料フェリーが往復して大河を渡してくれます。水辺に生える野草。緑の中に白くて清楚な花がフワフワゆれています。
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白樺、ブラックスプルース、ホワイトスプルースが混生しています。マッケンジー川の渡河フェリーを待っているところです。全長4千kmを超えるカナダ最長の川で、北米でも2番目の長さ。イヌビクに到着しました。エスキモーとインディアンの両方が暮らす町です。ただし、北西カナダの拠点として整備されてきましたので、現在は過半数の住民が非先住民です。
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一部のエスキモーが作る氷の家「イグルー」をモチーフとしたイグルー・チャーチ。土地に溶け込むことで先住民を一人でも"教化"しようとする教会の努力がうかがえます。ビジターセンターの外観。かっこいいでしょう。教会もビジターセンターも、しっかりと土台にすえつけられているように見えますが、ここの建物はすべて高床式です。地表が凍ったり解けたりを繰り返す永久凍土の影響を少なくするための知恵でしょう。上下水道も熱線入りのパイプがあちこちに張り巡らされています。これがホーステイルです。白と赤の2種類があって、赤いほうは成長につれて色が薄くなっていきます。これは若いのでワインレッドに近いですが、しだいにピンクを経て白っぽくなっていきます。群生するので、野原一面が赤やピンク色に染まってきれいです。ただし、乾燥すると種子が「ひっつき虫」になるので、現地では嫌われていましたが。
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キャンプ場の横を流れる川落ち込んだ気分の帰り道でしたが景色に癒されました。晴れた日に、遠くで降る雨を見るのは風情があっていいものです。「でも、あの雨の中を走るとなるとタイヘンなんだけど」と思っていると...
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案の定、ハイウェイは厚い雲の下へと入り、冷たく激しい雨にたたかれました。ツンドラの紅葉は本当にきれいです。まだ色づき始めたばかりというのに、この状態。ツンドラの紅葉もう一枚。発色が鮮やかです。

ファイアー・ウィード

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ファイアー・ウィード 7月末ともなれば、白夜のフェアバンクスとはいえ、夏の盛りがすぎて朝晩の冷え込みが厳しくなってきます。毎日少しずつ日照時間が短くなって、日没後は本を読むのが少しつらくなってきます。

 そんなある日、逗留先のご近所さんたちとお酒を飲みながら雑談をしていたところ

「そろそろ冬が来るね」
 7月の末ですよ。最初はジョークかと思ったのですが、みんなしみじみとした表情でうなづいているじゃないですか。フェアバンクスの夏は6〜8月のわずか3ヶ月間。それ以外は冬です。短い短い夏の3分の2がすでに終わって、あと1ヶ月もすれば冬が来るのです。
「あと二週間でオーロラが始まる」
「一週間もすれば強いオーロラは見えるようになるかな」
 白夜に隠れて見えなくなっていたオーロラが始まるということは、美しいけれどもつらく厳しく暗い冬がまた到来することを意味しています。
「ファイアー・ウィードが一番上まで咲いたら1週間後に初雪が降るっていうよね」
 ファイアー・ウィード(和名ヤナギラン)はアラスカでもっともポピュラーな花です。写真は7月はじめに撮ったものなのでまだ下のほうしか咲いていませんが、7月末にはもう上のほうに2〜3の花芽しか残っていません。

 「火の雑草」という野卑な名前を持ってはいますが、人々はたいへんこの花を愛しています。名前の由来は、火事のようにいっせいにマゼンダ色の花が野に咲くから、とか、山火事の後いちばん最初に咲く生命力の強い草だから、など諸説あります。

「今年はベリーが豊作だったね」
「雨が多かったせいかな。」
「そういえばデナリ・ナショナル・パークのガイドが今年はウサギが多いっていってた」
「へー、ベリーがよく採れる年はウサギが多いって本当なんだね」
 捕食関係にあるウサギと山猫の数の相関はよく知られていますが、ウサギとベリーの関係は初耳でした。

 フェアバンクスでは、調査に答えてくれた方が、取れたてのブルーベリーのジャムをくれたり、野菜やフルーツをくれたり、謝礼を要求するどころか逆にぼくをもてなしてくれることが少なくありません。みんなどこか少し粗っぽいけれども、やさしくてフレンドリーです。厳しい自然に対処するためにみんなで協力しあって生きる知恵を持っています。

バイクに乗る理由

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 ニューヨークでのあるパーティでのこと。自動車学校で「キミは乗らないほうがいい」といわれて免許をあきらめた経歴がある大学院生が、こういいました。

 「しかたがないから、バイクにでも乗ろうかな、それだったら私でも乗れるだろうし。」

 「え、でもバイクはあぶないよ。」

と僕が答えるのを聞いて、周囲の人たちから質問されました。

 「どうして危ないとわかっていてバイクに乗るんですか?」

 これまでにも何度となく聞かれてきたのと同じ質問です。またか、と思うぐらい、よくある質問です。なのに、毎度毎度、ぼくは答えにつまってしまいます。

 いちばん正直に答えるとすれば「好きだからとしかいいようがない」ということになります。もっとハッキリいえば、「そんな質問をしてくる時点で、キミには説明したってわからないよ」といってあげたい。

 バイクを移動の手段としてみると、なるほど、生身なので危ないし、エアコンはないから快適でもないし、非合理的に思えるかもしれない。でも、バイクはたんなる手段ではなく、それ自体を楽しむ目的でもあるわけです。バイクのコンサマトリーな楽しみを知らない人には、「どうしてバイクに乗るのか」を説明するのは難しい。

 「どうしてあの人と付き合ってるの?」のような問いと同じで、分かる人にはわかるけど、分からない人にはいくら説明したってなかなか分からないわけです。

 でも、なにせ研究者のパーティーですから、そんな感覚的でそっけない回答に、みんなは納得できません。だから、かわりにバイクのどういう部分が好きなのかを無理やり言説にして、それっぽく説明をさせられることになります。

 「自然を感じられるところがいいんだ。谷に入るとすーっと空気が変わったりするの。そういうのは車じゃわからない。そのかわり夏冬は地獄だし、キャンプ場を出るとき雨降ってたりすると、なんでこんな旅してるんだろうってウツが入ることもあるけど、その後、パーっと晴れて気持ちよく飛ばせたりすると、それだけで生気がみなぎってくる気がする」

 「車体との一体感がよくてね。まるで馬に乗っているみたいに"あやつっている"という実感がある。といっても馬に乗ったことはないんだけどw」

 「日常の足に使っていても、バイクってすぐにでも旅にでかけられるようなイメージがあるでしょう。ぼくは旅人にあこがれがあるみたいでね。」

 「サーキットって気持ちいいんですよね。景色も路面もきれいだし。歩行者や飛び出しを気にしなくていいし、白バイもいないし。ただ前だけ見て好きなように走っていればいいというのは何ともいえない快感なんですよ」

 いずれも、僕がバイクを好きな理由の一部ではあるけれども、じゃあ、それ(ら)が理由でバイクに乗っているかというと、そうとはいえないのですね。つまり、上記の理由がなければバイクに乗らないかというと、やっぱり乗るような気がするわけです。さらに言い換えると、上記の理由では表現しつくせない"なにか"が他にもたくさん残っているわけです。

 「僕がバイクに乗る理由」というきわめて主観的なテーマを説明するために、本一冊分くらいのスペースをくれれば、より正確なことを伝えて納得してもらう方法はあると思います。でも、パーティでの「どうしてバイクに乗るの」という素朴な疑問に正確に答える方法は、ぼくにはありません。だから、結局、それっぽい理由を捏造して、話にオチをつけることになってしまうわけです。

 "自分にとっては説明するまでもない自明のことだけれども、いざ他人に説明しようとするとうまい言葉がみつからない"ようななにかを伝えようとすると、どうしても、相手がすでに理解できる枠組みをもっている代替的なストーリーを作話することになってしまいますね。

アラスカの磁場

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 アラスカには、ある種の人々を強く惹きつける磁場のようなものがあります。

 フェアバンクスの日本人はアラスカ大学関係者、旅行業関係者、その他、という3つのグループに分けられるのですが、その多くの方がこの磁場に引き寄せられるようにアラスカに定着しています。

 "その磁場の正体をきれいに言語化できたらこの調査は終了"

 と思って現地でインタビューを重ねましたが、ハッキリする前に残念ながら時間切れとなりました。中途半端なまま結果を刊行するか、再調査するか、迷っているうちに時間ばかりがすぎてしまいました。6月までに決着をつける予定です。

 さて、磁場の正体を明らかにするために、磁界の中心にあるのは何だろうかと考えてきたのですが、人によってその答えが違うのですね。

 当初は、トラッパー(罠猟師)やハンターなど、完全なブッシュ生活をしている人々が磁界の中心に近い存在だろうと思っていたのですが、これはカヌーや山歩きなどアウトドアライフに強い関心を持つ一部の人にとってのイメージにすぎませんでした。

 北の大自然(とともに生きる生活)はもちろん磁界の構成要素のひとつです。調査の語り手の言葉を借りるなら「北への憧れ」ですね。

 しかし、インタビューの全体像からいえば、それよりもむしろ、アラスカのどこか「のんびりした時間の流れ」や、アメリカ本土以上に個々人のライフスタイルを尊重する「こだわらないところ」を強調する語り手が多かったように思います。

 ぼくの専門のひとつであるナショナリズム研究の一環として、"人口の流出入の激しいアラスカでは、きっと民族問題も少ないにちがいない"、そう思ってはじめた調査ですが、むしろあまりにも民族間のトラブルが少なすぎて、調査の手がかりにすらならなかった印象があります。

 ここでは、先住民(いわゆるエスキモーやインディアン)以外はみんなよそ者なのですね。WASPだからといってこの地域の主流の地位を占めているわけではありません。先住民以外は、みんなただの「個人」なのです。

 アラスカは、そんな個々人をまるごと受け入れる大きさを持った土地です。そして、人々が厳しい自然と対峙するために、人種、民族、宗教の違いにこだわらず、困ったときには力をあわせて生きていく土地です。

 そうそう、「アラスカの人が好き」という語り手もいました。安易に人に頼らず、文字通り自分の手で問題を解決していく不羈の精神を持つ人々。そんなアラスカ人が好きだというわけです。

 こうしたさまざまな理由があって、ある種の人々にはアラスカがオーロラのように魅力的にみえるのでしょう。

デナリ

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 カナダはまだそれほどでもないのですが、アメリカの地名というのは、こう、情緒がないというか、即物的というか、とにかく味気ないところが多いです。

 川沿いだからリバーサイド。崖があるからクリフ。赤土の流れる川だからレッドリバー。ラジウム温泉が出るからってRadium hotsprings、硫黄の山だからってサルファ・マウンテン。ダウンタウンのあたりなんか、もう名前どころか数字ですからね。ファースト、セカンド、...。

 北米大陸最高峰のマッキンリー山もそう。19世紀末、探検に来た若者が、当時のアメリカ合衆国大統領(候補?)ウィリアム・マッキンリーにちなんで命名したというのですが、この山とはまったく何の脈絡もありません。

 アラスカの人々はこの山のことを「デナリ」と呼ぶことが多いです。地域のインディアンの言葉で「偉大なもの」の意味らしい。たしかに、この山だけまるで単独峰のように、他の山々から抜きん出てそそり立っています。

 植村直己をはじめ、多くの探検家たちの永眠する山は、本当にきれいでした。「デナリ」はアラスカの象徴であり、誇りでもあります。白人たちが"発見"した土地に思いつきで与えたいーかげんで即物的な名前と違って、なんと相応しく、なんと叙情的な響きを持つものか。

 全景を拝めるのは週に一度あるかないかという話でしたので、ぼくは午前3時にデナリ・ナショナル・パークのキャンプ場を撤収し、もっとも天候の落ち着く時間を狙っていきました。

 真夏とはいえアラスカの早朝は寒かったですけどね。どうです、大成功でしょ^^
 この1時間後には濃いガスが出て、一日中真っ白だったんですよ。

国立公園を午前3時に出てから南に2時間のライディング。午前5時のデナリの朝焼け。午前6時ごろ、違う角度からもう一度。威容の全景を拝めるのは週に一度あるかどうか。この日も1時間後にはガスに隠れた。広大なデナリ・ナショナル・パーク。人の影響を厳格に管理し、自然をあるがままの状態で維持する努力で知られる。ただし、デナリからかなり北にあるため奥地まで入らないとデナリは見えない
マイカーの乗り入れが許されるのは公園のほんの入り口付近まで。それより先は徒歩か有料バスを予約する。バスの窓からバスの窓から
たいていは、アリのようにしか見えない遠くの動物を双眼鏡でがんばって探すことになるのですが、運がよければ接近遭遇することがあります。
バスの窓から運がよければバスツアーでも野生生物をまじかにみることができるかも。これはグリズリー。これほどの接近遭遇はまれにみる幸運だとの話でした。バスの中からだとぜんぜん怖くないですね。こういうのは「熊を見た」だけで、「熊と出会った」のではないと僕は思います。キャンプサイトでお茶を飲んでいたらかわいらしいお客さんが。

アラスカ魂

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エリオット・ハイウェイにあるロードハウス。インディアンの女の子が無愛想に店番していた 写真は「ダルトン・ハイウェイ」で紹介したロードハウスです。いろんなものがオブジェとしてきれいに飾ってありますが、その実、ドラム缶だのチェーンだのといった"ゴミ"なんですね。

 アラスカでは、こうした"ゴミ"が庭に散乱していることが多々あります。というのも、アラスカでは何を買うにも送料が高額になるため、新たに購入するよりも廃棄物を再利用して自作したほうが時間的にも経済的にもメリットがある場合が多いのです。つまり、こういった"ゴミ"に見えるものも、そのうち再利用される予定の"資源"なのですね。サステイナブルです。

 逆にいうと、自分の知恵と体力で目の前の問題の解決に当たろうとすること、そのために使えるものは何でも使うこと、そういう態度がアラスカで生きていくために必要な資質ということかもしれません。

アラスカの屋外トイレ。アラスカは都市部でないかぎり水洗トイレは少ないです。マイナス40度でここを使うのを想像してみてよ
 ちなみに、左の写真は、このロードハウスのトイレ(アラスカのトイレはたいていポットン便所です)に張ってあった壁紙。マイナス40度でも屋外トイレ。さむそー。

 話は変わりますが、同じく「ダルトン・ハイウェイ」の最後で紹介したように、復路でスピードがのったまま2mほど崖下にコースアウトしました。

 写真を撮るために止まろうと思って、路肩によってしまったためです。路肩には砂利が山盛りになっているため、足を踏み入れるとタイヤをとられてコントロールを失ってしまうのです。道は左カーブなのに慣性のまま直進することしかできず、数瞬後には苦労の甲斐なく飛んでました。

 見渡すかぎり一人っきりで走ってたんで、道の真ん中で止まればよかったんですけどね。路肩は危ないと分かっていたのに、ついクセで。往路を征服した安堵感もあったのかな。

 で、転落の結果、胸とわきの肋骨を骨折しました。ヒットエア(エアバッグの付いたジャケット)のおかげで、頭から岩の上に落ちたわりに首を損傷しなかったのは幸いでした。ただし、胸の骨折はエアボンベで強打したせいですが。

 たまたまそばで客まちをしていたヘリのパイロットと、道中で顔見知りになったピーター(推定58歳)に手伝ってもらって路上までバイクを引き上げてもらいました。

「写真撮っておかなくていいのか?w」(byパイロット)
 といわれて撮ったのがあの写真です。バイクのほうは、運よく、クラッチの液漏れと、パニアケースのステーとウィンドシールドが折れただけで済みました。コースアウトしたときは120km/h→40km/hぐらいまで減速できていたのかもしれません。一枚目の写真は、そのときの応急措置です。みっともなー。

パニアケースのステーが折れました。木切れで応急手当 直してもらいました。
 朽ちた木切れを使ったいーかげんな応急措置でしたが、意外とラフに乗っても大丈夫でしたので、ダートも含めて何千キロかそのまま走っていました。

 しかし、事故から2週間後、アンカレッジ近郊でBMWバイクのオーナーたちの集会(Rally)に参加したのですが、地元の方のガイドでオフロード走行をしたとき、さすがに応急措置ではもたずに壊れてしまいました。

 駐車場に止めていると、地元のライダーたちが目ざとくそれを発見しまして、話しかけてきました。

「どうしたんだこれ」
「ダルトン・ハイウェイでクラッシュしてね」
「俺んち、ここから15分ぐらいなんだけど、3時間ぐらい待てるんだったら直してきてやろっか?」
「マジ? ありがとう!」
 2枚目が修理後の写真です。
「信じがたいほど美しい仕上がりじゃないですか! ありがとう!」(ぼく)
「アラスカに住んでればそれくらいできるさ」(直してくれた人)
「おいおい、おれはそんなことできないぞw」(その友人)
 他の参加者からも、割れたウィンドシールドを新品に換えてもらったり、酒をおごってもらったり、ずいぶんやさしくしてもらいました。しかも、クジで一等賞(BMWディーラーの$250商品券)が当たったり。まぁとにかくいろいろと楽しかった。

白夜とMidnight Sun

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 三省堂『新明解国語辞典』によると、「白夜」とは次のような意味らしい。

夜中でも夕暮れのように薄明るい感じがすること。特に、△北極(南極)に近い地域で、△夏至(冬至)のころ見られるもの。びゃくや。
 うん、小学校の「地理」で、たしかにこんな意味だと習った気がする。とすると、夏のフェアバンクスは白夜です。太陽は地平線に沈みますが、あまり深くは沈まないため一晩中明るいままです。

 でも、そうすると、白夜にあたる英単語は存在しません。英語の似た表現に「midnight sun」というのがあります。Encarta『World English Dictionary』によると、「midnight sun」とは次の意味です。

sun visible at midnight at pole: the sun when it is visible from within the Arctic or Antarctic circles at midnight during their respective summer months
極地で見られる真夜中の太陽のこと。北極圏(南極圏)で、夏の数ヶ月、真夜中でも沈まない太陽を指す
 つまり、真夜中でも明るいだけではmidnight sunとは呼ばず、一晩中太陽が出ていないとダメなのですね。ちなみに、夏至の日に一晩中太陽が沈まない緯度より北のことを北極圏Arctic circleと呼びます。ぼくが北極圏を訪れたときも、天気がとてもよかったのでmidnight sunはずっと見えていました。10時過ぎに太陽の高さが低くなるまでは、暑くて眠れないくらいでした。

 現在、北極圏の位置は北緯66度33分ということになっていますが、かつては北緯66度30分だと信じられていました。ちょうどその緯度に「Circle」という名前の町があります。フェアバンクスから50kmほど北に位置するこの町は、これは北極圏の町という意味を込めてそう名づけられました。

 白夜であれmidnight sunであれ、太陽が出ている時間が長いと気温が低くならないというありがたみがあります。たとえば、カナダで温泉に入ったリアード川ホットスプリングスでは、昼は暖かくても夜は霜が降りてテントが凍ったりしました。でもさらに北上したフェアバンクスでは、いくら気温が下がっても夏に氷点下になることはありません。

 ただ、明るいままだと、体内時計がまったく当てにならなくなります。いい朝だな、けっこうよく寝た、と思ったらまだ午前2時だったり、まだ時間が早いからお腹がすかないや、と思ったら夜の10時だったり。

アラスカの本

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 今日はいくつか本の紹介。

 ぼくがアラスカになんとなく関心を持ちはじめたのは10歳ぐらいのときだったと思います。しかしはっきりとした憧憬を意識するようになったのは12歳のころですね。そのきっかけのひとつになったのは、ある小説でした。

 当時、ぼくは新田次郎という作家がお気に入りで、11〜12歳までの2年間でそのころに出版されていた作品はほとんど読破したと思います。短〜中編の山岳小説では今でも右に出るものはいないという大家なのですが、いくつか長編の小説もあります。ぼくが好きなのは銅山町での公害との闘いを描いた『ある町の高い煙突』、そしてフランク安田の生涯を描いた『アラスカ物語』。けっきょく、この2冊が、小学生のころに読んだ本でいちばん印象に残っているもの、ということになります。

 『アラスカ物語』のハイライトは、クジラ乱獲による飢餓と西洋人が持ち込んだ疫病で絶滅の危機に瀕していた北極海沿岸のエスキモーたちを救うため、フランク安田が鉱山技師たちとともに2年がかりで金鉱を探しあて、その資金を元手にブルックス山脈を越える民族大移住を決行するあたりでしょう。フランク安田のことを「エスキモーのモーゼ」とたたえた新聞もあったとか。そんな偉大な日本人が実在したことを知っていましたか?

 アメリカに在外研究に出る直前になって、20数年ぶりに読み直してみましたが、いま読んでも社会学者の批評眼に耐える興味深い記述がたくさんありました。同書が執筆された当時はエスキモーについて日本語で読めるまともな文献はほとんどなかったはずですので、新田次郎さんは1ヶ月というかなり短期間のアラスカ取材で非常に正確に情報を収集されたようです。

 エスキモーといえば、ジャーナリスト本多勝一さんが若いころにエスキモー村に住み込みで書いたフィールドノートが秀逸です。文化人類学的な参与観察の業績として十分に通用する内容になっていて(もちろん多くの学術書よりも読みやすいです)、『カナダ・エスキモー』というタイトルで出版されています。

 アラスカに関する書籍でほかにぼくが好きなのはジョン・マクフィーの『アラスカ原野行』。やはり著者はジャーナリストですが、時間と手間と紙幅をかければこれほど豊かな情報を読者に与えられるものかと感心させられた本です。ぼくのアラスカ理解のかなりの部分はこの本が基点になっているといっても過言ではありません。

 ほかには、読み物として、星野道夫さん、野田知佑さんも好きですね。

 一方、アラスカについての書籍のうち、ぼくが個人的にあまり好きではないものもついでに2冊紹介しておきましょう。

 ひとつは桐生広人『消える氷河』。地球温暖化の影響は極地方で極端にあらわれているらしく、カナダの氷河はおそらくあと50年もたたないうちに消えてしまうと予想されています。そのことを科学者の予測という方向だけでなく、エスキモーたちからの聞き取りからも明らかにしようと、環境保護団体「グリーンピース」が行った調査に同行したフォト・ジャーナリストが書いた本です。残念ながら、また聞き、耳学問、思い込み、が随所に盛り込まれていて、信頼性には欠けます。しかし、アラスカの環境保護派の主張を知るには手ごろな一冊です。このテーマで書かれた日本語の資料としてはたぶんもっとも入手しやすいものだからです。というより流通に乗ってる書籍としては唯一じゃないかな。

 これに関連して、最近、極地方の先住民たちがアメリカ政府を裁判に訴えました。先進諸国の環境保護の無作為が地球温暖化を後押ししていて、その結果、薄くなった流氷や河の氷が割れて死亡する事故が相次いでいる。こうした事故の責任は先進諸国にあるが、中でも環境保護政策の国際合意(具体的には京都議定書でしょう)をじゃましているアメリカ政府の罪は重い、というわけです。

 もうひとつは、ノンフィクション新人賞かなにかを受賞した広川まさき『ウーマン・アローン』です。フランク安田の存在を知ってそのゆかりの地を訪ねてみたい、とユーコン川をカヌーで下ることを決意し、冒険を終えるまでを清新な感性でつづった紀行文です。読後にちょっと勇気が出るような、そんなお勧めの一冊。賞を取るのもわかります。

 なのにどこがあまり好きじゃないのかというと、最後にただ一点だけなのですが、どうしても許せない独善性を感じるためです。

 フランク安田とエスキモーたちが拓いた町「ビーバー」を訪問した彼女は、現在の町長から「もうフランク安田のことを知っている人はここにはほとんどいないのよ」といわれ、町長からの要請もあって、新田次郎の『アラスカ物語』とその英訳本を寄贈するために戻ってこよう、そしてエスキモーたちに読んでもらうんだと決意します。それが次の旅を予感させる終わり方になっているのですね。

 『アラスカ物語』にはぼくも感激しました。でも、同書はいかにエスキモーに好意的に書かれているとはいえ(同書が書かれた当時の価値観としては本当に驚くべきことです)、やっぱりエスキモーとその文化を日本人の目で外から眺めた内容ですし、計画的思考という意味では無能なエスキモーたちを一本筋の通った日本人が救ったというストーリーです。それを当のエスキモーたちが読んではたして感動するかな。しかも、もはや計画的思考と産業社会の価値観を知っていて、ときには自分の祖先を恥じることもあるエスキモーたちが、読んで面白いと思うものなのかな。日本人のナショナリズムを押し付けられたエスキモーは迷惑だろうなと思わないのかな。

 著者の魅力は、むしろそんなことを考えずに思い込み一本で猪突猛進するところです。こうした独善性は『ウーマン・アローン』全体を貫く特徴のひとつで、それが鼻につかずにむしろ好感をもって読めてしまうところが、人徳というか、この本の魅力になっています。ただ、最後のこれだけは、ちょっと白けてしまうんですよね。

ダルトン・ハイウェイ

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 ダルトン・ハイウェイは、北極海から石油を運ぶパイプラインを管理するためにつくられた道路です。北米大陸で北極海に抜ける道路は2本しかなく、そのうちの一つ。フェアバンクスから接続するエリオット・ハイウェイをあわせると、約800kmものロングダートを楽しめる冒険地です。

 中継地点のコールドフットをすぎると、終点のデッドホースまで商業施設は一つもありませんので、ガス欠に備えてガソリンタンクを持っていきます。苛酷な環境の中、さまざまな事故やマシントラブルが頻繁に発生するのですが、すべて自己責任で対応しなければなりません。

 でも、そこがいいんですよね。

ダルトン・ハイウェイに入ってすぐ

ダルトン・ハイウェイに入ってすぐ
エリオット・ハイウェイにあるロードハウス。インディアンの女の子が無愛想に店番していた

エリオット・ハイウェイにあるロードハウス。インディアンの女の子が無愛想に店番していた。
この辺は路面の状態が良好です。

未舗装ですが、このあたりは路面がきれいに整備されています
凍らないようにラジエーター付きで電熱線入りのパイプライン。遭難したときはこの上に寝て暖を取るそうな

凍らないようにラジエーター付きで電熱線入りのパイプライン。遭難したときはこの上に寝て暖を取るそうな
北極圏の看板。有名な撮影スポット。

北極圏です。とりあえず皆さんここで写真を撮ります。
このときは山火事がひどかったんです

当時はハイウェイ沿いに大きな山火事が広がっていました。ちょうどLong Way Roundと同じころです。
急峻なブルックス山脈を越えるアティガン峠

急峻なブルックス山脈を越えるアティガン峠
ツンドラとパイプライン

ツンドラとパイプライン
もうじきブルックス山脈が終わります

もうじきブルックス山脈が終わります。


ブルックス山脈最後の山。あとは北極海までなだらかなツンドラが広がるだけ
カリブーの家族

カリブーの家族
デッドホースに3つしかないホテルのうちの一つ、アークティック・カリブー・イン

北極海沿岸の工業町デッドホースに着きました。3つしかないホテルのうちの一つ、アークティック・カリブー・イン。24時間食べ放題ですが、アルコールはありません。
北極海への観光バス

北極海には石油工場があるためマイカーは立ち入り禁止。デッドホースから北極海までは観光バスに乗ります。
北極海です。右10度ほどが北極星の位置。

北極海です。右10度ほどが北極星の位置。流氷が溶けるので舐めても塩辛くありません。
いちおう泳げます

水温は摂氏8度ぐらい。いちおう記念に泳げる温度です。この日は記録的な暑さだったので、きっと快適だったでしょう
デッドホースのガソリンスタンド

デッドホースのガソリンスタンド。先住民の株式会社NANAが運営している。小屋の中にセルフの給油機があります。レギュラーのみ。
ツンドラのフラクタル

夏が終わって湿地が凍結するとき、自然に亀甲状の山が出来上がります。
ツンドラの植物

ツンドラといっても地衣類だけではありません。低木は生えています。
コースアウト フェアバンクスのホステルに戻ってきました。転落の被害はウィンドシールド割れ、パニアケースホルダー折れ、クラッチオイル漏れ

停まろうと路肩によったら砂利にハンドルを取られてコースアウトしてしまいました。着ていたエアバッグが首の骨を守ってくれましたが、エアバッグのボンベで肋骨をすこし骨折してしまいました。なんだかなぁ。たまたまそばで客まちをしていたヘリのパイロットと、いつの間にかいっしょに旅をするようになったピーター(推定58歳)に手伝ってもらっているところです。「写真撮っておかなくていいのか?」(byパイロット)

アラスカ・ハイウェイ

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 以下、アラスカ・ハイウェイ走行時の日記。

***

 カナダからアラスカのフェアバンクスに入るまでは、アラスカ・ハイウェイを通ります。太平洋戦争のとき、日本軍はアリューシャン列島を占領していましたので、ベーリング海峡を渡って上陸してくることをおそれた米政府が、軍需物資をアラスカに運搬するために突貫工事で作った陸路です。

alcan01.jpg ちなみに、アラスカとカナダをつなぐ道なので、かつてはALCANともいいました。南北アメリカ大陸を結ぶパン・アメリカン・ハイウェイの最北端でもあります。

 もとが突貫工事で作ったものですので、路面の状態はたいへん悪いのですが、全長およそ160kmと距離が長く、景色のきれいなハイウェイということで有名な道路です。

 アラスカ・ハイウェイの起点"マイル・ゼロ"のまち「ドーソン・クリーク」。ビジターセンターが観光写真の撮影スポットになっています。お年寄りの団体さんの写真を何枚か撮らされ、そのお返しに撮ってくれた写真です。

「ねぇ、あなた。ちょっとちょっと!」
「はい?」
「写真取ってちょうだい」
「いいっすよ」
「あたしのも」「わしのも」「これも」
「はい、みんな撮れましたー」
「今度はあなた、そこに立ちなさい」
「あ、いや、ぼくは...」
「いいからいいから、はい立って」
 こういうノリはどこでも同じですね。

 実際に起点となるマイルストーンは別の場所にあるのですが、同ビジターセンターにあるマイル・ゼロの標識です。

リアード川温泉 アラスカ・ハイウェイにはリアード川温泉があります。北米にも温泉はいろいろとありますが、ぼくはココがいちばん気に入りました。

 森の小道を通り抜けると、老若男女が...

 北米の温泉は、全般的に無骨なのですね。たぶん、一番多いのは、コンクリートで囲っただけの温水プール。プールのふちを岩で固めて自然っぽさを演出してあればかなりマシなほうです。

 その点、リアード川温泉は、天然の川をたいへんきれいに整備した施設なのです。温水プールのような無骨さはまったくありません。まさに、川遊びの雰囲気です。しかも、すっごいいい湯でした。ただ水深がある(1.5mほどだと思います)ので、上は適温でも半分から下はぬるい状態でしたが。

キャンプ場から続く森の小道を5分ほど歩いて抜けると...老若男女が水遊び 水遊び...
水遊び... 人がいないところも撮ってみました キャンプ場の注意書きです。

アラスカ・ハイウェイでいちばんの景勝地「クルアン湖」です。大きさはおよそ700平方km、長さは70kmほど。

Lake Kluane  ここはユニークな湖で、コバルトブルーの水が本当にキレイなんです。波と浜があって、写真には撮っていませんが、このすぐ北のあたりは南洋の海にしか見えなかった。

 そして、野生生物が豊かな土地でした。ハイウェイからでも、ブラックベアが遊んでいるところ、カリブーの親子が散歩しているところを見ることができました。また、湖畔に張ったテントから朝目覚めて外をのぞくと、目の前をムースが歩いていました。

 一泊しかしませんでしたが、ゆっくり滞在する価値のある場所だと思います。

 ちなみに、ムースはユーモラスな顔をした草食動物ですが、案外獰猛なので注意が必要です。あちこちで、子育て中のムースには「ぜったいに近づくな!」と脅されます。クマに襲われる被害より、ムースに襲われる被害のほうが多いそうな。

クルアン湖 クルアン湖 クルアン湖

 イタリア系アメリカ人の彼と日本人大学院生の彼女。タンデムで旅行中。まだジャケットがきれいです。でもこれからアラスカに入るとすべてがホコリっぽくなります。

alcan14.jpg 男性は日本をバイク旅行したこともある旅好きで、女性はカナダに留学中の大学院生です。彼女がトイレに立っているとき、こんな「男の会話」がありました。

ぼく「うらやましいな。ぼくの妻はバイクがそんなに好きじゃないから、二人乗りで旅行に出るなんて考えられないよ」
「女性はいつだって難問problemさ。ぼくはキャンプできる道具をぜんぶ持ってきているのに彼女はイヤだっていうんだ。プルドー・ベイ(北極海)にも行きたいんだけど、ダルトン・ハイウェイがどういう道路かまだ話してないんだ。きっとイヤがるだろうな。でも(北極圏の)コールドフットまでは行こうと思う」
 その後、彼は食事中にさりげなくコールドフットまでは行くということを既成事実化したうえで、ダルトン・ハイウェイのことをさりげなく説明していました(笑

検問所
 国境をこえます。アメリカの事務官というのはどうしてこう手際が悪いんでしょうね。ただパスポートの期限が確認できないというだけの理由で、15分ほど足止めされました。知ったかぶりしないで、一言聞いてくれれば、こっちから教えてあげるのに。

アイスフィールドPW

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 バンフからジャスパーまでカナディアン・ロッキーを堪能できるアイスフィールド・パークウェイ。北米でもっとも美しいハイウェイの一つです。

 今回は写真だけ。ちなみに、下の3枚は温暖化で急激に縮小しつつあるといわれるコロンビア大氷河です。

バンフの日記

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 バンフへの道のりは「カナダの洪水」の通りでしたが、ホステルについて、みんなに暖かく迎えてもらってようやく人心地つきました。以下、日記を転載。

北米のユースでつねに人気ナンバー3内にランクインするホステル。たしかに、スタッフも設備も、そして客層も、居心地よく感じました。写真はホステルを出る日の朝。 荷物をいっしょに運んでくれた韓国人のナイスガイ。「カナダで日本人にはたくさんあったけど、韓国人がいなくてねぇ。」英語が上手で、育ちのよさそうな韓国青年は、自国民の国外離散状況をどうやらよく知らないらしい。「中国人と韓国人は世界中にいるよ。昨日だってカルガリーから100kmも離れた田舎のレストランでコリアンが働いてたぞ」「えー、本当?」

 ただ、青年のいうことも一理あります。海外では、どこにいっても日本人の姿をほとんど見かけないのに、特定のまちには日本人しかいない、というようないびつな人口のかたよりがあります。日本の旅行(代理店)が高度に産業化されていて、合理的な商売のために決まったルートをいつも利用しているためでしょう。そして、カナダの有名都市はいずれも日本人観光客の多いところです。

バンフの夕焼け。写真は翌日のもの。 ぼくと同室のカップルはスイスからきていて、車で南北アメリカ大陸を縦断しながら3ヶ月の休暇を楽しんでいるらしい。あと3週間しか残っていないと嘆いていました。「あなた英語が上手ね、アメリカ人かと思った。」 そんなことをいってくれるのはドイツ語圏のあんただけだよ。

 しかし、予約のとき、部屋の選択で「男性部屋」「女性部屋」「男性と女性ミックスの部屋」という選択肢があったので、「男性部屋」を選んだはずだけどなぁ。まぁいいけど。

 3時すぎ、同室のカップルに送ってもらってダウンタウンに遅い昼食をとりに行きました。

 カナダのリゾート地っていうのは、同じデザイナーがまちをコーディネイトしているのではないかと思えるくらい、こぎれいで少女趣味的なかわいらしい街並みをしているものですが、バンフも例外ではありません。まち全体で観光地としての演出をしているわけで、あえてイジワルな見方をすればディズニーランド的に作り物っぽいところもあるのですが、商売のためだけでなく、むしろ観光客にきちんとリゾート気分を味わってもらいたいといった歓迎の気持ちが感じられて、僕はきらいではありません。そこにいるだけで別世界に来たんだなぁと単純にわくわくできるところもいい。


 バンフ二日目。今日は少し晴れましたので、レイク・ルイーズに行ってみました。

banff3.jpgエメラルド・グリーンの湖水をたたえるレイク・ルイーズカナダのゴミ箱
 正面には後退した氷河が少しだけ見えています。どういう成分なのか知りませんが、水はエメラルドグリーンです。白、青、緑という独特の色調がなんとも非現実的な景観です。世界の観光地として人気があるのもうなづける。

 これもレイク・ルイーズで撮った写真ですが、カナダの山間部にはこういうゴミ箱が設置されています。

 フタの穴の中に押し込みボタンがついていて、それを押しながらフタを開けます。どうしてそんなに面倒なことをするかといえば、野生生物、とくにクマが人間に慣れすぎないようにするためです。人間社会に近づけばエサにありつけると考えるようになったクマは非常に危険で、遠からず人間を襲うようになり、結果として射殺されてしまいます。そのような悲劇を生まないためには、絶対にエサを与えないことが重要です。

カナダの洪水

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 カルガリーのモーテルの駐車場でバイクに荷物をつんでいるとき、「昨日よりいい天気だったらいいわね」と声をかけられました。その前日はひどい雨で、850kmの移動のあと、ドロドロの状態になってフロントに駆け込みました。そんなところを見て気にかけていてくれたのかもしれません。でも、出発してすぐにまたひどい雨が降り始めましたが。

 トランス・カナダ・ハイウェイが渋滞しているのでなにがあったのかと思ったら、河川氾濫で通行止めというのです。そういえば、前夜、テレビ番組が突然止まって、「災害警報」の静止画面に切り替わり、「〜の地域は増水に注意してください。〜の地域は...」のような無骨なアナウンスがしばらくありました。番組を止めての緊急情報でしたのでけっこう緊張しましたが、「明日はバンフまで150km足らずだし、ハイウェイをちゃっちゃと移動してホステルでゆっくりしていよう」と思ったのを覚えています。

 しかし、その150km足らずがひどかった。迂回した道路では小川や池があちこち氾濫しています。太い流木の山に押し流されそうになっている非常に危険な橋を駆け抜けたりもしました。100mm/hほどの雨が降り続くし、横殴りで風速10m/sほどの風が吹き付けてくるし、おまけに気温は摂氏8度くらいからどんどん下がっていきます。バンフに着いたときは雪交じり。間違いなくバイク人生最悪の天候でした。

 この雨はエドモントンからカルガリー一帯にかけての広い範囲でサスカチュワン川を氾濫させ、洪水を発生させたそうです。

 洪水が発生したといっても、ニュースの扱いは日本とはずいぶん違いました。というのも、川沿いにはほとんど家が建っていないため、実質的な被害が発生しないからです。川沿いの土地は、増水のときに氾濫する平原として住居に不適切な土地だと認識されています。カナダは土地が広いから、わざわざそんな場所を選ばなくてもほかに住居に適した場所がたくさんありますからね。

 だから、洪水といっても余裕で増水する光景を眺めに出かけて楽しんだりしているのです。

「ママみてー、あの流木のやま、ビーバーのダムみたーい」
「あと少し増水したらあの辺が氾濫しそうなのに、なかなか水が増えてこないね」
 それでも、氾濫原に好んで住む人もいます。なぜなら、都市のすぐそばなのに広大な土地を安価で独占できるためです。災害の保険に加入することすらできないそうなのですが、都市生活と大自然のどちらにも利便性がいいということで、一部の人々に人気があります。新聞では、「好き好んでそんなところに住んで何度も被害にあって、しかも今後も住み続けたいなんて、本当にご苦労なことで...」というような論調で書かれてありましたが。

 彼らには、氾濫原でもふつーに住居を建てているアジア諸国(もちろん日本を含む)はどう見えるんでしょうね。氾濫を抑えて川辺に住居を広げるために、川底と川岸をすべてコンクリートで覆ってしまって、日本からは砂浜が消えてしまった、なんて聞いたらどんな顔をするんだろう。ましてや、消えつつある砂浜を維持するために毎年毎年、土砂を運んでこなければならない海水浴場がたくさんあるなんてね。

アメリカとカナダの通関

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 アメリカ合衆国にバイクを持ち込むのは、本当に大変でした。

 というのも、911テロの後、アメリカは輸出入を厳しく検査するようになっています。そのため、いろいろと手続きが面倒なわりに儲けがほとんどないということで、実績のあるバイク輸送業者がすべて手を引いてしまったのです。したがって、まず輸送を引き受けてくれる業者を探すのが大変でした。

屈強な港湾夫たちが木枠を解体していく ある業者からは、「いまアメリカにナンバープレート付の車両を持ち込むのは不可能です(きっぱり)」とまでいわれたり、あちこちの業者から輸送をことごとく断られたため、相場の倍ほどの値段であやしそうな業者に委託することになりました。契約内容は、「神戸港搬入からNY港渡しまで。アメリカ側の通関は料金に含まず」というもの。

 次の難関は、書類をそろえることでした。かならず必要なのは、(1)Bill of Lading、(2)Commercial Invoice & Packing list、(3)Arrival Notice、(4)日本の陸運局で発行してもらった登録証書、(5)個人情報を証明する書類一切合切、の5点。それに加えて、旅行者が1年未満の使用を前提に車両を持ち込む場合は、(6)米運輸省のHS-7という書類と、(7)環境省の3520-1という書類が必要。という知識をあちこち電話したりネットで検索したりしながらガリンペイロするのが大変でした。

 しかし、そこまで調べても、どの書類を誰が用意するのかまではわからない。1〜3は輸送業者が用意するものなのですが、業者の事務能力に問題があってなかなか届かない。5はどんな書類がどれだけ必要なのかわからない。6〜7はどこに何を記入すればいいのか分からない。

 でも、わからないなりに、できることすべてをやり、準備できるものすべてを用意して、通関に向かったのがよかった。窓口で2時間もかかりましたが、書類のチェックとID確認、インタビューを経て、1年間有効の許可をもらいました。

 これでようやく終わったかと思ったのですが、バイクを倉庫に引き取りにいったとき、次の難関にであいました。

ぼく「バイクを引き取りに来たんですけど」
受付「どの業者?」
ぼく「いや、個人で頼みました」
受付「でも木枠を解体しないといけないでしょ?」
ぼく「バールを貸してくれたら自分でやります。」
受付「それはダメ。解体料金は300ドルね」
ぼく「そんなの聞いたことありませんよ」
 この後、小一時間ほど、倉庫の受付やマネージャーと口論。
ぼく「おれのバイクだろ」(だんだん怒ってきてる)
マネ「ほう。だが、ここはおれの倉庫だ。バイクがほしけりゃ300ドル払うんだな」
 という流れで、根負けして300ドル支払った後のこと。モーガン・フリーマン似のトラックの運転手がそっと近づいてきて教えてくれました。
運転手「トラックを頼めばよかったんだよ」
ぼく「え?」
運転手「あのな、トラックが荷物を積み出すときは、タダなんだよ。あのバイクをいったんトラックで運び出すだろ。そして、倉庫を出たところであんたが解体すりゃ、手数料は300ドルもかからない。」
ぼく「!!」
運転手「今回はもう手遅れだけどな。次のときにそうやったらいいよ」
ぼく「そんなの先にいってくれよ...」

ウィニペグに入る国境検問所 いや、もうホント、いろいろと勉強になりました。

 ところで、この高速道路の料金所のようなところは、カナダ国境の検問所です。空いています。

 ぼくの前に一台、BMWに乗ったおじいさんがいました→入管の様子。こんな感じで、バイクや車に乗ったまま、ヘルメットを脱ぎもせず、いくつかインタビューに答えます。

 なごやかなやり取りであっという間に入国審査が終了し、税関用の黄色い紙をもらって、「中に入ってパスポートにスタンプを押してもらってください」と。見ると、横に小さな建物があって、そこが正式な入管のオフィスということらしい。

 入管の窓口で、「いつカナダを出るかぜんぜん未定だけど、ニューヨークの家には8月末までに帰らないといけない」といったら、8月末までを滞在期限にしたスタンプをパスポートに押してくれました。

 そして、税関の窓口では、受付でもらった紙を出して終わり。「え、それだけ?」といったら、事務官もわかっているらしくて、「パスポートとかバイクの登録とか、すでにいろいろ持ってるでしょ?」だって。アメリカの税関に聞かせてやりたい!

クルーザーとアメリカン

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ツーリング開始直後の装備なのでパッキングがいまいちこなれていないし、防水対策もいいかげん。 写真はツーリング開始直後の装備です。

 タンクバッグから出ている青いホースはタンクバッグの中の水筒につながっています。ホースの取りまわしは多少面倒ですが、これさえあれば走行中にも水分補給をすることができます。

 「今日は移動日」と決めたら、短いときで600km、気分しだいで1000km以上の距離を走るわけで、食事とガソリン補給の休憩をのぞけばハイウェイを一日走りっぱなし、なんていうこともめずらしくありません。そうすると、なにせ夏のことですから、問題になるのが水分補給です。マメに水分と塩分を補っておかないと、けっこう簡単に熱中症にかかります。こまめに休憩するか、このようにハイドレーションを装備するか、どちらかがかならず必要となります。

 さて、バイクは大別すると、スポーツ、ネイキッド、ツアラー、オフローダー、クルーザー、スクーターの6種類に分類されます(参考)。それぞれバイクの機能が違うのはもちろんですが、他にも、バイクの乗り方、バイクの楽しみ方、バイクに乗るときの装備など、さまざまな違いがあります。バイクに付随するライフスタイル、ひいては文化が違うといってもいいでしょう。

 ぼくのバイクはBMWのR1150GSといって、オフローダーとツアラーの中間的な位置づけです。イメージとしては、舗装されていようが砂利道であろうが、道を選ばずに世界中を走る旅バイク。ラフな長旅にも耐えられるように、全天候オールシーズン対応のバイクジャケットを着る人が多いです。

 スポーツバイクで峠を走る人は、革つなぎにフルフェイスのヘルメットが典型的なスタイルです。州間ハイウェイで長距離を移動するより、ワインディングの多い一般道をハイスピードで走行することを好みます。

ニューヨーク近郊のツーリングスポット「ベア・マウンテン」 クルーザー(いわゆるアメリカン)乗りは、Tシャツに革ベスト、革ジャン、ジェットヘル(ないしノーヘル)にサングラスが一般的。あまりスピードは出しません。というより、機能的にも装備的にも、スピードを出せないのです。制限速度を守って、まったりと直線道路をクルージングするのが正しい楽しみ方。

 アメリカでは、やはりクルーザーに乗る人が圧倒的に多いです。きちんと調べてはいませんが、ツアラータイプのクルーザーを含めると、実感としては少なくとも7割以上がクルーザーという印象です。

 では、なぜアメリカでそれほどクルーザーが支持されているのか。

 理由はたくさんあります。たとえば、いまのクルーザーの基本的なデザインは、1920年代にはすでに完成していました。Indianやハーレー・ダビッドソンの手による製品群は、第二次世界大戦ごろまで世界的な影響力をもち、多くの模倣を生み出しました。それから時代は変わっても、現在に至るまで一貫してあのスタイルの製品を提供してきたメーカーがアメリカにつねに存在してきたこと。それが理由の一つ。

 また、広大な土地柄、地平線まで続く直線道路はめずらしくありません。直線道路を長距離走行するとなれば、クルーザーかツアラーが有利ということになります。バイクの機能と国土が適合的というのが理由の一つ。

 より重要なのは、ライフスタイル。上でクルーザー乗りのスタイルは、Tシャツに革ベスト、ジェットヘルにサングラスと書きました。このスタイルは、1960年代に非合法活動で悪名をとどろかせたバイカー集団Hells Angelsで一般的だったものです。当時はハーレーといえばHells Angelsのことだったといいます。時代は変わって、Hells Angelsもほとんど非合法活動をしなくなりましたが、そのスタイルにまつわるワルっぽいイメージだけは今に息づいているわけです。さまざまな規制に管理された日常を抜け出し、自由を謳歌したいというとき、このちょいワルなスタイルが一つの手がかりになるということでしょう。男も女も、クルーザー乗りはみょうに体格がいいんですよね。マッチョがクルーザーを選ぶのか、クルーザーに乗るためにマッチョになったのか。

 そして、非日常として旅を求めるアメリカの心性を指摘しなければならないでしょう。バイクを使って日常を抜け出すとしても、サーキットや峠を走る、ドラッガーで直線番長を競いあう、トライアルバイクで岩山を登る、ダートをモトクロスでぶっとばす、荷物を満載して旅に出る、等々、いろんな手段があります。しかし、その中でも、アメリカでは特に長距離の旅に出ることに対して、「フロンティア・スピリットの実践」「自由を求めての挑戦」といった特有の意味づけがあるように思います(「ルート66」も参照)。そして、アメリカで長旅に出るとなれば、やはりクルーザーかツアラーです。

 さらに、以上のすべてを総合する、ハーレー・ダビッドソンのマーケティング。ハーレー・ダビッドソンは1981年に再生して以来、さまざまな経営戦略を展開し、つねに好調な販売を維持し続けてきました。その手法の一つが、バイクを売るだけでなく、バイクの楽しみ方を紹介するというマーケティング方法です(日本法人の例)。バイクを通じて、アメリカのライフスタイルを、そしてアメリカの夢を売るというわけです。

 他にも、流通やナショナリズムの問題など、いろいろと理由をあげることはできますが、ようは、さまざまな理由がからみあって、「アメリカのバイクといえばクルーザー」という環境を作り上げ、市場を形成し、人々の消費意欲を掻き立てる好循環が成立しているということです。

 ただ、マッチョなアメリカ人って、どうもぼくとは相性がよくない人が多くてね。いや、アメリカ人にかぎらず、体育会系のりがニガテなんですが。

 もちろん、バイクに罪はないですよ。ぼくもクルーザーというバイク自体は好きですし。

パリセーズ

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 単数形のpalisadeは「弓矢を防ぐ柵(矢来)」という意味なのですが、複数形でpalisadesになると「川辺の断崖」という意味になります。でもさらに意味をさかのぼると、ハドソン川の両岸にそそり立つ断崖絶壁のことをPalisadesという固有名詞で呼んだのが、19世紀半ばに一般名詞化して広まったそうです。ハドソン川の断崖は、火成岩の大岩がタテに切り立っていて、見た目が防柵に似ている場所があるのですね。

 ハドソン川の断崖は、自然の防塞として、独立戦争のときイギリス軍からニューヨークを防衛するための重要な軍事拠点となったそうです。そのため、「自然がつくった矢来」という意味も同時にこめられているかもしれません。
ニュージャージー州パリセーズの上からハドソン川を臨む
 写真はニュージャージー州側のState Line Overlookという展望台からPalisadesとハドソン川を写したものです。対岸がマンハッタン島ですね。小型のデジカメではちょっと迫力不足ですが、実際に150mほどの高さから大河を見下ろすのはなかなか壮観なものです。

 東海岸の人々は総じてバイクに冷淡です。街中で日常の足としてはバイクを使っている人はあまりいません。でも天気のいい休日には、フリーウェイや郊外の道路で少なからぬバイクを見かけます。バイクは日常を離脱する遊び道具という位置づけなのでしょう。

 この展望台も、週末ともなればニューヨーク市近辺のライダーが集まる"バイク名所"のひとつでもあります。京都近辺でいえば大津ICや堅田の道の駅「米プラザ」のような感じですね。いずれも、ツーリングルートに近く、交通の便がよくて、広い駐車場、売店、居心地のいいイスがあって、見晴らしのいい場所、という特徴が共通しています。

 NY市からおそらくいちばん近いハイキングコースがありますので、バイク乗りでなくてもお勧めのスポットです。G.W.ブリッジからすこし北にあるAllison Parkからだと、たぶんマンハッタンの夜景もきれいだと思います。

ルート66

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routemap.jpg ニューヨーク近郊の自宅からツーリングに出発したのは2005年6月10日のこと。それからおよそ3ヶ月ほどかけて、A. ニューヨーク、B. シカゴ、C. ウィニペグ、D. バンフ、E. ジャスパー、F. エドモントン、H. フェアバンクス → アラスカのあちこち → R. ドーソン、S. イヌビク、T. ホワイトホース、V. バンクーバー → 西海岸あちこち → W. サンディエゴ、フェニックスから旧ルート66、Y. ワシントン.D.C. → ニューヨークというルートを回りました。総走行距離はメーター読みで約3万キロ。

 フリーウェイを使って北米一周をするときはだいたい似たようなルートになるんじゃないでしょうか。ただ、当初は南部からフロリダを回ってニューヨークに戻ってくるつもりだったのですが、あまりにも暑かったことと、ハリケーン「カトリーナ」が接近中だったため、旧ルート66経由に変更しました。

 「ルート66」という道は、かつてアメリカでもっとも有名なハイウェイでした。テレビ番組『ルート66』とその主題歌が広範な人気を得たこともあってか、「The Mother Road」とか「The Main Street of America」とか「自由と民主主義の象徴」とまで呼ばれたことがあります。開拓時代にさかのぼるアメリカの移動熱の精神的支柱ともいえる位置を占めていたといえるでしょう。でも、場所によっては狭かったり、くねくねと入りくんでいて、新しいハイウェイの規格に合わなくなり、モータリゼーションの発達とともに廃道となったのです。ディズニー映画『Cars』でもそのことがテーマになっていましたね。

 だから行政上はすでに存在しないハイウェイなのですが、今でも部分的に古い道が残っていますので、古きよきアメリカを体感しようとマイカーで訪れる人たちがたくさんいます。そういうお客さん目当てに道を整備しなおして、古い町並みを演出するなど観光資源に利用している沿線の町もあります(例1例2)。日本からもルート66を自走するためにアメリカに渡るという人は少なくありません。

 ところで、先ほどルート66について「自由と民主主義の象徴」と書きましたが、アメリカでは移動(とその手段)の自由がたいへん大切にされています。何かから自由になるために移動する、ということもしばしば。アメリカにはロードムービーがたくさんありますが、ほとんど例外なく自由を求めて旅をするストーリーです。シアトルで出会った女性が言うには、「(就職先に)シアトルを選んだ理由は別にないなぁ。ただ、シンシナティから離れて自由になりたかったの。」

 日本の感覚では、田舎から都会に出ていくようなケースをのぞけば、都市間を移動したからって自由になるという発想にはつながりにくいと思います。一方、なぜアメリカでは移動することによって自由が得られるという感覚があるのか?

 ぼくがすぐに思いつく理由は3つほどあります。だから他にもたくさんあるでしょう。

 ひとつは、アメリカはその国土の大きさがいろいろな面で精神性に影響を及ぼしているという文化人類学の学説。つまり、国が大きすぎてリアリティをもって想像できる範囲を超えてしまっているため、遠く離れた土地には異界に等しい距離感をおぼえてしまう。そして、異界に飛び込めばしがらみも断ち切れる、というわけです。

 ひとつは法制面での理由。アメリカは州ごとに独立性の高い法律を備えていて、州間ではあまり情報のやり取りがありません。911テロの後はかなり改善されてきていますが、FBIでないかぎり警察すら犯罪歴の情報を州外からアクセスすることが難しかったのです。だから、ある州で犯罪を犯しても、別の州に逃れれば時間稼ぎできる場合があり、それが移動=自由というイメージを形成した側面はあるでしょう。

 最後の理由がいちばん単純で、移動にともなって生活構造(仕事や人脈など)が激変するから。アメリカって国が大きいせいで、引越ししたらそれまでの付き合いはそれっきり終わってしまって、新天地ではまったく新しい友達とすぐに仲良くなることが多いそうな。平均的なアメリカ人が誰とでもすぐに仲良くなるのはそのためだという説もあります。

2種類のキャンプ場

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 おととしは1年間大学から休みをもらってニューヨークで勉強してました。とはいえ、せっかくアメリカまで行くのにニューヨークだけではもったいない。で、バイクを持ち込んで、夏に休暇と調査をかねて北米大陸を一周しました。

 3ヶ月のロングツーリングでしたので、いろんな発見がありました。別の場所で書いたツーレポですが、加筆・修正を加えて、こちらにも転載していきます。

 今回は「2種類のキャンプ場」

Denali National Parkのキャンプ場。ひとつの区画が30m×10m以上で、テントとテントはいちばん近いところでも20mほど離れている。 北米には2種類のキャンプ場があります。いや、いろんな「2種類」があるでしょうが、ここで紹介したいのは「宿泊客どうしが仲良くなるキャンプ場」と「ほとんど口もきかないキャンプ場」の違いです。その二つを分ける原理はとても単純で、テントとテントの距離が近ければ前者になり、距離が遠ければ後者になります。ただ、樹木などの障害物があれば後者になりやすいかも。

 心理学にはパーソナルスペースという概念がありますが、逆にソーシャルスペースとでもいうべき距離感がおそらくあるのでしょう。ぼくが知らないだけで、すでにそういう概念はあるのかな? ともかく、"その範囲内だったら対人関係を築かないと気まずい距離"というのがどうやらあるようなのです。

 その範囲のなかの人とは、話しかけるストレスより、話しかけないで見知らぬ関係のままでいるストレスのほうが強いため、積極的に挨拶をしたり話しかけたり夕食に誘ったりして、顔見知りの安心できる関係になろうとする。
これはかなり極端な例だけどBillie's Backpackers Hostelのキャンプグラウンド
 逆に、その範囲を超えるような位置にいる人は、話しかけるストレスのほうが話しかけないストレスよりも強いため(あるいは両者が拮抗すると判断に困るというストレスもあったりして)、バスルームとかで近づかないかぎり、基本的には挨拶以上の関係にはなりにくいです。というより、いつソーシャルスペースに侵入してくるかわからないのはけっこう強いストレスの元なので、見えないもの、存在しないものにして無視してしまうという戦略に出たりします。つまり挨拶すらしないことも珍しくありません。

 どっちのキャンプ場がいいかはそのときの気分しだいですが、ツーリング中のぼくは「仲良くなるキャンプ場」のほうが好きでしたね。人恋しいからという理由ももちろんありますが、食事代や酒代が浮くというメリットもあります。どこかで大量にスープでも作ってたり、どこかで酒瓶を並べてたりしますので、「ハーイ!」っていいながら近づいていけば、もう食事や飲み物の心配はいりません。そうやって図々しくたかって食費を節約していました。名づけて「モーターサイクル・ダイヤリーズ戦略」。チェ・ゲバラもやったんだと思えば多少は羞恥心と罪悪感がマシかなと。

 いい天気です。「絶好の行楽日和」というやつですね。なのに、どうしてボクは組合の調査の集計なんかやってるんだろう...。

 大学に来るまでにも、多くの旅仕様バイクをみました。こちらはパニアケースをつけた大きなバイクで出勤しているので、対向車線のバイクからピースサインを送ってくることがあります。

 「あんたもツーリング中? 気をつけていい旅を!」
 「そっちもな!」

 そんな意味をこめてサインを交し合うわけです。

 サインの出し方は、人によって、国によって、違いがあります。日本では、対向車線のバイクに見えやすいように、左手をヘルメットの上辺りにもっていって、指2本を出したピースサインをつくることが多いです。右側通行のアメリカでは、左腕を真横か斜め下にまっすぐ伸ばすのが一般的です。指はパーにして手のひらを前を向けたり地面に向けたりする人もいれば、指2本を出したピースサインにする人もいます。同じピースサインでも、まっすぐ伸ばす人もいれば、指先を地面に向ける人もいます。また、フランスでは左手ではなく、足を出したりします。

 そんな違いはあっても、ツーリング中のバイクどうし、お互いにエールを交し合うわけです。

 バイクは基本的にパーソナルな乗り物です。たとえ二人乗りしていても、無線のヘッドセットを仕込んでいないかぎりは走っているあいだ会話もありません。ましてや、違うバイクどうしだとコミュニケーションをとりようがない。だから、「バイクの社会」なるものは存在しない――そう思われてきました。だから、「暴走族の社会学」とか「バイク便ライダーの社会学」はあっても、「バイクの社会学」という学問は存在しません。

 ところが、実際には、上記のピースサインのようにコミュニケーションは行われています。バイク乗りの「聖地」のような知識を共有したりもします。信号での並び方、バイクの止め方にもちょっとしたルールが出来上がったりします。そうやって、さまざまな「シンボル」を交換したり共有したりしながら、「バイクの社会的世界」はできあがっているわけです。

 ところで、アメリカ式のピースサインは左腕をまっすぐ伸ばすと書きましたが、けっこう難しいんですよね。制限速度を守ってマッタリ走っているときはいいのですが、免許取り消しになりそうなスピードを出しているときにそんなことをすると、どれだけ足でしっかり車体をホールドしていても、左腕だけにすさまじい風圧がかかってバランスを崩しそうになるのです。だから、風圧の軽くなる腕の出し位置をあらかじめ確かめておいて、そこをねらって腕を出すのです。

 ばかばかしいけど、アメリカでハイスピードのツーリングをするときは、必須の知識です。

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