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 高校無償化・就学支援金制度から、朝鮮学校だけが排除されてきたことは周知の通りです(朝鮮学校「無償化」除外問題Q&A を参照)。文科省は「慎重に審査している」という名目で3年間に渡って朝鮮学校からの申請を放置してきたわけです。

 これに対して、朝鮮学校側は日本政府の差別対応が解消することを辛抱強く待っていたわけですが、安倍首相が不支給を決定したことで事態は大きく展開しています。

 ひとつには、朝鮮学校側から法的な訴えがなされています。今月24日、大阪朝鮮学園は日本国に対し制度の適用を義務付けるよう求める訴訟を大阪地裁に起こしました。同日、愛知朝鮮中高級学校の生徒、卒業生らも、損害賠償の支払いなどを求め名古屋地裁に提訴しました(次のリンク参照)。


 もう一つは、従来の高校無償化法では、朝鮮学校だけを除外することにどうしても違法性の疑いが拭い去れないため、文科省は省令改正のための意見公募を始めました(次のリンク参照)。


 これに応じて、いくつかのブログがパブリックコメントの内容を紹介しています。


 これらに倣って、遅ればせながら当ブログでもパブリックコメントの内容を公開したいと思います。パブリックコメントは本日締切です。

 就学支援金に関しては、長期間に渡って朝鮮高級学校からの申請を放置し続けてきたこと自体、行政手続き上の問題が小さくない(問題Aとする)。加えて、朝鮮学校のみを外形的基準以外の要素で特別に放置し続けてきたことについては、日本国憲法第26条1項、同第14条、国際人権規約A規約第13条、人種差別撤廃条約、子どもの権利条約28条、29条1項、30条等などに抵触する可能性の高い人権侵害であることが指摘されている(問題Bとする)。

 問題Aについて、文科省は政権交代前の時点では、(1)審査は年度ごとに実施している、(2)報道された内容を慎重に審査している、というロジックで不法性を逃れようとしていたようだが、実際には北朝鮮への外交的な措置として停止されてきたことは周知の事実であり、欺瞞は明らかである。

 問題Bについては、文科省は上記2点の理由により、「基本的に運用の問題であり、時間がかかっているだけである」と説明していたそうだが、下村博文文科相は在日本朝鮮人総連合会と密接な関係にあることや北朝鮮による拉致問題の進展がないことを適用しない理由として挙げており、文科省の説明はすでに破たんしている。

 したがって、残っている問題は、(a)在日本朝鮮人総連合会と密接な関係にあることや北朝鮮による拉致問題の進展がないことを理由に、朝鮮高級学校からの申請を放置し続けてきたことが妥当かどうか、(b)これらの理由で、朝鮮高級学校のみを就学支援金の対象から除外することが妥当かどうか、(c)aおよびbに十分な説明がないまま、省令を改正して事後的に朝鮮高級学校を排除することが妥当かどうか、(d)朝鮮学校を(名目上、合法的に)排除するために、ホライゾンジャパンインターナショナルスクールとコリア国際学園まで巻き添えにすることが妥当かどうか、の4点である。

 aおよびbは外交と教育になんら関係がない以上、妥当性に欠けることは自明である。朝鮮高級学校に通う生徒たちが北朝鮮による日本人拉致事件に関与したという事実がない以上、そのことによって生徒たちが不利益を被るのは理不尽である。

 したがって、cについても、今後もし十分に説得的な理由が開示されないまま省令が改正されれば妥当性はないということになる。

 dは、(朝鮮学校を排除するために各種学校全体を排除してきた)伝統的な文科行政に近いともいえるが、すでに朝鮮学校を狙い撃ちにした手続きであることを下村博文文科相が明言している以上、「国民の理解」が得られるとは到底思われない。

 以上の理由から、朝鮮高級学校を就学支援金制度から事実上排除するための省令の改正案は不適切であり、適法に朝鮮高級学校の申請を受理し、就学支援金を速やかに支給することが妥当だと考えます。

日本における排外主義

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 昨日、「マイノリティが標的とされる現在」というシンポジウムで話をする機会を得ました。

 好意的な評価もありましたが、「わかりにくい」「むずかしい」という指摘もいただきました。統計的な分析に基づく議論をうまく伝えられなかったということだけでなく、資料を配布せずにスライドを投影しただけだったことも、理解の妨げになったかもしれません。

 そこで、ご来場いただけなかった方に情報提供をする意味も兼ねまして、報告用スライドをこちらに掲載いたします。当日は時間制限のため、このうちいくつかのスライドを省略しましたが、これがフルバージョンです。

 ある言動が「反社会的」だからという理由で非難されることはめずらしくありません。刑法に触れるような行動はもちろん、カルトなどはたとえ違法な行為を行っていなくとも「反社会的」な存在だとして批判されることがあります。ツイートの内容が倫理的に逸脱しているということで「反社会的」だと抗議される場合もあります。

 でも、「反社会的」とはどういうことを指すのか?

 言動の性質自体から「反社会的」であるかどうかを確定するための客観的な定義は、この世に存在しません。概念的には定義できないわけではないのですが、あまりにもあいまいで流動的な要素を含んでいるため、操作的には定義できないのです。

 例えば『新明解国語辞典』(三省堂)にはこう書かれています。

はんしゃかいてき(ハンシャクワイテキ)【反社会的】
その社会の法秩序にあえて反抗したり道徳上の社会通念を故意に無視したりする言動をとることによって、社会の他の成員にまで好ましくない影響を与える様子。

 しかし、ここでいう「法秩序」や「道徳上の社会通念」というのは、社会によっても、時代によっても変化します。しかも、人によっても判断が分かれますので、いつでもどこでも誰にでも通用する「これが反社会的な言動だ」という基準は、存在しないわけです。

 社会によって基準が違うというのは、例えば、東京都知事が「中国人はDNAレベルで残虐」というコラムを新聞に書いた件ですが、ヨーロッパであれば即、政治生命が終わるほどの大きな問題発言です。国によっては確実に刑法に問われるたぐいのものでしたが、日本ではごく小規模な抗議があっただけでした。

 また、時代によって基準が変化するというのは、例えば、2003年時点でディクシー・チックスが「テキサスから大統領がでたことを恥ずかしく思う」とイラク侵攻を批判したことは、当時のアメリカ社会においてきわめて「反社会的な発言」だったため、様々な迫害にあい、微妙な謝罪に追い込まれました。しかし、2006年時点にはすでに「勇気ある発言」が賞賛されるようになっており、2007年にはグラミー賞の関連部門を制覇しました。これは、音楽活動だけでなく、政治的な活動を評価されてのことだというのが一般的な解釈です。

 ただし、定義できないといっても、もちろん、「反社会的」な言動がこの世に存在しないという意味ではありません。

 社会には規範というものがあります。それに反する言動に対しては何らかの負のサンクション(制裁、罰)が作用します。破った規範の性質によっては、嫌味をいわれるといった軽いサンクションを受けるだけのこともあります。それに対して、重大なタブーに触れたりすれば、極刑を受けたり村八分にあったりという非常に重いサンクションが及ぶこともあります。そういう重い負のサンクションの対象となるような言動に対して、一般に「反社会的」というレッテルが貼られます。

 つまり、「反社会的」かどうかを決めるのは、問題とされた言動の性質ではありません。その言動をめぐる社会の価値判断(規範)が「反社会的」かどうかを決めるのです。「反社会的な言動」というものが客観的に存在するわけではなく、社会の構成員の大勢が「反社会的な言動」だとみなせば、それが「反社会的な言動」になってしまうということです。

 だからこそ、何らかの出来事に対して、ネットで世論を醸成する運動にも意味がある。社会の構成員の大勢を納得させられれば、負のサンクションを発動できるわけですから。Joi Ito氏がいうEmergent Democracyは、こういう運動の理想的側面に注目した概念ですね(伊藤譲一「創発民主制」)。

 ただ、1990年代以降、日本において実際にネットの《運動》が奏功したケースを見ると、そのほとんどは「創発民主制」というより『排除型社会』を象徴するものばかりでした。包摂より排除が、許容より不寛容が、多様性より画一性が、日本のネットを支配してきた。言い換えると、マイノリティへのヘイトスピーチを放置するという不正義はまかり通っているのに、ちょっとした発言の言葉尻をとらえてネットイナゴが殺到する、いびつなイジメ空間であった、ということかもしれません。

 ネットイナゴの成功体験ばかりが蓄積されるというのは、まあ、言論にとって望ましい姿ではないでしょうね。

 2ちゃんねる全盛期とは異なり、近年は日本におけるインターネットの言論空間にもいろいろと明るい兆しが見えてはいますが、悪貨が良貨を駆逐してきた歴史を振り返ると、それに期待することは難しそうです。

 集団内の誰かをこき下ろすことで、集団内に一体感が高まることがあります。「黒い羊効果」や「他者化」と呼ばれる現象です。

 こき下ろされる「誰か」がランダムに決まるのであれば問題はすくないといえますが、実際には、決まった属性や特性をもつ人が恒常的に排除される立場に選ばれることが多いものです。いわゆる、社会的弱者やマイノリティとされる人々ですね。社会学では、それを「他者」と呼びます。「他者」とは、「われわれとは異なる存在」であることを示す排除の記号です。

 ユダヤ人、黒人、女性、難民、異端者、共産主義者、障がい者、同性愛者、等々、さまざまな属性や特性が恣意的に「黒い羊」に選ばれ、「他者」として排除されてきました。その人たちを差別したいから(だけ)ではなく、むしろ《その人たちとは違う私たち》の一体感を高めるために。

 この原理を政治手法に昇華させたものがいわゆるファシズムです。ファシズムは、「他者」を意識的に排除することによるカタルシスで熱狂的に社会統合を高める特徴を持っています。

 ただし、ナチス・ドイツによるユダヤ人等への虐殺を代表として、ファシズムは凄惨な人権侵害を必然的に発生させるということで、大戦後の社会がその抑制に尽力してきたことは周知の通りです。例えば、「他者」に対する憎悪の煽動を法で禁じている国は少なくありませんし、個人に対してオールマイティの権力を行使しうる立場の公人がぜったいに選択してはならない禁じ手だというのが国際社会の通念です。

 しかし、日本には、公人の中にもこの原則の重要性を理解していない愚か者がいますね。片山さつき氏は間違いなくそのお一人だといえるでしょう。以下は、昨日、片山氏がツイッターに投稿したツイート。

従軍慰安婦への見舞金は、必要ありません!海外で韓国が日本人学校の教育内容(当然竹島を日本領土としている)を提訴したとの報道ありますが、徹底抗議抗戦すべきです。訪米した閣僚は何してるの?反日、チェジュ思想を教える朝鮮学校の無償化検討などするから、舐められる!怒りと反対の輪広げよう! (@katayama_s 2011/09/25 12:40:15)
https://twitter.com/katayama_s/status/117805586627833856

 ここに登場する「チェジュ思想」とは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の思想体系である「チュチェ思想」(主体思想)の誤りであることは明白です。カタカナにすれば似ているようですが、単なるタイプミスではありません。日本において「チェジュ」といえば韓国の名勝地である済州島以外を指すことはありえず、わずかなりともこの分野の知識があれば、まず、両者を間違うことはないからです。

 言い換えると、片山氏は、隣国の思想体系についてわずかな知識すら持ち合わせていなかったにもかかわらず、上に引用した攻撃的なツイートを書いたということになります。誹謗中傷というほかありません。まあ、片山氏にとっては、「チュチェ思想」だろうが「チェジュ思想」だろうが、どうでもいいのでしょう。《わけのわからない「反日」のマインドコントロール源》だという偏見を流布したかっただけなのでしょうから。

 しかし、そのために、朝鮮学校を無償化の対象とすべきでないと主張しているのは、悪質な政治手法です。愚劣な政治家による見下げ果てた煽動ですね。公人によるヘイトスピーチは、刑法によって禁じられている国が少なくはないということをあらためて指摘しておきたいと思います。

 片山氏のヘイトスピーチを受けて、在日コリアンがどう反応したかというと、まずはこちらのまとめをご覧ください。軽妙にユーモアで受け流していることが理解されるでしょう。

「チェジュ思想とは何か」http://togetter.com/li/192465

 憎悪の煽動は、「他者」の人権を犯にさらす罪であるというだけでなく、社会統合に深刻な打撃を与えることで国家秩序を掻き乱す罪でもあります。はたして、この日本社会の利益、この日本の民主主義を真摯に考えているのは、片山さつき氏なのか、それとも在日コリアンなのか。ぼくには、少なくとも前者ではないという確信がありますね。

1. リスク社会における「他者」

 東日本大震災は、日本に暮らすあらゆる人々に、様々な課題を突きつけたことだろう。複数の国家の狭間に生きる在日コリアンとしては、惨事に昂揚したナショナリズムの中で、「自分はどこに所属し、誰を守るべきか」という、実存的な問題に改めて直面することになった人も多いのではないだろうか。だが、アイデンティティの問題はひとまず措いて、ここでは、「リスク」をキーワードに、在日コリアン(およびそれを取り巻く日本社会)が直面している新しい課題について考えてみたい。

 「リスク」といえば、1986年のチェルノブイリ事故以降、現代社会を解読するキーワードとして、世界でもっとも注目を集めてきた言葉の一つである。

 例えば、社会学分野におけるリスク社会論の第一人者ウルリッヒ・ベックは、現代の産業社会は「階級社会」ではなく「リスク社会」であると主張している。階級社会において分配問題の争点を作り出していたのは「平等という理想」であった。それに対して、リスク社会では「安全性」こそが社会の基礎となり、社会を動かしている。言い換えると、「不平等」をめぐって連帯と闘争が繰り広げられた階級社会とは異なり、原発事故に代表される現代の新しいリスクの前では、「不安」をめぐって連帯とコミュニケーションが行われるというのである。

 なるほど、宮城県の東北朝鮮初中級学校では、総連系の有志によって運ばれてきた在日コリアンからの救援物資を避難中の日本人被災者と分けあい、さらに近隣の日本学校で焼き肉の炊き出しも何度か行われた。貧富の差や、国籍と民族の垣根を超えて、ともに被災の苦境と「不安」とを乗り越えようという実践だといえよう。

 だが、この「不安による連帯」は、必ずしも在日コリアンにとって幸運に作用するとはかぎらない。というのは、ひとは危険に曝されても、合理的なリスク意識を形成するとはかぎらず、むしろ不安にかられて非合理的な推論に逃げようとすることがあるからだ。ベックの表現を借りると、「危険が理解しがたいもので、その脅威の中で頼るものもないため、危険が増大すると、過激で狂信的な反応や政治思潮が広がる。こうした反応や政治動向によって、世間のなんでもない普通の人々を『避雷針』にして、直接に処理することが不可能な眼に見えない危険を処理することが行われてしまう。」

 ただし、「普通の人々」は、危険の存在を暴き立てるような行動(例えば原子力発電反対デモに参加するとか)をとることで一時的に「避雷針」として敵意の対象となるだけだが、行動とは無関係に属性によって恒常的に「避雷針」の役割を押し付けられる人々がいる。すなわち、「他者」である。「他者」とは、「われわれとは異なる存在」であることを示す排除の記号である。

 「他者」は、現代の新たなリスクを等しく共有しているにもかかわらず、しばしば「不安」による連帯に加わることを許されず、それどころか、リスクを生み出す害悪として「不安」の対象に貶められる。

 ベックはスケープゴートになりやすい「他者」の例として「ユダヤ人、黒人、女性、難民、異端者、共産主義者など」を挙げるが、日本では、「朝鮮人」が筆頭に加わることになろう。今回の震災後も、「阪神淡路大震災のとき、地震で、朝鮮人によるレイプ多発の事実と、放火説があります」「仙台市○○中学校が中国人・韓国人が7割の留学生らの心無い行動で避難所機能停止」といった差別デマを執拗に振りまく者がいた。

 だが、「他者」をリスクそのものとみなす非合理的な観念は、残念なことに、こうした一部の狂信的な政治思潮の保持者だけに流布しているものではない。朝鮮学校「無償化」除外問題をめぐって改めて明らかになったことは、日本政府こそが、在日朝鮮人を再生産するための教育機関を「リスク」としかみなしていないという事実であった。

 こういうと、「日本政府が在日コリアンを治安の対象としてきたのは植民地時代から一貫した政策ではないか」という反論があるかもしれない。なるほど、在日コリアンは過去一世紀以上にわたって、つねに日本における「他者」として苦悩と困窮と暴力を与えられてきた。

 しかし、いまや在日コリアンは、単なる「他者」ではない。もはや、「平等」をキーワードとした訴えだけでは説得力を持たない、「リスク社会における『他者』」なのである。スケープゴート化から自己防衛するためには、伝統的な「他者」への暴力に曝されているというだけでなく、リスクへの不安のヨリシロとして新しい暴力に曝されているという自己認識を確立すべきであろう。

2. 「他者」にとってのリスク・コミュニケーション

 ところで、震災後、日本国内では大いにナショナリズムが昂揚したにもかかわらず、内閣は不思議と支持率を落としたように見える。毒舌の専門家らがそろって適切だと評価した政府の決定にすら、マスメディアが激しく攻撃していたところをみると、おそらく、政府の行動の是非が問われただけでなく、震災や原発事故のリスクについて適切な情報を提供できなかったことで、市民に不安と不満を高じさせたことが原因の一つかと思われる。

 このエピソードからは、リスクの大きさを正確に評価して意思決定することも重要だが、それだけでなく、リスクの受け手に積極的に情報提供をすることで、必要以上に不安を抱く必要はないという合意を形成することも重要だということを学ぶことができる。こうした合意形成のことを、リスク・コミュニケーションという。

 リスク・コミュニケーションといえば、一般には、行政や専門家や企業が何らかの決定をする場合、その決定によって影響をこうむると思われる関係者に、リスクの性質や内容について情報を提供したりすることによって、合意形成を目指すことを意味する。いわば、優位な立場にある者が人々を怖がらせないようにする工夫、ということだ。

 しかし、「他者」の場合、話はまったく異なってくる。「他者」は、優位な立場にあるどころか、差別され、排除され、苦悩と困窮と暴力の対象となる人々だ。しかも、このリスク社会においては、多数派が「わたしはあの人たちとは違って安心だ」という感情を共有するために「他者」を排除するという現象まで発生する。リスク社会における「他者」とは、安心を脅かすリスクそのものだという役割を一方的かつ理不尽に与えられる存在だといえる。

 「ゼノフォビア」という心理現象がある。端的に「外国人嫌悪」と訳されるが、異文化集団を怖がったり、嫌悪したりする傾向のことだ。差別感情の一種ではあるが、よそ者を警戒するのは当たり前だと、正当化されがちなことが特徴の一つである。

 ゼノフォビアは根拠の不明な不安感情であるため、合理的な理由などなくとも成立する。例えば、日本国民を対象としたある調査によると、「日本で発生している犯罪の何割が定住外国人によるものだと思うか」という質問に対して、回答の中央値は20%であったという。ところが、正解は約1%である。つまり、半数の回答者は、定住外国人の犯罪性を真実の値の20倍も高く誤認しているということになる。しかも、回答者の14%は、日本の犯罪の半数以上が外国人によるものだと信じていた。日本人は、外国人に対して非現実的なまでの犯罪性をイメージしているわけだ。「他者」は、こうやって、「危険な存在」という役割を付与されるのである。

 しかし、その役割付与がいかに理不尽であろうとも、現代の「リスク」への恐怖に対して、「平等」や「人権」といった近代の市民的規範によって抵抗することはもはやむずかしくなっている。となれば、「他者」は、自分自身を「リスク」とする屈辱的な役割をひとまず引き受けた上で、そのリスクは不安に思う必要がないほど低く、そもそもリスクという役割を付与することが間違っているのだと多数派を説得しなければならない。これが、「他者」にとってのリスク・コミュニケーションである。

3. 在日コリアンのリスク・コミュニケーション

 前述した外国人犯罪と同様、在日コリアンを危険視する言葉は、ほとんどがデマに近い。あるいは、少なくとも合理的な根拠に基づくものだとはいいがたい。とはいえ、ただやみくもにデマだと抗議しても、情動の次元で不安に凝り固まっている人々を安心させることはできないだろう。

 そこで、この節では、リスク・コミュニケーションを実践する場合のヒントとして、朝鮮学校を「リスク」視する主張に対して、具体的に反論を試みることにしよう。

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 「反日教育をしている朝鮮学校に日本国民の税金を支出するなど国益につながらない。」

 この種の主張に対して「反日教育などやっていない」と反論をしても、あまり効果は上がらない。なぜなら、この種のデマは事実に基づいて形成されるのでなく、情動的側面が強いため、反証する事実を示すだけでは修正されにくい。しかも、「反日教育」というあいまいで都合のよいマジックワードが、あらゆる反論を無効化してしまう。

 デマに関する研究によれば、ネガティブなイメージを否定しようとするのではなく、むしろポジティブなフレームワークを与えることが有効だとされている。私の経験から具体的にいうと、「朝鮮学校は日本の国益につながっている」と反論すれば、デマに対して有効な打撃を与えるようだ。

 朝鮮学校の存在がどのように日本の役に立っているかといえば、以下のようなことが挙げられよう。

(1)朝鮮語話者の大量供給

 隣国との経済的、政治的な交流が不可欠である以上、隣国の言語を駆使できる人材は常に必要とされる。そうした人材を国家が自前で育成しようとすれば膨大な経費を国家予算から支出しなければならない。その点、朝鮮学校は大量の朝鮮語話者を継続的に輩出しているため、単純にその分の国家予算を節約することに寄与していることになる。しかも、2000年からの韓流を支えたドラマや雑誌の翻訳は、その多くが朝鮮学校出身者の手によるもの。韓流による経済効果は、朝鮮学校が支えたといっても過言ではない。

(2)誕生権経済のリクルート源

 これは朝鮮学校というより在日コリアン全体にいえることだが、1980年代に入るまでは非常に厳しい就職差別があったため、学歴にかかわらず一般企業に勤めることは非常に困難であり、その結果、在日コリアンは自ら起業するケースが多かった。

 統計の取り方(「自営」の定義)にもよるが、在日コリアン男性の5割から6割が自営業主である。この比率は日本人男性の2倍以上。いかに自営業に追い込まれてきたかわかる。

 しかし、裏を返せば、自営業のノウハウと知識と人脈を持ち、ベンチャー起業のリスクを果敢にとりにいける人材を、朝鮮学校は大量供給しているともいえる。国家の庇護に頼らない自由で不羈の企業人を朝鮮学校は輩出してきたとも表現しうる。グローバリズムが浸透しつつある中で、在日コリアンは貴重な生存戦略のモデルを日本に提供してきたのである。

(3)「民主主義の学校」の教材

 A.トクヴィルやJ.ブライスの言葉を受けて、「地方自治は民主主義の学校である」と論じられることがある。そのココロは、「地域共同体という身近な環境で身近なテーマについて民主的に解決する訓練を積まないかぎり、国家という巨大な機構を民主的に運営することは難しい」ということだ。

 その点、朝鮮学校は共同体内にある非常に身近な異文化集団である。これを安易に排斥しようとせず、利害を調整しながら上手に付き合うスキルを習得することができれば、日本の民主主義はきっと成熟の度合いを深めることができる。

 これは単に理念的な話ではない。ひとつ具体例をあげよう。

 移民の増加に伴って外国人に対する偏見が強まるという現象が世界的に観測されている。日本でも、外国人の多い地域ほど、外国人に対する偏見が強いことが複数の調査により明らかになっている。ただし、ひとつだけ例外があって、韓国・朝鮮籍者が多い地域ほどニューカマーを含む民族的マイノリティへの排外主義が弱いという現象が見られるのである。

 在日コリアンは、差別や不平等を自力で克服することにより、長年にわたって健全な市民生活を営んできた。その共生実践そのものが、日本社会に多様性への耐性を提供してきたのだと解釈できよう。これも、リスク・コミュニケーションである。

(4)継承語教育の世界的な成功例

 朝鮮学校が、継承語教育の世界的な成功例であることはよく指摘されるところだ。それは、グローバル化が進行する日本において、ニューカマーの子どもたちの教育のモデルともなっている。

 朝鮮学校は、在日コリアンにとっての資産というだけでなく、様々な民族的マイノリティにとっての資産だといえる。さらには、民族的マイノリティの継承語教育の機会を拡大することにより、日本社会の多様性維持というマクロなメリットに大きく貢献しているのである。

(5)マイノリティの人的資本

 民族的マイノリティは何重にも蓄積的に排除される傾向にある。「身分証明書を持っていない人は、社会福祉事業から排除され、選挙権を得ることもできず、合法的に結婚することもできない」(ルーマン)という具合だ。その結果、低い階層に据え置かれたり、スラムを形成して劣悪な住環境に置かれたりすることが少なくない。貧困は犯罪の温床となり、それがまた差別を正当化する根拠として用いられる。

 ところが、在日コリアンの場合、解放直後から日本人と同等の教育を達成してきた。教育達成が出身階層に依存することを考えると、これは世界的にも異例の成功例である。言うまでもなく、在日コリアンが日本人以上に努力をしてきた成果だ。

 ただし、さすがに解放直後の貧困状況では、朝鮮学校がなければ、日本人と同等の教育を達成することはむずかしかったであろう。朝鮮学校があったおかげで、在日コリアンは社会的に転落せずにすみ、それが結果として、在日コリアンの犯罪率を押し下げ、日本社会の統合性維持というマクロなメリットに大きく貢献したのである。

4. リスクではなくメリット

 祖国志向の強い在日コリアンであれば、「朝鮮学校の存在が日本のためになる」という発想そのものを嫌悪するかもしれない。また、「あなたたちの役に立っているのでいじめないでください」とでもいわんばかりのリスク・コミュニケーション戦略に、強い屈辱を感じる人も少なくはないだろう。

 しかし、そういう人に考えてもらいたいことが二つある。

 一つは、「移民はこの国の役に立つ」と信じている人ほど移民に悪感情を持たない(逆にいえば、「移民はこの国の厄介者だ」と信じている人ほど移民の排斥に賛成する)ということだ。この命題は、世界各国の調査で手堅く支持されている。

 たしかに、在日コリアンがこの国の厄介者だという信念は、まことに馬鹿げたものである。世界の民族状況を知れば、在日コリアンはむしろ「モデル・マイノリティ」と呼べる理想的な隣人であることがわかるはずだ。とはいえ、いかにナンセンスであろうとも、実際にそういう誤解と偏見が流布してしまっているなら、それを払しょくするために合理的な努力をせざるをえまい。

 もう一つは、朝連解散以降、在日コリアンは、実際に日本社会において「リスク」とみなされないように努力してきたという歴史だ。前述した通り、在日コリアンは、差別と不平等にあえぎながら、それを克服して日本人と相同の社会的地位を形成してきた。

 世界中の国家が民族的マイノリティにそれを望んで膨大な予算を支出しているというのに、在日コリアンは日本政府からそのための補助など受けることなく、独力で不利益を跳ね返してきたのだ。この地で立派に市民生活を営んできたということ自体、いくらでも誇ってよい民族集団の歴史なのである。

 問題は、在日コリアンがこの国で果たしてきた貢献について、日本政府はそれを正当に評価する視点を伝統的に持たないし、また、在日コリアンの側もそれを訴える運動戦略を採ってこなかったということだ。

 「人権」「平等」が分配の正義として通用した時代なら、「在外公民」として理不尽を訴えるだけで一定の改善は得られたであろう。だが、現代はリスク社会である。たとえ、根拠のない、偏見交じりの不安であろうとも、それを解消しないかぎり、理不尽な扱いも解消することはない。民族運動にもイノベーションが必要な時代である。そろそろ、在日コリアンはリスクなどではなくメリットであり続けたのだという事実を、自覚的に広く共有する戦略へと転換するべきであろう。

(注)本稿は、『人権と生活』32号(在日本朝鮮人人権協会発行)に寄稿した同題名のエッセイに若干の加筆、修正を行ったものである。

 東日本大震災は、日本に暮らすあらゆる人々に、様々な課題を突きつけたことだろう。国家の狭間に生きる在日コリアンとしては、惨事に昂揚したナショナリズムの中で、「自分はどこに所属し、誰を守るべきか」という、つねにすでにあった実存的な問題に改めて直面することになったという人も多いのではないだろうか。

 だが、アイデンティティの問題はひとまず措いて、ここでは、「リスク」をキーワードに、在日コリアン(およびそれを取り巻く日本社会)が直面している新しい課題について考えてみたい。

 「リスク」といえば、1986年のチェルノブイリ事故以降、現代社会を解読するキーワードとして、世界でもっとも注目を集めてきた言葉の一つである。

 例えば、社会学分野におけるリスク社会論の第一人者ウルリッヒ・ベックは、現代の産業社会は「階級社会」ではなく「リスク社会」であると主張している。階級社会において分配問題の争点を作り出していたのは「平等という理想」であった。それに対して、リスク社会では「安全性」こそが社会の基礎となり、社会を動かしている。言い換えると、「不平等」をめぐって連帯と闘争が繰り広げられた階級社会とは異なり、原発事故に代表される現代の新しいリスクの前では、「不安」をめぐって連帯とコミュニケーションが行われるというのである。

 なるほど、宮城県の東北朝鮮初中級学校では、総連系の有志によって運ばれてきた在日コリアンからの救援物資を避難中の日本人被災者と分けあい、さらに近隣の日本学校で焼き肉の炊き出しも何度か行われた。貧富の差や、国籍と民族の垣根を超えて、ともに被災の苦境と「不安」とを乗り越えようという実践だといえよう。

 だが、この「不安による連帯」は、必ずしも在日コリアンにとって幸運に作用するとはかぎらない。というのも、ひとは危険に曝されても、合理的なリスク意識を形成するとはかぎらず、むしろ不安にかられて非合理的な推論に逃げようとすることがある。ベックの表現を借りると、「危険が理解しがたいもので、その脅威の中で頼るものもないため、危険が増大すると、過激で狂信的な反応や政治思潮が広がる。こうした反応や政治動向によって、世間のなんでもない普通の人々を『避雷針』にして、直接に処理することが不可能な眼に見えない危険を処理することが行われてしまう」ということだ。そしてこの「避雷針」に選ばれるのは、いつだって例外なく、「他者」として構造的に疎外される人々である。

 「他者」は、現代の新たなリスクを等しく共有しているにもかかわらず、しばしば「不安」による連帯に加わることを許されず、それどころか、リスクを生み出す害悪として「不安」の対象として貶められる。

 ベックはスケープゴートになりやすい「他者」の例として「ユダヤ人、黒人、女性、難民、異端者、共産主義者など」を挙げるが、日本では、「朝鮮人」が筆頭に加わることになろう。今回の震災後も、「阪神淡路大震災のとき、地震で、朝鮮人によるレイプ多発の事実と、放火説があります」「仙台市◎◎中学校が中国人・韓国人が7割の留学生らの心無い行動で避難所機能停止」といった差別デマを執拗に振りまく者がいた。

 だが、「他者」をリスクそのものとみなす非合理的な観念は、残念なことに、こうした一部の狂信的な政治思潮の保持者だけに流布しているものではない。朝鮮学校「無償化」除外問題をめぐって改めて明らかになったことは、日本政府こそが、在日朝鮮人を再生産するための教育機関を「リスク」としかみなしていないという事実であった。

 こういうと、日本政府が在日コリアンを治安の対象としてきたのは植民地時代から一貫した政策ではないかという反論があるかもしれない。なるほど、在日コリアンは過去一世紀以上にわたって、つねに日本における「他者」として苦悩と困窮と暴力を与えられてきた。

 しかし、いまや在日コリアンは、単なる「他者」ではない。もはや、「平等」をキーワードとした訴えだけでは説得力を持たない、「リスク社会における『他者』」なのである。スケープゴート化から自己防衛するためには、伝統的な「他者」への暴力に曝されているというだけでなく、新しいリスクへの不安のヨリシロとして暴力に曝されているという自己認識を確立すべきであろう。

 橋下大阪府知事が精力的にツイッターに投稿を続けています。昨日3月9日、朝鮮学校に対する助成金支給についてツイートした内容が、各方面に反響を呼んでいます。ツイートの概要は、以下の通り。(見出し数字は引用者)

    1. 「日本人拉致問題、隣国である北朝鮮の現在の振る舞いを考えると、日本と北朝鮮の歴史的な経緯を踏まえてもなお大阪府民の多くは、朝鮮学校への補助金支出には納得できない。」
    2. 「今の大阪府の状況だと、このまま朝鮮学校に補助金を支出する方が学校にとっても不幸。だって大阪府民は腹の中では朝鮮学校に不満を持ち続けるから。」
    3. 「多くの住民が補助金支給に納得していなければ、不満を抱いていれば、日本と朝鮮学校の共生は成り立たない。」
    4. 「僕は学校と北朝鮮国家の関係性が遮断されることを目的とした大阪府のルールを作りました。」
    5. 「僕が作ったルールに従ってくれれば大阪府民の多くは補助金支給に納得してくれるはず。これで初めて共生となる。」

  いかがでしょう。府知事ご本人も指摘されている通り、少なくとも政府による違法性の高い「高校無償化」除外よりは、ある意味で、筋が通っているように思われます。もちろん「ある意味で」とは、市民社会における公平と平等といった正義よりも、住民感情を重視する政治姿勢を明確に提示した点において、ということです。

  まあ、わたし個人としても、朝鮮学校は国民教育を捨てて民族教育に特化することが経営的にも重要な生存戦略のはずだと思っていますが、しかし、それは朝鮮学校関係者が自己決定すべき問題であって、中等教育において絶大の権力を持つ府知事が、子どもを人質に踏み絵を踏ませるようなものであっていいはずがありません。

  そして、それ以外にも、府知事のツイートにはいくつか重大な問題が含まれていますので、以下に指摘していきたいと思います。 

  第一の問題は、「大阪府においては、現状のままで朝鮮学校に補助金を支給することには納得できないとういのが大多数の意見」と論断しておられるが、じつは、その根拠をお持ちでない(ようだ)ということ。

  根拠をお持ちでないようだというのは、府知事がツイートの中で、「メディアの皆さん」に世論調査の実施を請願していることからうかがえます。しかし、根拠のない印象論で、これほど重大な政治的意思決定をしたということは、はなはだ重大な問題だといえます。

  印象論でよいというなら、賛成意見と反対意見が伯仲しているのが実態だろうというのが、わたしの印象です。ただし、排外主義的な要素を持つ反対意見は、排外主義の持つ権威主義的な性格により、より強硬な主張として表出するため、目立ってみえてしまう可能性はありますね。

  第二の問題は、北朝鮮に対する悪感情は、植民地主義とレイシズムにルーツがあるという事実を無視していることです。

  心理学分野には「感情温度計」という指標があり、偏見研究の文脈でこれを各外国人に適用した業績が多数あります。さまざまな人種・民族・外国人に対して、日本人の好悪感情を測定し、それを比較しているのですね。

  それらの結果をみると、戦後すぐから一貫して、「朝鮮人」と「黒人」が最悪の感情の対象に位置付けられてきたことがわかります。

  つまり、戦後についていえば、「日本人拉致問題」以前から、それどころか、おそらくは1948年に朝鮮民主主義人民共和国という国家が成立する以前から、恒常的に朝鮮人に対する悪感情は存在していたということなのです。 

  この悪感情の由来については諸説ありますが、「日本の属国だったくせに戦勝国然として傲慢なふるまいをする」ということに対する反感と、朝鮮人に対する蔑視感情があったということを否定する論者はほとんどいません。つまり、植民地主義とレイシズムです。

  かりに、北朝鮮の現在の振る舞いに、現代の日本の価値意識に照らして許容しがたい側面があると判断したにせよ、植民地主義とレイシズムを源流とする悪感情をそのまま「住民意識」として重視する府知事の姿勢は認めがたいところです。

  第三の問題は、植民地主義とレイシズムを源流とする以上、たとえ朝鮮高校が大阪府のルールに従ったとしても、「大阪府民の多くは補助金支給に納得してくれる」という事態は予想しがたいということ。

  もちろん、現在でも補助金支給に賛成している府民の多くは納得するでしょう。一方、現在、補助金支給に反対している府民は、理性ではなく情動の側面で、朝鮮学校に悪感情を投射している可能性が高い以上、たとえ朝鮮高校が「大阪府のルール」を受け入れたところで、「腹の中では朝鮮学校に不満を持ち続ける」状況が継続するだけです。

  むしろ、しょせんは恣意的な「大阪府のルール」を受け入れたところで、また別の恣意的な基準で排外意識が正当化されるだけ、というのが合理的な予測ですよ。

  世論調査をやれというなら、それこそ、「大阪府のルール」を受け入れた朝鮮初中級学校と、完全には受け入れなかった朝鮮高級学校とを比較して、悪感情に差異があるかどうかを尋ねてみることですね。よけいな誘導をしなければ、統計的に有意な差異は検出されないと思いますけどね。

  第四の問題は、一方的に条件を押しつけて、飲まなければ補助金を停止するというのは、「ルール」というより脅迫だということ。しかも、脅迫によって達成しようとしていることは、民族教育への介入だということ。

  第五の問題は、 橋下府知事がいう「在日と日本人の共生」とは、マジョリティによるマイノリティに対する一方的な支配にすぎないということ。

  一般に、規模の異なる民族集団が接触すると、大きな民族集団が小さな民族集団を排除したり抹殺しようとしたりすることが少なくありません。そのプロセスでは、当然のことながら、凄惨な人権侵害が発生することも避けられません。

  したがって、そのような凄惨な競合状態が発生する前に、権力を委託されている行政府が、悲劇の発生を食い止める努力をしなければなりません。行政府が実現するべき「共生」というのは、こういうことです。

  そのための具体的な手法として、同化論、るつぼ論、サラダボウル論などが提案されては消えてゆきました。そして、現在のところ、もっとも有効性が高いと考えられているのが、多文化主義です。多文化主義とは、異なる民族集団が、文化的には独自性を保ったまま、経済的には平等を達成できるようにするべき、という立場のことです。

  一方、橋下府知事が明言したように、「僕が作ったルール」に従わなければ補助金を支出しないというスタンスは、世界的に悪質性が高いと考えられている「同化論」に近い。同化論は、現代の欧米諸国において、「差別と同じ」だと考えられています。なぜなら、それは「共生」というより、マジョリティによるマイノリティに対する一方的な支配だからです。

  恣意的な「ルール」の強要を「共生」だと強弁する橋下知事のツイートには、「差別」を「区別」だと言い逃れようとするのと同様のグロテスクさを感じざるをえません。

 

 朝鮮学校の「高校無償化」については、第三者機関による周到な検討を経て、いったん適用が決まっていたにもかかわらず、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)による韓国砲撃へのリアクションとして、政府が審査手続きを停止している状態が続いています。

 朝鮮学校生徒保護者からは、先月、文部科学省に対して行政不服審査法に基づく異議申し立てがなされていましたが、このほど文部科学省から回答の通知が送付されました。内容は以下の通りです(参考:朝鮮学校無償化問題FAQ)。

平成23年1月17日付をもって、あなたから提出のあった公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律施行規則第一条第一項第2号ハの規定に基づく指定に関する規定第14条の規定に基づく申請については、平成22年11月29日の北朝鮮による砲撃が、我国を含む北東アジア地域全体の平和と安全を損なうものであり、政府を挙げて情報収集に努めるとともに、不測の事態に備え、万全の態勢を整えていく必要があることに鑑み、当該指定手続きを一旦停止しているものです。(下線は引用者)

 つまり、朝鮮学校に「高校無償化」の適用手続きを停止している理由は外交上の判断だというのが政府の回答だったわけです。

 本ブログでは、政府が外交目的で在日コリアンを抑圧してきた歴史について何度か言及しました(例えば「人権侵害しか切れる外交カードがないとは、どんなならず者国家だ?」)。この主張の妥当性を巡っては意見もあったようです(例えばこちら)。しかし、外交のために理不尽かつ無意味に在日コリアンが抑圧されてきたということは、比喩でもなければ、私個人の思いこみでもなく、単に愚かしい事実にすぎないということを、政府自ら上記の回答によって示したわけです。

 前回の記事(「日系アメリカ人の強制収容所問題と朝鮮学校の無償化除外問題の相似について」)のテーマにも同じことが言えます。政府が海の向こうの軍事衝突を、国内のマイノリティへの人権侵害へとリンクさせた直後に、複数の論者が一斉に「日系人の強制収容所問題を思わせる」と言及しています(例1例2例3例4)。これは、政府が在日朝鮮人の子どもたちを「敵性外国人」扱いし、深刻な人権侵害に及ぼうとしている事実を各方面に鮮明に印象付けたことを示唆しています。

 ところで、国内に居住する外国人の人権侵害とバーターで外交上の利益を達成しようとすることを、俗に「人質外交」といいます。外交目的で朝鮮学校の審査手続きが停止されたのは、「人質外交」の典型事例ですね。ネットで数分検索するだけで、「人質外交」がどれだけ卑劣な人権侵害として忌み嫌われているかわかるはずです。しかも、今回は「人質」となっているのが高校生なのです。国家による破廉恥行為だとそしられても、容易に反論はできないでしょう。

 しかし、これほど愚劣で違法性の高い人権侵害に対して、日本社会はいささか冷淡であるように、ぼくには感じられます。

 丸一年にわたって、朝鮮学校の生徒たちはさまざまな負担に耐えてきました。「お前たちの学校などいらない」という悪意に満ちたメタメッセージを政府から受け続けました。しかし、日本社会の多数派の善意を信じて、毎週のように署名活動をやったりもしました。その信頼に対して、こんな理不尽な仕打ちで失望させたまま卒業させてしまっていいのでしょうか。

 まずは情報を収集したいということであれば、上記の 朝鮮学校無償化問題FAQ がきっと役に立つでしょう。そのうえで、もしこの問題の改善に何か寄与したいとお思いになったら、例えば、「不正義を許さない」という声を首相官邸に届けるのもいいでしょう。あるいは、「教育を外交問題によってゆがめられてはならない、がんばって筋を通せ」という主張を文部科学省に伝えるのもいいと思います。

 とにかく、残された時間は、もう多くはないのです。一人ひとりが、この不正義に加担せず、それぞれにできることを何か一つでも進めましょう。このまま時間切れになれば、日本社会は取り返しのつかないものを失ってしまうかもしれません。ニーメラーの警句は今ここでも重要な意味を持っています。

 

[本記事はアルファ・シノドス vol.64 (2010/11/15)に掲載された拙稿を荻上チキさんの承諾を得て転載したものです。]

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先ごろ、ツイッターにて『アンネの日記』の知名度が低いというテーマでタイムラインが賑わっていたのですが、そこから派生した「日系アメリカ人に対する迫害の歴史」という別の話題が面白かった。きっかけになったツイートは、こちら。

yu_ichikawa:あと意外に知らない世界の歴史★日系人はアメリカでめちゃめちゃ差別されていた! 奴隷制度&ナチスのホロコーストと並び、日系人を戦争中、強制収容所にいれたことはアメリカ人が考える「歴史3大反省ポイント」。原爆とかではなく、日系人キャンプ。しかし、日本でこのネタ意外と知られてなくない?
[http://twitter.com/yu_ichikawa/status/3249265287626752]

なるほど、1980年代以降は、たしかに日系人の強制収容所が北米における戦後補償(リドレス)の中心的テーマだったといえるかもしれません。

1942年2月、「敵性外国人」の隔離を許可する大統領令によって、約12万人の日系アメリカ人が内陸部へと強制移住させられ、その多くは強制収容所に抑留されました。敵性外国人といっても、移住対象とされた日系人の6割以上がアメリカ生まれの国籍保持者であり、当初から憲法上の疑義が指摘されていました。

この問題へのリドレス(歴史的不正への謝罪と補償)が注目されるようになったのは、1978年に日系アメリカ人市民協会が大々的に運動をはじめてからのことです。戦時中の出来事を糾弾する運動にしては、時期が遅いと思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも、ひとたび「敵性市民」とされてしまえば、名誉回復に必要な条件(偏見の払拭、運動資源の貯蓄、有力な運動家の育成など)が整備されるまでに、とても多くの時間がかかるものです。

ただし、いざ運動を興してからの動きは早かった。1980年、連邦議会に専門の調査委員会が設置されます。83年、同委員会が「人種差別であり、戦時ヒステリーであり、政治指導者の失政であった」と結論づけ、連邦議会に謝罪と補償を勧告します。そして紆余曲折を経ながらも、88年には「市民の自由法」制定という形で運動が成就するのです。同法は、日系アメリカ人市民協会の要求をほぼ丸呑みする大胆な内容で、(1)連邦議会による公式謝罪、(2)拘留に抵抗したことへの有罪判決の大統領恩赦、(3)戦時の差別により剥奪された地位や資格の原状回復、(4)強制収容に関する教育を全米の学校で行うための総額12億5千万ドルの教育基金設立、(5)強制収容の生存者(現在の国籍を問わず)一人当たり2万ドルの金銭的賠償、が実施されることになったのです。

機が熟して運動が政治化するまでの期間が長かったとはいえ、わずか10年でこの劇的な成果をあげたわけです。この問題が1980年代の北米でいかに不正義に対する義憤をかきたてたか、容易に推察することができるでしょう。

ただ、この問題は、戦時ヒステリーの危険性や、尊厳の回復方法など、北米の政治状況に限定されない普遍的なテーマについてもさまざまな教訓を与えてくれます。現代の日本に暮らすわれわれにとっても、参考になるところが多いといえるのではないでしょうか。

私としては、今日的文脈から、特に以下の4点に注目しています。今日的文脈とは、日本政府が朝鮮学校に対して無償化適用除外を長期にわたって公式に検討している現状との比較において、という意味です。

(a) 母国のイメージが民族的マイノリティの扱いに影響を与えたこと。
(b) レイシズムと流言が、法的にも軍事的にも妥当性を欠く政治的意思決定を後押ししたこと。
(c) マスメディアが前項の重要な手段となったこと。
(d) ようするに、民族浄化であったこと。

以下、この順に、現在の在日コリアンが置かれた状況との異同を考察してみることにしましょう。

(a)母国のイメージが民族的マイノリティの扱いに影響を与えたこと。

移民研究の中には、「出身国のイメージが改善したり劣化したりすることで、移民に対する周囲の処遇が変わった」という報告が非常にたくさんあります。最近の日本でも、日中関係の悪化にともない、中国からの旅行者に集団で嫌がらせをする事件が起こったりしましたし、直感的にもわかりやすい話ではないでしょうか。

しかし、旅行者ならまだしも、移民にとってみれば、異郷の地で生き延びることに精一杯なのに、自分が関与することのできない母国のイメージしだいで、人権状況が改善したり悪化したりするというのは、ずいぶん理不尽な話です。

例えば、1950年代には、李承晩ラインをめぐる摩擦により、大韓民国のイメージは最悪に近かった。「劣等国が増長して暴挙に出た」といった植民地主義丸出しの罵倒表現が、連日、マスメディアや国会を賑わしたのですから、それも当然でしょう。

しかも、当時はまだ日韓両国に正式な国交がなかったこともあり、日本政府は韓国に直接的な抗議をするのではなく、国内のコリアンを抑圧することで、韓国に対する外交カードに(あるいは憂さ晴らしで国民のガス抜きを)しようとしたふしがあります。つまり、李ラインで日本人漁民が拿捕・抑留されたことに対抗して、「日本に住む朝鮮人を全員、韓国に強制送還せよ」といった強硬論が国会で審議されたり、コリアンを微罪で逮捕した挙句、強制送還をちらつかせて大村収容所に収監したり。

とはいえ、現在の日本でも、憎悪の対象が韓国から北朝鮮に変わっただけで、1950年代当時とずいぶんよく似た構図が観察されます。

外国人に対する日本人の好悪感情を測定した各種の調査によると、戦後は一貫して北朝鮮への感情が最悪に近い位置で推移してきました。ただでさえ否定的な感情の強いところに、1994年の核開発疑惑、98年の「ミサイル」発射実験、2002年の拉致問題といった出来事が起こったわけですから、日本における北朝鮮イメージは、ますます悪化の一途をたどっています。

また、日本政府としては相手国と正式な国交がないこともあり、国内のコリアンに対する抑圧をちらつかせることで外交カードの不在を補おうとしている点も、1950年代と共通しています。朝鮮学校のみを無償化の対象から除外するよう検討している問題は、その代表格といえます。

(b)レイシズムと流言が、法的にも軍事的にも妥当性を欠く政治的意思決定を後押ししたこと。

北米では19世紀末から黄禍論に代表されるアジア系移民に対するレイシズムが強まり、さまざまな差別が半世紀にわたって常態化していました。そこに、宣戦布告を欠いた奇襲から太平洋戦争が始まったわけです。「日本は何をするかわからない不気味な国だ」という偏見交じりの敵対感情が強制収容の背景にありました。

また、潜水艦でやってきた日本軍がアメリカ本土に上陸するのではないかという恐怖は、さまざまな流言を生み出しました。「太平洋沿岸の日系人漁民が日本軍上陸の手引きをしているところを見た」とか、「日本軍上陸後は日系人がスパイとして誘導する手はずになっている暗号文を解読した」といった内容のものです。

その結果、レイシズムに起因する日系人隔離論は、あたかも軍事的合理性を持った政策であるかのように語られていったのです。なお、日系人の強制収容に軍事的合理性は一切なかったと証明できたことが、「1988年市民の自由法」を制定するための決定打になったそうです。

一方、朝鮮学校の無償化除外はどうでしょうか。朝鮮学校のみを無償化対象から除外することは、少なくとも法的には妥当性のない政策です。日弁連の会長声明が明快に断言したように、法的な観点からは「この差別を正当化する根拠はない」のです。法的に可能であれば、朝鮮学校は無償化の対象外とすることでとうに除外で決着が付いているでしょう。

また、外交的観点からも、無償化除外は合理的でありません。なぜなら、北朝鮮に外交的な攻撃の糸口を与えてしまうことになり、日本政府が北朝鮮の人権状況を批判したところで、鼻で哂われて終わりということになりかねません。また、2月末にジュネーブで行われた人種差別撤廃委員会の対日審査で、複数の委員が「差別だ」として無償化除外問題に疑念を表明する一幕もありました。

つまり、朝鮮学校を無償化から除外するというのは、法的にも外交的にも、妥当性はないのです。そこに議論の余地はありません。問題はむしろ、妥当性がないにもかかわらず、世論調査では半数ほどの方が朝鮮学校を無償化から除外することを支持しているのはなぜなのか、ということです。

理由はいくつも考えられますが、その中に、北朝鮮や在日朝鮮人に対するレイシズムと流言が含まれているとしても、私には不思議ではありません。ネットをごく簡単に検索するだけで、以下のような文章が見つかるはずです。

(1) 日本の私立高校は完全な無償化にはならないのに、朝鮮学校だけ無償化するなどおかしな話だ。
(2) 他の外国人学校は無償化の対象ではないのに、朝鮮学校だけなぜ無償化するのだ。
(3) 朝鮮学校は閉鎖的な環境で反日教育を行っている。ちゃんと情報公開して相互理解の努力をしてくれないと、予算の支出は支持できない。
(4) 反日教育でテロリストを育成している学校になぜ日本人の血税を支出するのだ。
(5) ここまでして朝鮮学校に私達の税金を投入したいという心理が分からない。利権が絡んでいるのか。
(6) 北朝鮮の国益に直結する心配がある。

いずれも、事実に反する粗雑な主張です。順に反論していくと、(1)もちろん「無償化」は単なるレトリックであり、一般の私立高校と同じく、公立高校の授業料相当が支給されます。(2)他の外国人学校は、すでに無償化の対象となっており、朝鮮学校だけが支給を留保されている状態です。(3)朝鮮学校は常時、授業参観を歓迎しており、日本国内のどの学校よりも開放的だといえます。また、政府の公式な調査チームが視察に臨んだにもかかわらず、「反日教育」と呼べるような教育実態はみられませんでした。(4)朝鮮学校出身のテロリストなど、過去半世紀の間に一人として登場していません。(5)在日コリアンも納税しているという当然の事実が視野から脱落しています。(6)朝鮮学校は恒常的な赤字経営で、教員の給料すら滞りがちな状態。北朝鮮に送金するなど完全なファンタジーです。

中には(1)(2)のように単純な誤解もありますが、あまりにも基本的な誤解が容易に修正されることなく放置されている状態そのものが、朝鮮学校の置かれた過酷な状況を示唆するものといえるでしょう。(3)は朝鮮学校について情報を知らないにもかかわらず閉鎖的で反日的だと思い込んでいるわけですから、偏見以外の何ものでもありません。そして、そういう状況の中で、(4)から(6)のように意図的に作り出されたとしか思えないデマも流布しているわけです。誤解と偏見とデマ――今の朝鮮学校を取り巻くものは、そう要約できそうです。

(c)マスメディアが前項の重要な手段となったこと。

戦時中は情報戦の一環として、対戦国への憎悪を煽り、偏見を強めるような宣伝が行われることが少なくありません。大戦中、日本で「鬼畜米英」と題したカリカチュアや、人種憎悪をあおるような記事が新聞に掲載されたように、北米でも日本人を揶揄するためにずいぶんレイシズムの濃厚な表象が用いられました。

それ自体は戦時の現象として広く観察されることですが、そのことを指摘したからといって、居住国でレイシズムにさらされる移民の苦難はいささかも和らぐものではないでしょう。なぜなら、煽り立てられたレイシズムは、対戦国への戦意高揚に昇華するだけでなく、国内に居住する移民への敵意やヘイトクライムにも転化するものだからです。

マスメディアがレイシズムを煽り立てるのは、なにも戦時中にのみ見られる現象ではありません。20世紀初頭のアメリカでは、新聞王ハースト系のメディアが中心となって、激しい日系人排斥キャンペーンが繰り広げられたことはよく知られています。また、1950年代における日本の状況についても、前述した通りです。2002年以降の北朝鮮報道も、その一つ。そして、朝鮮学校への無償化除外に関する報道にも同じことがいえます。

ここでは、やや長くなりますが、無償化除外問題についてツイッターで積極的に発言しておられる方のブログから関連部分を引用したいと思います。(Scrap-Laboratory 「徹底的な『他者』へのまなざし―朝鮮学校への無償化適用を巡る顛末に思う」より)

 けれどもっと重い責任を指摘されるべきなのは、言うまでもなく朝日・読売・毎日をはじめとする「本物の」全国紙だ(産経とか所詮全国紙まがいですから)。あいつらの論調は軒並み糞でしかなかった。もちろん朝日も読売も毎日も、当初から「原則として」無償化の適用に賛成という立場を取っていた。

 その無償化適用に「原則賛成」というロジックこそが糞だった。どいつもこいつも朝鮮学校の教育や政治的立ち位置に(それこそ産経と変わらないレベルの)罵倒を散々投げつけた上で、「まあ教育の権利という点から言えば、朝鮮学校も無償化するのが筋であろう」と恩着せがましく付け加える社説の数々。実にクソ極まりない。朝毎読(ついでに日経)のどれ一つとして、朝鮮学校への無償化適用が法案の趣旨からも当然であれば「国際条約に照らしても」適用されるべきであることを正面切って論じなかった。今思い出しても反吐が出る。

 確認しておきたいが、これら全国紙の中でただの一つでも「そもそも朝鮮学校を無償化から除外するという論理こそが常識外れのあり得ない差別なんだよ」ということを堂々と言ったか?否だ、もちろん否だ。最低でも朝日と毎日は(連中がリベラルという面の皮を被るなら)信濃毎日新聞の社説(http://bit.ly/bCEwea)くらいのことは即座に表明するべきだった。中井の妄言が報道された瞬間に、朝日と毎日はその程度の正論は言うべきだったし、その上で朝鮮学校側は、「私たちはこれまで日本社会に自分たちを知ってもらうための努力をたくさんしてきています」と返す。最低でもそこら辺がスタートラインになるべきだった。

表現は攻撃的ですが、記述されている内容自体はきわめて妥当なものだと、私には思われます。

全国紙がまるで示し合わせたかのように、朝鮮学校を無償化対象に含むには条件が必要だと主張している。そんな状況下で、朝鮮学校にのみ教育内容に注文をつけるなど、法的には許されないことだという事実に気づくリテラシーのある読者は、いったいどれだけいるでしょうか。

それどころか、朝鮮学校は、特別に注文をつけられても仕方がないような、問題の多い劣悪な教育機関だという偏見を植えつけられる人も、少なくないような気がしませんか。

(d)ようするに、民族浄化であったこと。

民族浄化といえば、内戦中の旧ユーゴスラビアにみられたように、異民族の大量虐殺を指示する用語だと思っている人も多いでしょう。しかし、比較的意味が狭いとされている国連の定義でも、「特定の領土に民族的単一性をもたらすため、その領土から計画的、意図的に特定の民族を暴力や恫喝によって排除すること」となっています。虐殺に至らずとも、大量の強制移住があれば、それは民族浄化なのですね。

ただ、国連の定義は二つの意味で、いささか範囲が狭すぎると私は考えています。一つは、「民族的単一性をもたらすため」という要件が厳格すぎて取りこぼしてしまう事例があること。もうひとつは、「排除すること」という行為に関する要件が厳格すぎて、潜在的な民族浄化を取りこぼしてしまうこと、です。

前者の要件によって取りこぼされてしまう事例の一つが、日系人の強制移住・強制収容です。アメリカは多民族国家であるため、たとえ強制移住が行われても、「民族的単一性をもたらすため」という定義に合わないのですね。しかし、中国人労働者は1882年にはアメリカ入国を禁じられていましたので、1942年当時に日系人を排斥したということは、すなわち、アジア人を排斥したということと同義だったのです。一つの人種を地域から消し去った政策を、民族浄化以外の言葉でどう呼べばいいのか、私にはわかりません。

一方、後者の要件はどうか。私は、物理的には排除されなくとも、「完全に無色無臭に同化して《見えない存在》になってしまわないかぎり徹底的にいじめるぞ」とか、「見えないところに消えてしまえ」とか、「この地に異物として存在することを許さない」といったメッセージを恒常的に受忍させられる状態は、やはり民族浄化としか呼べないだろうと考えています。朝鮮籍の在日コリアンは、その典型事例です。

朝鮮学校とその関係者は、内閣からの発言やマスメディアの報道を通じて、日本社会は朝鮮学校の存在自体を罪悪視しているというメタメッセージを受忍し続けています。朝鮮人になるための教育機関は、その存在自体が許されるべきでないという暗黙の意思を常に感得させられ続けています。これは、やはり民族浄化としか呼びようがない事態ではないでしょうか。

さて、ここまで4つの論点に沿って、北米における日系人の強制収容問題と、朝鮮学校の無償化除外問題の異同について考察してきました。時代状況の違いはあっても、国家的利益を優先し、民族的マイノリティの人権を抑圧する政策という点では共通していることを論じたつもりです。

ただ、最後に一つ、両者の大きな相違点を挙げておかなければならないでしょう。それは、北米ではこの問題がリドレスの対象となり、許されない歴史的不正義だったという共通理解が成立しているのに対して、朝鮮学校問題は毎年のように国連から改善要求を受けている、現在進行形の人権侵害問題だということです。

 

 ハロウィンの朝、8歳の娘が魔女の帽子をかぶって、ぼくのベッドまであいさつに来てくれました。皆さんのお宅にも、小さな精霊や魔女が遊びに来たでしょうか。

 ハロウィンといえばモンスターのコスプレ。そして、モンスターといえば、思い出すのは『アダムス・ファミリー』です。(ぼくの場合)

 『アダムス・ファミリー』は、モンスターの一家がふつーの市民生活を営もうとしてどたばたトラブルを引き起こしていくコメディ。原作はチャールズ・アダムスによる古いコミックなのですが、1960年代初めにテレビドラマ化されると人気が沸騰し、1970年代にはアニメ版が放映され、そして1991年に『アダムス・ファミリー』、1993年に続編『アダムス・ファミリー2』が映画化されました(以下、『AF』『AF2』)。

 映画版は登場人物が天然ボケで痛烈なブラックジョークをかましていくさまを愉快に描いていて、世界中から好意的な評価を受けました。日本でも、ホンダの戦略車「オデッセイ」のコマーシャルに起用されるなど、一時はブームと呼べるほどの大ヒットを記録しました。

 でも、1991年に初作が映画化されると、米国では人種差別や障害者差別と闘っている人たちの間で議論が巻き起こりました。一方にいわく、「異民族や身体障害者への偏見と差別を助長する映画だ」と。それに対して、「いや、むしろそういう偏見と差別を逆手にとって嗤う高度な風刺なんだ」と。

 というのも、『AF』にかぎったことではないのですが、もともと「モンスター」というのは異民族や身体障害者、高齢者をゆがめてイメージ化したものが多いのです。クル病とせむし男の関係がわかりやすいかな。『AF』にもせむし男が登場しますね。

 あるいは、吸血鬼ドラキュラもそうです。この物語が生み出された当時のイギリスでは、植民地化による異民族との交流の増大にともなって、外国恐怖症(ゼノフォビア)が蔓延していました。同時に、ユダヤ資本の拡張に対して反発が広がっていた時期でもあります。『ドラキュラ』という作品は、ゼノフォビアとユダヤ人恐怖とが合体することで生みだされた非常に差別性の濃い物語なのですね。(詳しくは丹治愛『ドラキュラの世紀末―ビクトリア朝外国恐怖症の文化研究』東京大学出版会を参照のこと)。

 ようするに、異民族や身体障害者に対する嫌悪感や恐怖感が「モンスター」を生み出したという面もあるということです。『AF』の登場人物には一人として金髪碧眼のWASPらしい姿を持つ者はいません。みんな黒髪のオリエンタルな容貌をしています。 そう考えると、『AF』に対する評価も変わってくると思いませんか。

 そして、『AF』が公開されると、米国では実際に以下のような議論が起こったわけです。

あの映画は、『フリークス』のように、障害者や異民族を不気味な存在として見世物視している。差別や偏見を助長するおそれがある。
いや、『AF』では主人公たちを恐怖の対象として描いているわけではなく、むしろユニークかつ知的にトラブルを解決するさまは痛快なヒーロー/ヒロインとして好意的にとらえられているじゃないか。
たとえ好意的に描かれていようとも、不気味なステレオタイプをそのまま使っていれば偏見を垂れ流しているのと一緒だ。
というより、「不気味なステレオタイプ」を怖がることこそナンセンスなんだという映画でしょう?

 おそらくこうした議論を意識してのことでしょう、2年後に公開された続編『AF2』では、主人公の一人がサマーキャンプで人種的差別にあう場面が盛り込まれています。その場面では、無自覚で陰湿な差別の描写を通してアメリカの人種問題を風刺すると同時に、『AF』のモンスターが偏見を助長するのではなく、異民族や身体障害者をモンスター視するおまえたちこそ問題なんだ、という強烈なメタメッセージを伝えることに成功しています。 その点で、『AF2』はぼくのお気に入りですね。

 まあしかし、反差別のメタメッセージを込めれば、モンスターという表象が、差別表現ではなくなるということにはなりません。

 ぼくがアラスカで知り合った、祖父がインディアン、祖母がフィリピン系という女性。隔世遺伝で独特のオリエンタルな容貌を持った美女です。「親も姉もふつーの容貌をしているのに、自分だけナニ人かわからない顔だから、WASPしかいない地域の学校でずいぶん苦労をしたわ」とのこと。

 そんな彼女と『AF2』について話したところ、「たとえどんなメッセージがこめられていようとも、『AF』のようにマイノリティをモンスター化するイメージ自体が不愉快。問題は『AF』だけじゃないしね」、ということでした。

 「モンスター」という表象に込められたレイシズム。抑圧される立場の者は、それを敏感に察知し、不快に思い、無邪気に楽しんでいるあなたを軽蔑しているかもしれませんよ。

 

 図1は、要素Eを含む全体集合Pを概念的に示したものです。一方、図2は、同じ集合Pから要素Eが欠けている状態をあらわしたものです。

figure1_147.jpg 全体集合Pの定義を知っている人が図2を見たとき、おそらくもっとも一般的な反応は、「Eが欠けているね」とか、「どうしてEがないの?」のように、Eの欠損を指摘し、その理由を確認しようとすることでしょう。

 ところが、実際の社会では、Eの欠落を指摘しただけで、「あなたはEだけで集合Pを語るつもりなのか」と反論されることがあります。それはいったい、どういう場合なのでしょうか。

 先日、ある事件に関連して、ツイッターで議論をおこないました。ツイート群をまとめていただいたサイトが、http://togetter.com/li/63152 | http://togetter.com/li/63464 | http://togetter.com/li/63798 の3つです。発端となったのは、ぼくが書いたこのツイートです。 

@han_org: 桐生市の小学生自殺にしても、これほど明白な民族差別もなかろうに、今なお、関係者すべてが民族差別としての問題化を避けて、いじめの問題に回収しようとしている。まるで、もともと民族的出自などなかったかのように。ぼくには、死してなお、民族浄化の被害を受け続けているとしか思えんな。 http://twitter.com/#!/han_org/status/28746984786

 10月26日の朝。ほとんどのメディアが、自殺した少女の母親がフィリピン出身である事実に触れていなかったことを踏まえてのツイートでした。唯一その事実に言及した朝日新聞も、報じた内容は「署や市教委などによると、母親はフィリピン出身だが、この女児は日本語が堪能だったという」です。どちらかといえば、民族差別が原因につながったことを否定するかのようなニュアンスだといえます。

 しかしながら、いじめを苦にして自殺するほど執拗に追い詰められており、かつ、母親が外国出身であるというケースで、はたして民族的出自がいじめの原因や手段に用いられていなかったなどと想定することは妥当でしょうか。

 周知のとおり、いじめは非常に些細なきっかけで起こるものです。いじめる/いじめられるという関係は非常に流動的で、誰だっていじめのターゲットにはなりえます。偶発的、恣意的に、境界線は引かれますので、極端な場合、昨日の人気者が今日のいじめられっ子ということもありえます。

 ただ、偶発的、恣意的であるということと、ランダムであるということは違います。なぜなら、基準の適用は恣意的でありながらも、既存の価値意識を反映して、つねに排除され、いじめられる側に置かれる者が出てくるからです。そして、日本において、民族的出自は、そうした恒常的に排除の機能を果たす基準として流用されやすい属性の一つなのです。

 である以上、フィリピン出身の母親を持つ女児がいじめで自殺したという事件について、母親の出身が記事で言及されなかったということは、意図的に、その情報が隠蔽されたと解釈する方が自然です。

 ぼくには、この事件の報道記事で言及される周辺情報の集合(P)の中に、明らかに、「女児の民族的出自という要素」(E)が欠落しているように見えたわけです。

 ところで、この事件の報を聞いて、真っ先に思い出したのが、1979年、埼玉県上福岡市で在日朝鮮人である林賢一君が自殺した事件でした。

 事件の詳細については、金賛汀『ぼく、もう我慢できないよ―ある「いじめられっ子」の自殺』(講談社文庫)、もしくは、子どもの権利に詳しいウェブサイト「プラッサ」から「子どもたちは二度殺される【事例】」を参照してください。

 いじめ苦の自殺が報道に載りはじめたばかりの時期でしたし、遺書に加害者の名前が記載されていたこともあって、ずいぶんメディアを賑わせた事件でした。にもかかわらず、ジャーナリストである金賛汀氏や民族団体が積極的に介入するまで、どこのメディアも、この事件が民族差別に起因するものであることを報道しなかったのです。

 関連の書籍を参照していただければ、林賢一君の事件は、(1)民族差別が絡むいじめによって自殺が発生したこと、(2)日本のメディアはその事実を報道しようとしなかったこと、という2点が記憶されるべき出来事と指摘されていることに気づくことでしょう。

 そして、まさにこの2点において、ぼくは桐生市のケースは相似の構図にあると直感しました。

 事実、いまだにメディア各社は、いじめと関連して児童の民族的出自に言及することをかたくなに拒んでいるかのようです。例外的に、毎日新聞だけは、「母親がフィリピン人であることもいじめの原因の一つだと思う」と自殺した児童の父親の発言を紹介したり(10月27日)、社説で簡単ながらその父親の発言に言及するなど(10月29日)、報道姿勢に修正がみられる程度ですね。

 なぜ、メディア各社は、自殺した児童の民族的出自に(あえて)言及しなかったのでしょうか。

 その理由はわかりません。ただし、前述したツイッター上の議論に対する反応から、ヒントは得られるのではないかという気がしています。いくつかピックアップして紹介しましょう。

「貧困。外見(遺伝)。親の職業(賤業だとする差別もあるが『あいつ社長の息子だって。生意気な』的なものも)。民族差別だけが差別として特殊なわけでもない。」

「ありとあらゆる理屈を用いて、何がなんでも"民族"差別というカテゴリーに入れたい人がいるのが困るんですよねぇ。」

「ただ民族差別って言いたいだけだろ。『また、朝鮮人がはまってきたか』としか思えない。」

 いかがでしょうか。冒頭で述べたとおり、メディア各社の報道内容に含まれていてしかるべき要素E(民族的出自)の欠落を指摘することがぼくの主張の骨格だったわけですが、これらの反応は、「あなたはEだけで集合Pを語るつもりなのか」と反発しているようです。

 では、どのような場合に、こういう奇妙な反発が生じるのか。

 第一に、もともと要素Eが全体集合Pの定義に含まれない場合。第二に、要素Eを排除したり不可視化しなければならない暗黙の理由がある場合。

 ぼくには、この2つのケースしか思い浮かびません。では、今回の事例はどちらに当てはまるか。林賢一君の事例から明らかだと思われますが、第一のケースを想定するのは非現実的でしょう。したがって、答は第二のケースです。

 といっても、「要素Eを排除したり不可視化しなければならない暗黙の理由」の正体が何なのかまではわかりません。一つは、犠牲者非難でしょう。でも、他にも理由があるかもしれません。

注)犠牲者非難については、「差別する傾向のある人は差別の存在を認めない傾向がある」 | 「差別の存在を認めない傾向とは」 | 「橋下発言にみるVictim blaming」を参照のこと。

 ただ、重要なことは、その正体が何であるにせよ、この状況(民族差別の存在に注目することを忌避させる圧力)を放置したままでは、同種の事件の再発防止策を検討することすら許されそうにない、ということです。

 林賢一君の事件の場合、関係者の努力が実り、再発防止について検討が行われました。「上福岡市在日韓国・朝鮮人児童・生徒にかかわる教育指針について」(上福岡市教育委員会 1983年3月31日)という文書にその成果が見られます。

 それに対して、桐生市はどうでしょうか。 

 こちらの図http://ow.ly/i/4Y7r)は、ぼくの同僚である石田淳くんが作成してくれたもので、同市の外国人登録者数の推移(1992-2009年)をあらわしたものです。1995年から2000年まで女性の登録者数が二倍になっていることが確認できます。

 桐生市の教育委員会は、この増加に対応できるだけの施策をもっているのでしょうか。

 残念ながら、今回の事件で、度重なる父親からの申し入れにもかかわらず、実質的に学校側がなんの対応も採れなかったことを想起すると、実効性のある施策は何一つ持ち合わせていないのではないと思われます。

 日本においては、そこにあるはずなのに、見えないもの。すなわち、エスニシティ(民族的な存在)。

 しかし、グローバリズムが進展する中、いつまでそのような暗黙のベールが許されるものでしょうか。

 同様の事件が二度と起こらないようにするには、まず、事件の関連情報から民族的出自の存在を除外しないようにすること。エスニシティの存在とその重要性を直視すること。小さな小さな一歩ですが、そんなところから始めなければならないようです。

 来月早々、私の勤務校で下記の通り学会大会が開催されますので、ご案内いたします。

第 26 回日本解放社会学会大会

◆ 会場  関西学院大学西宮上ヶ原キャンパス
◆ 日程  2010 年 9 月 4 日?5 日
◆ 大会参加費
  会員(常勤職) ?2,000
  会員(非常勤職・大学院生等) ?1,000
  非会員 ?2,000

 テーマ部会は「同和対策事業の光と影――現場とアカデミズムの対話から―― 」および「ジェンダー・セクシュアリティ研究とアイデンティティ・ポリティクス」の2本。

 学会大会・懇親会へは会員でなくても参加できます(←ココ重要) プログラムに関心をお持ちになりましたら、ぜひ懇親会ともどもご参加ください。

 以下、大会のプログラムです。

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2010 年 9 月 4 日(土) 
 
13 時 30 分
受付開始(関西学院大学E号館 102 号室前)
 
 
14 時 00 分?16 時 30 分  
自由報告部会(関西学院大学 E 号館 102 号室)
 
司会:金明秀(関西学院大学)
 
1.孫・片田晶(京都大学)
在日朝鮮人 3 世の学生組織と
「学習」的実践としての在日アイデンティティ
 
2.金沙織(埼玉大学)
強制連行と療養所収容と――ハンセン病問題聞き取りから――
 
3.黒坂愛衣(東京外国語大学)
強制隔離と患者労働――ハンセン病問題聞き取りから――
 
4.福岡安則(埼玉大学)
「原告 vs.非原告」の対立図式を超えて
――ハンセン病問題聞き取りから―― 
 
16 時 40 分?17 時 30 分  
理事会・総会(関西学院大学E号館 102 号室)
 
17 時 40 分?18 時 20 分
優秀報告賞選考会議(関西学院大学E号館 201 号室)
 
18 時 30 分?20 時
懇親会(関西学院会館)
 
懇親会費
?5,000(常勤職)
?3,000(大学院生など)
 
 
2009 年 9 月 5 日(日)
9 時 45 分  
受付(関西学院大学E号館 102 号室)
 
 
10 時?12 時 30 分  
テーマ部会?(関西学院大学E号館 102 号室)
 
テーマ:同和対策事業の光と影
――現場とアカデミズムの対話から――
 
司会  三浦耕吉郎(関西学院大学)
 
報告:
 
1.山本哲司(龍谷大学)
部落差別におけるアイデンティティ問題の諸相
――まちづくり事業を終えて
 
2.二口亮治(大阪市人権協会)
部落関係者とは誰か――新しい部落分散論に抗して
 
3.山本崇記(立命館大学)
京都市における「ポスト同和行政」の展開とその課題
――住宅地区改良事業と隣保事業という「呪縛」
 
討論者:黒坂愛衣(東京外国語大学)
川端浩平(関西学院大学) 
 
 
14 時 00 分?16 時 30 分
テーマ部会?(関西学院大学E号館 102 号室)
テーマ:
ジェンダー・セクシュアリティ研究とアイデンティティ・ポリティクス
 
司会:風間孝(中京大学)
 
報告:
 
1.戸梶民夫(京都大学)
被差別者アイデンティティの語りの変化
――在阪性的少数者グループの参与観察から
 
2.堀江有里(立命館大学)
〈アイデンティティ〉の共有と抵抗の不可能性
          ――ある性的少数者コミュニティの事例から」
 
3.菊地夏野(名古屋市立大学)
フェミニズム理論におけるアイデンティティの限界と可能性
――バトラー/コーネル/スピヴァク
 
コメンテーター:高橋慎一
渡邊太(大阪大学) 

 移民研究の分野には、「移民に対して偏見や悪感情が高揚するのはどういう場合か」という問題設定があります。ある国では移民が歓待されているのに対して、別の国では犯罪者同様に忌み嫌われている。その差はどこにあるのか、ということですね。

 いろいろな仮説が提唱され、様々な国で検証が行われていますが、多くの国の調査で統計的に有意な説明力を安定して示す仮説がいくつかあります。その一つは、「移民はこの国の役に立つ」と信じている人ほど移民に悪感情を持たない、というもの。逆にいえば、「移民はこの国の厄介者だ」と信じている人ほど移民の排斥に賛成する、という仮説です。

 リベラルなスタンスからは、「人のことをまるでモノのように《役に立つ》などと、いったい何さまなのだ」という倫理的反発を覚える方もいらっしゃるでしょう。しかし、例えば、こちら(不景気だからこその移民政策のススメ - My Life After MIT Sloan)のコメント欄をお読みいただくだけで、この仮説がどのような人々を説明しようとしているのか、お分かりいただけると思います。

 この仮説については、後日いくつかの文献を詳しく紹介する予定ですが、直接的には今回のテーマではありません。今回とりあげるのは朝鮮学校です。

 朝鮮学校といえば、チョゴリ切り裂き事件に象徴されるように、時として憎悪の対象となってきました。暴力を振るわないまでも、「独裁者崇拝を教える異常な学校」という認識を持つ人は少なくないようです。そうやって、朝鮮学校を「この国の厄介者だ」と思っている人々が少なからずいるかぎり、朝鮮学校が偏見や憎悪の対象から外れることは期待しにくいでしょう。しかし、今後とも在日コリアンが日本に定住していく以上、それは誰にとっても不幸なことだといえます。

 つまり、今回のテーマは、朝鮮学校が《日本の役に立っている》理由を整理してみよう、ということです。題して、「朝鮮学校が日本に存在する5つのメリット」。読者の皆さんは、この思考実験を経ることで、無償化排除問題などについて意見がよりポジティブな方向に変わるかどうかをそれぞれ自己検証してみてください。

 なお、この記事ではあえてマジョリティ視線に立って、パーソンズのAGIL図式を手掛かりに話を進めていきます。

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 まずは「適応(Adaptation)」から。これは、システムの外部に働きかけて必要な資源を調達するサブシステムのことで、国家レベルでいえば経済にあたります。日本経済に朝鮮学校が寄与していることは何か?

【メリットその1 韓国・朝鮮語話者の大量供給】

 朝鮮学校は韓国・朝鮮語話者を継続的に輩出しています。2000年からの韓流を支えたドラマや雑誌の翻訳は、そのほとんどが朝鮮学校出身者の手によるものです。韓流による経済効果は、朝鮮学校が支えたといっても過言ではありません。

【メリットその2 誕生圏経済のリクルート源】

 これは朝鮮学校というより在日コリアン全体にいえることですが、1980年代に入るまでは非常に厳しい就職差別があったため、学歴にかかわらず一般企業に勤めることは非常に困難でした。その結果、在日コリアンは自ら起業するケースが多かった。

 統計の取り方(「自営」の定義)によりますが、なんと在日コリアン男性の5割から6割が自営業主です。この比率は日本人男性の2倍以上。いかに自営業に追い込まれてきたかわかりますね。

 しかし、裏を返せば、自営業のノウハウと知識と人脈を持ち、ベンチャー起業のリスクを果敢にとりにいける人材を、朝鮮学校は大量供給しているともいえます。国家の庇護に頼らない自由で不羈の企業人を朝鮮学校は輩出してきたというわけです。

 日本にもグローバリズムが浸透しつつある中で、在日コリアンは貴重な生存戦略のモデルを提供してくれるかもしれませんよ。

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 次に、「目標達成(Goal attainment)」について考えてみましょう。これは、システム共通の目標に向かって外部に働きかけるサブシステムのこと。国家レベルでいえば政治(外交)にあたります。日本政治に朝鮮学校が寄与していることは何か?

【メリットその3 北朝鮮との外交カード】

 ときどき、北朝鮮の人権侵害を批判しながら、朝鮮学校を差別しようとする政治家がいます(例えば「橋下府知事の発言をめぐる諸問題」)。

 しかし、これはまったくナンセンスな話であって、こんな論理矛盾に満ちた主張をしているかぎり、日本政府の北朝鮮批判は国際社会で通用しません。事実、日本政府が行っている朝鮮学校に対する差別は、国連の諸機関で批判の対象となっており、北朝鮮が日本を批判する糸口になってしまっています。

 でも、裏を返せば、日本政府が朝鮮学校をきちんと処遇しさえすれば、人権外交上のポイントになりうるわけです。

 拉致問題以降、北朝鮮外交といえば「圧力をかけろ」の一辺倒で、実質的には、むしろ日本は外交カードを何も持っていない状態です。朝鮮学校の存在は、北朝鮮外交の閉塞状況を打破する重要なカードになりえます。

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 次は、「統合(Integration)」。これは、システム内部の利害を調整するサブシステム。国家レベルでいえば、共同体や司法がそれにあたります。日本の共同体や司法に朝鮮学校が寄与していることは何か?

【メリットその4 「民主主義の学校」の教材】

 A.トクヴィルやJ.ブライスの言葉を受けて、「地方自治は民主主義の学校である」と論じられることがありますね。そのココロは、「地域共同体という身近な環境で身近なテーマについて民主的に解決する訓練を積まないかぎり、国家という巨大な機構を民主的に運営することは難しい」ということです。

 その点、朝鮮学校は共同体内にある非常に身近な異文化集団です。これを安易に排斥しようとせず、利害を調整しながら上手に付き合うスキルを習得することができれば、日本の民主主義はきっと成熟の度合いを深めることでしょう。 

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 最後は「潜在(Latency)」。 これは、シンボルによってモノゴトを意味づけることで、集団のパターン(◎◎らしさ)を維持するためのサブシステムです。少しわかりにくいですかね。文化を維持するサブシステムと言い換えてもかまいません。国家レベルでいえば、教育やマスメディアなどの社会化エージェントが相当します。

【メリットその5 カウンターカルチャーの供給基地】

 あえて人名を挙げるのは控えますが、日本を代表するような文化人には、在日コリアンが少なくありません。著名な文学賞を受賞した小説家、映画賞を受賞した監督、有名なアーティスト、等など。90年代には、「在日文学抜きにはもはや日本の文学を語ることはできなくなった」という声すらあったぐらいです。

 在日コリアンのハイブリッドな文化環境での生育経験や、マイノリティとしての被差別体験などが、日本人にとっての《あたりまえ》を揺るがすメッセージを生みだすためでしょう。1970年代以降、在日コリアンは、サブカルチャー、カウンターカルチャーの供給源であり続けてきました。

 ところで、それら在日コリアン文化人の多くが、朝鮮学校の経験者です。朝鮮学校は、いわば、日本におけるカウンターカルチャーの供給基地なのです。次の文学、次の芸術、次の映画が、いま、朝鮮学校で育っているのかもしれませんよ。

 鳩山元総理が、普天間基地の問題解決に前向きに取り組もうとして挫折したことは周知の通りです。

 一方で、沖縄に軍事基地が集中している状況について、国連の人種差別撤廃委員会が日本政府に改善を勧告していることをご存知でしょうか。それも、過去に何度も繰り返し「差別的」だと明言してのことです。

 人権問題などニュースバリューにならないということか、はたまた「国益」にならないという判断なのか、マスメディア各社はこの事実を積極的には報道してきませんでした。それどころか、沖縄の米軍基地負担を「仕方がない」と論じ、鳩山元首相に対しては「寝た子を起こしてしまった」と批判するケースが多かったようです。

 しかし、この問題は「仕方がない」で済まされることではなく、日本が批准している条約上、違法性が高い人権侵害だと国連から指摘され続けていることを知るべきでしょう。

 ところで、差別問題を研究している者にとって、「寝た子を起こすな」という主張はたいへん馴染みの深いものです。その類の主張を聞いたことのない差別研究者はモグリと呼んでかまわない――といえるほど、日本で差別が語られるときに一般的なスタンスだからです。代表的な語りを2つ紹介しましょう。

「差別だと騒ぎ立てるから、いつまでたっても問題が持続してしまうのだ。」
「些細なことを差別だと指摘したりせず、じっと静かにしていれば、そのうち差別など消えてしまうだろう。」

 上述の通り、これらはたいへん一般的な主張です。しかしながら、それをそのまま真に受ける差別研究者は、まずいません。なぜなら、すでに各種の調査において、この種の主張はマイノリティに差別的な主張群と高い正の相関関係を示すことが確認されているからです。もっとわかりやすく言い換えると、「寝た子を起こすな」という主張をする人は差別的な傾向がある、ということです。

 ちなみに、この関係は非常に多様なエビデンスによって支持されており、人文社会科学的な命題としてはかなり頑健なものだといってかまいません。(類似の現象も参照のこと「差別する傾向のある人は差別の存在を認めない傾向がある」)

 さて、この「事実」を、沖縄の基地問題に敷衍すると、どういうことになるでしょう。行為の次元が異なるため、単純に同一視するのは慎重であるべきかもしれません。

 しかし、いち社会学者としての個人的な直感を述べるなら、鳩山元首相に対して「寝た子を起こしてしまった」と批判したマスメディア各社は、どうしても、沖縄への差別意識を垂れ流しているように思われて仕方がないのです。そう考えたとしても、ムリはないと思いませんか?

 ロバート・E・パーク(1864-1944)といえば、「社会学入門」で必ず習う巨人の一人です。いわゆるシカゴ学派の隆盛を支えた最重要人物で、都市社会学や人種・民族関係論に深い足跡を残したことで知られています。

 パークは社会学説史上の輝ける星です。しかし、ずっとアカデミアで活躍してきたわけではありません。ミシガン大学でジュン・デューイに師事し、実践的な問題への関心を深めた後は、大学院へと進学せずに人権派ジャーナリストとして全米各地で約10年の経験を積みます。特に人種問題には強い関心を示し、ベルギー領のコンゴで土地の人々がベルギー王室からきわめて過酷な扱いを受けていることを知るや、国際紙上での告発を通じて対応を改善させたこともありました。今ならめずらしい話ではありませんが、なにせ19世紀のことです。奴隷解放宣言からまだ30年前後という時代なのですから、パークが当代随一の人権家であり、理想家であったことは間違いありません。

 その後は大学院でふたたび学問を修め、シカゴ大学に就任してからは偉大な研究業績を量産していきました。日本ではパークの業績として都市社会学の研究ばかりが紹介されますが、アメリカでは彼のライフワークとして人種関係論を挙げる人が圧倒的に多い。パークはアカデミアにおいても実践家であり、特に人種問題には一貫して関心を示し続けてきたからです。 

 そんなパークですが、現代のアメリカにおいては、どうにも人気がない。それどころか、リベラル気質の若い研究者たちから「彼はレイシストだ」と忌み嫌われていたりします。人権家であったはずのパークですが、いったいなぜ没後に評価が反転し、こともあろうに「レイシスト」と呼ばれるようになってしまったのか。

 そのことを議論する前に、まずはパークの業績を少し紹介しておきたいと思います。パーク自身は「人種関係循環モデル」(1921年)と名づけたものの、現在はより簡単に「同化理論」と呼ばれている論考です。

 パークらによると、文化的に異質な集団が「接触」した後に生じる相互作用には、段階的な4つの類型があるといいます。すなわち:

  1. まず、稀少資源の獲得をめぐって各集団がそれぞれ「競合」し、経済的に分業が成立するステージをへて、
  2. 努力目標が競合集団への政治的攻撃に転化する「葛藤」のステージにいたる。
  3. 競合や葛藤によるコストを軽減するために、各集団は文化的独自性を保ったまま、一定の「適応」の努力をするようになり、
  4. ついには、競合集団の文化や価値を完全に受容する「同化」の段階に達する。

 パークは科学的な一般理論指向が強い研究者でしたので、「人種関係循環」についても科学的一般性を備えていると信じました。「接触から競争へ、競争から葛藤へ、葛藤から適応へ、さらに同化へと必然的に社会体系は変動し、このコースを変えることはできない」と。

 さて、パークの理論に対しては、3つのスタンスから批判が寄せられています。

 第一の批判は、同化が「必然的に進行するプロセス」というのは誤りだ、という指摘です。たしかに、(1)から(3)までは、非常に多くの国の移民集団で共通して観察される現象だといえます。それに対して、(3)から(4)にいたる同化プロセスは、どこの国のどの移民にも当てはまる話とはいいがたいのですね。むしろ、パークの後を引き継いだミルトン・ゴードンによると、(3)までで同化は止まってしまって、その先には進まないケースが多い。

 また、理論的にも(3)から(4)にいたるプロセスの説明があいまいです。大まかに彼らの主張をまとめるに、(a)時間の経過とともに移民後の世代交代が進行し、(b)エスニック・ゲットーから郊外に居住地を移す者が増加する、(c)それによって、地域的な隔離が解消する。また、(d)社会階層の民族間格差も自然と減少していく。(e)そうしたプロセスは、民族集団の集合性と独立性を解体することになり、(f)同族内のコミュニケーションを減少させ、(g)アングロ・サクソン系の文化に同化する「アメリカ化」が達成されるのだ、と。しかし、人種主義が激しければ、いくら世代交代が進んでも階層移動や地域移動が進まないケースはいくらだって考えられますので、彼らの説明は論理に飛躍があるといわざるをえません。

 第二の批判は、あまりにも理想主義的だ、というもの。

 パークらがこの理論を提出した時期は、アメリカ南部諸州において事実上のカースト制が法制化されていたいわゆる「ジム・クロウ期」のまっただ中であり、法によって人種の隔離が義務づけられ、法の外ではクー・クラックス・クラン(KKK)による大々的なリンチが繰り広げられていた時代でした。いわゆる「人種主義の世紀」の真っ只中です。当時のもっとも一般的な反応は、「ヨーロッパからの白人移民集団すら交じり合うのが難しいのに、アジア系や黒人と完全に同化するなんて気持ちの悪いことをいうな」というものだったでしょう。(というようなことが論文にチラと書かれていました。)

 ところが、時代を経て1960年代に入ると、しだいにリベラル勢力から批判を受けるようになっていきました。すなわち、上述のような時代に、たいして説得力のある根拠を示すわけでもなく、同化が「必然的に進行するプロセス」などと主張するのは、厳しい差別の現実が見えていない証拠だ、というわけです。

 たしかに、人種・民族間の競合が生じるのは、多くの場合、支配的な民族集団と従属的な民族的マイノリティのあいだです。したがって「葛藤」とは、事実上、支配的民族集団による民族的マイノリティへの抑圧や収奪を意味します。このような権力関係は、マジョリティ側が権益を得る構造である以上、むしろ安定的なものであるとみなすほうが自然です。つまり、パークらの言うように適応、同化へと移行する動因が論理的に成立しないのです。にもかかわらず、パークらが同化は自然に達成できると主張したのは、人種主義へのアンチテーゼを過度に意識するあまりに、ある種の理想を論じたのだと解釈せざるをえないのですね。

 第三の批判は、同化そのものを理想視する視点が非倫理的である、という批判です。1970年代ぐらいから、多文化主義の進展とともに、「同化は『差異への権利』を暴力的に抑圧する人権侵害」であるという理解が普及し、今では、「同化=人種主義的」という考え方が一般的になっています。

 日本ではむしろ、同化は共同体が示す善意であり歓迎の表現とされます。例えば、転校生が土地の言葉を話すようになると、ようやく「本当の仲間になった」と喜んだりしますね。在日コリアンに対して、本当の仲間になってほしいからこそ日本に帰化してほしい、などの表現もよく聞かれます。だから、アメリカでは同化を非倫理的だとみなす視点が一般的になっていると聞いても、ピンとこない人が多いかもしれません。

 でも、たとえば次のようなケースを考えてみてください。 

 Aさんは京都の女子大学を卒業し、東京で就職しました。職場で同じ京都出身の男性と知り合い、すぐに結婚し、子どもが産まれました。家庭内ではみんな京都の言葉を話します。

 ある日、子どもが幼稚園に入りたがらない。どうしたのかと思っていると、別のお母さんが話しかけてきた。いわく、「お宅のお子さん、私たちの子どもと遊ばせないでいただけませんか? 関西の下品な言葉がうつっちゃうと困るんです。標準語を話せないなら、もうこの幼稚園から出て行ってほしいんですよね。」

 Aさんは仕方なく、子どもに東京の言葉を使うように促すのですが、「今日さぁ、幼稚園で友だちに笑われちゃって、なんだかイヤになっちゃったよ」などとなじみのない言葉を話すのを聞くと、わが子への愛情が薄らいでしまう気がするのでした。

 どうです。Aさんの立場からすれば、ずいぶん屈辱的な状況でしょう。心の痛む場面だと思いませんか。自分が母親に話しかけたのとは違う言葉で自分がわが子から話しかけられるんですよ。それはさびしいものです。自分で納得して土地の文化になじむのであればまだしも、半ば強要されてのことですから、屈辱感や寂しさはいっそう引き立ってしまいます。それが、同化というものです。同化には心の痛みが伴うのです。

 上述の通り、70年代ぐらいからアメリカではこうした事情が知られるようになり、その結果、同化を強要したり、同化を理想視する考え方を、非人道的であると批判するようになっていったわけです。また、同化させる側の文化を優位にとらえているという意味で、異民族を同化させようとする人を「レイシスト」と呼ぶようになっていきました。

 パークは人種関係論に社会学的視座を持ち込んだ初めての偉大な人物であり、その業績である同化理論があまりにも有名であったため、「同化の象徴」として嫌悪されるようになったのですね。

その後の顛末

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 前回の記事(「帰化すればいい」という傲慢)について、その後の経緯を説明しておく必要があります。

 ツイッター上で宮台真司さんご本人と激しく意見を交換したところ、論点1で指摘した件について、率直な謝罪と撤回の弁がありました。

miyadai:#miyadai デマを言ったとは思わない。だが生活保護は別に社会福祉の受給権の歴史を勉強させて貰いました。特権という言葉は使ってないが、日本人並み云々は撤回します。RT @han_org: ...多数の無礼な表現、申し訳ありません。一方、あなたもデマの流布を謝罪してもらえませんか。 [http://twitter.com/miyadai/status/11284450923]

miyadai:#miyadai デマとは「あえてつくウソ」という意味ですが、特別永住者の社会福祉受給権の歴史について、知っていて無視したのではなく、知りませんでした。ただ僕は研究者なので、査べなかった怠慢は謝罪に値すると思っています。今後もよろしくお願いします。@han_org [http://twitter.com/miyadai/status/11284707876]

 ぼくの周囲では、前回の記事や、議論の途中における宮台氏のツイートをお読みになった方の中から、氏の人格に疑問を持つという意見も聞かれました。しかし、見知らぬ者(ぼく)から攻撃的な主張をぶつけられて、率直にそれを認めるなど、なかなかできることではありません。とても立派な態度だと思います。

 また、結果としては、特別永住権そのものが「特権」だったということはないと認めていただいたわけで、この点については今後おそらく応援してくださることでしょう。

 取り残した議論もありますが、上記の撤回に加えて、「犠牲者非難になっている」という批判に一定の理解が示されたことで、ぼくの批判の中核となる対象は解消されたといえます。

 末筆ながら、宮台真司さんには激しい議論にお付き合いいただき、ありがとうございます。また、無礼な表現の数々、失礼いたしました。

 以上、取り急ぎ連絡まで。

【BLOGOSさんへ】

 転載不可です。

 永住外国人に地方参政権を付与する法案はけっきょく日の目を見ませんでしたが、それに関連して一言いっておきたいことがあります。

 宮台真司氏のブログhttp://www.miyadai.com/から、「外国人参政権問題について週刊SPA!12月15日号にコメントしました」の一部を引用します。

■外国人参政権を考える上で、在日韓国・朝鮮人とそれ以外を分ける必要があります。在日韓国・朝鮮人以外の永住外国人は、'90年の入国管理法改正(永住権のない外国人を柔軟に受け入れることを目的として「定住者」という新しい在留資格を創設するなどした。これで日系外国人の在留が激増)大量に入国した日系人が中心です。
■在日韓国・朝鮮人については国籍取得が容易なので、参政権を求めるのであれば国籍を変えていただきたい。帰化をすればエスニック・アイデンティティに瑕がつくとの反論もありますが、国籍とエスニック・アイデンティティを分けて考えるのが国際標準なのです。

 シッタカブリというか、なんというか...。初めてこれを読んだときは呆れて物もいえなかったけど、その後、TBSラジオの「アクセス」でも、在特会レベルのご高説を自信たっぷりに開陳していたようですね(2月16日)。ヘイト・スピーチといっても過言ではない内容です。

特別永住者の方々が最初は2世までという約束で基本的には国籍を取っていないのに日本人に準じる権利を様々に与えられというのは、ご存知のように在日の方々の多くが強制連行で連れてこられたという左翼が噴き上げた神話が背景にあるんです。在日のなかで強制連行されてきた方というのはごく一部で、大半は一旗上げにやってきた人達なんですよ。ただ、区別がつかないから、あるいは戦争に負けて罪の意識というか原罪感覚というのがあったのでしょうか、まぁ、色んな人が混ざっちゃっているけど、しょうがないということで分かってやっている感じで特別永住の方々に対する特権の付与をやってきたわけです。僕に言わせると、あえてそれをやっているという感覚が段々薄れてきてしまっていることも問題だし、1世、2世とは違ってエスニックリソースを頼らず、日本人のネットワークをそれなりに頼っている人間が増えたのに、まだ4世、5世にも特権を与えるのが続いているのはおかしいし

 完全にスルーしたままだと、彼が正しいことをいっているのだという誤解を広めてしまうかもしれないので、いささか出遅れた感はありますし、力不足ではありますが、ここらできっちり訂正する努力はしておくべきでしょう。

1. 平然とデマを流布する傲慢

 まず基本的な歴史の問題として、「特別永住者の方々が最初は2世までという約束で基本的には国籍を取っていないのに日本人に準じる権利を様々に与えられ」たという事実はない。これはおそらく、「91年問題」をご都合主義的に曲解しているのであろう。

 1965年に締結された日韓条約において、「協定三世」(実質的には在日4世以降にあたる)の滞在地位は、協定発行後25年(1991年)までに協議を行うとだけ定められた。これは日韓両政府が、戦後半世紀近くもたてば同化の進展により在日問題は《消失》している可能性があると期待していたことによる。いわば、在日韓国人は日韓両政府から保護の責務を放棄されたわけであって、けっして、「2世までという約束で......日本人に準じる権利を様々に与えられ」たわけではないのである。

 その証拠に、日韓条約締結後も、在日コリアンに対するさまざまな差別は温存された。1965年といえば、法務省の池上努氏が在日外国人を評して「権利はない」「追い出すことはできる」「煮て食おうが焼いて食おうが自由」だと表現した年である。いくつかの例外的な措置を除けば、外国籍者に基本的人権すらも認められていなかった時代の話だ。いったい、何をもって「日本人に準じる権利を様々に与えられ」たなどといえたものか。

 ねえ宮台さん。「2世までという約束で基本的には国籍を取っていないのに日本人に準じる権利を様々に与えられ」たという発言を裏付ける歴史的事実が何か一つでもありますか。特に、2世が活躍するようになった1965年から1981年までの間、「日本人に準じる権利」と呼べる「約束」なるものが、何かありましたか。ぜひとも、証拠を示してほしいもんです。

2. 歴史問題を矮小化する傲慢

 宮台氏は「在日のなかで強制連行されてきた方というのはごく一部で、大半は一旗上げにやってきた人達なんですよ」という。

 なるほど、それは《ウソ》とは言い切れない。いわゆる強制連行で日本に渡ってきた在日一世の男性は2割程度だと推定されている。逆に言えば、8割は出稼ぎだ。したがって、ミクロな次元では、「一旗上げに」海を渡ったケースも当然多かったろう。

 だが、日本が朝鮮半島を植民地支配した36年の間に、朝鮮半島からは膨大な人口が半島外に流出した。植民地支配のプロセスで、伝統的な社会秩序と経済基盤が崩壊したためである。そうしたマクロな社会状況に言及することなく、ミクロな次元でのみ捉えようとするのは公正な視点とはいえない。

 社会学では、こうしたマクロな社会状況の影響で生じた社会移動を「強制移動」と呼ぶ。純粋に自発的な意思で移動したと推定される移動(「純粋移動」)とは区別して分析するためだ。宮台氏も、社会学者である以上、そうした用語法と分析視角についてまったく知らなかったということはあるまい。

 おそらくは、意図的に、在日コリアンの歴史を、ミクロな次元に矮小化しようとしたのであろう。そのことについて、倫理的な問題を責めようとは思わない。だが、少なくとも社会学者として、恥ずかしいとは思わないのかね?

3. マイノリティの生き方を決め付ける傲慢

 ぼくはかつて、「在日コリアンに地方参政権の門戸を開くかどうかというのは《日本人の問題》だ」と書いた(外国人の地方参政権 #1)。すなわち、日本で生まれ育ったにもかかわらず意思決定に参加できない者がいるということを不正義だとみなすか、それとも、「ガイコクジン」だから仕方がないと排除するか、それを責任を持って決めるのは日本人の課題だということだ。

 議論のうえで、やはり外国人には意思決定に参加させられないというのなら、(参政権が認められないことではなく隣人として受け入れられなかったことが)たいへん残念ではあるが、一つの結論として重く受け止めよう。

 だが、「参政権を求めるのであれば国籍を変えていただきたい」などと、マジョリティの知識人が、マイノリティの生き方に口を挟む暴力を、ぼくは許すことができない。

 かりに、宮台氏が「特別永住者には無条件で日本国籍を選択できるようにすべきだ」という言論を同時に展開しているのであれば、まだロジックとしては理解できる。だが、参政権がほしければ頭を下げて仲間入りを請えといわんばかりの一方的な放言を、けっして認めることはできない。

 宮台氏はこうもいったらしい。「日本人のネットワークをそれなりに頼っている人間が増えたのに、まだ4世、5世にも特権を与えるのが続いているのはおかしい」。

 なるほど、「おかしい」だろう。「3世以降になっても外国籍のままであるのはそれ自体が人権侵害である」との主張により国籍法を改正した国もあるほどだ。それを、外国籍のまま放置した旧宗主国の責任を問わず、一方的に「在日特権」呼ばわりするとは、宮台氏の認識こそ「おかしい」のではないか? 

 なお、私が日本の国籍を取得しないのは、「帰化をすればエスニック・アイデンティティに瑕がつく」からではないことを申し添えておく。

4. 「国際標準」を語る愚かさ

 宮台氏は、「国籍とエスニック・アイデンティティを分けて考えるのが国際標準」であるという。ほお、ずいぶんと世界のエスニック・マイノリティについて詳しいらしい。宮台氏にそんな研究業績があったとは知らなかった。

 確かに、国籍とエスニック・アイデンティティが独立しているケースは少なくない。出生地主義の国籍法を持っている国では概してそういう傾向がある。だが、国籍が移民のエスニック・アイデンティティに重要な役割を果たしているケースも少なくはない。「世界標準」などと乱暴に一般化できるようなものではないのである。というより、これだけ複雑で微妙な問題を「世界標準」などと一般化してしまうことで、自らの無知をさらけ出しているも同然である、とぼくは思いますがね。

5. 簡単ならやってみるがいい

 宮台氏は、「在日韓国・朝鮮人については国籍取得が容易」だという。ぼくには日本国籍を取得した在日コリアンの知人もいるが、「容易だ」などという人にはお目にかかったことがない。

 そんなに「容易」だと思うなら、宮台氏自身がやってみればいい。一度、日本の国籍を離脱した上で、再度、日本国籍を取得してみなさい。元日本国籍者は、在日コリアン以上に、日本国籍取得が容易らしいですよ。

 その上で、本当に「容易」だったというのなら、あらためてあなたの発言を評価することにしよう。

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【3月30日追記】→「その後の顛末」へ

差別には2つの次元がある

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 「差別には2つの次元がある。」

 これは、差別研究の分野では、誰もが知っている常識、定説の一つといっていいでしょう。

 つまり、差別には、「序列化」と「差異化」という2通りのロジックがある。その結果、差別事象は「格差づけ/見下し」と「異化/排除」という2通りの次元で表出する、ということです。

 差別のこの2面性をしっかり理解しておかないと、具体的な事象を観察しても、その差別性を認知することが難しくなります。片方の次元にのみ注目していると、もう片方の次元で現れた差別を見落とすことになってしまうわけです。

 以下、もう少し詳しく説明していきます。

1. 序列化のロジック

 (1)ある集団に帰属する者を、「われわれより劣った者だ」とみなす。そして、(2)「あの人たちは劣っているのだから不利な扱いを受けても仕方がない」と考える。これが序列化のロジックです。このロジックに沿った差別的な考え方の具体例をいくつか示しましょう。

    • 女は論理的思考能力という点でわれわれ男性に劣る。大事な仕事を任せられず、昇進が抑えられても仕方がない。
    • 黒人は知能においてわれわれ白人に劣る。奴隷として白人に奉仕するのは神が定めた摂理だ。
    • 朝鮮人は誠意においてわれわれ日本人に劣る。入居にあたって、日本人の3倍の保証金を納めてもらうのは当然だ。

 ようするに、特定の社会的カテゴリーに所属する人を「劣っている」と決め付け、侮辱し、一方的に攻撃する。そして、資源を奪ったり、資源の入手を制限したりする。また、資源の分配に不平等を持ち込んだりする。そして格差が固定すると、「ほら劣っている」と見下しが改めて強化される。そうした一連のプロセスとしてあらわれる差別の次元を、序列化のロジックと呼ぶわけです。

 さて、序列化のロジックについては、どちらかというと、直感的にわかりやすい面があると思います。

 なぜなら、多くの場合、序列化のロジックには偏見をともないますし、侮辱や不平等など差別に付随しがちな現象も観察されやすいからです。(ただし、偏見を持っている人は、自分が偏見を持っているという事実になかなか気づかないというのは、よく知られた事実です。)

 結果として、「差別」だと認知しやすいし、「差別」だとクレイムを付けやすい。逆にいうと、「差別ではなく区別だ」と反論しにくい。

 それに対して、次に紹介する差異化のロジックは、直感的には少々わかりにくいかもしれません。

2. 差異化のロジック

 (1)ある集団に帰属する者を異質だとみなす。そして、(2)忌避したり、関係を絶ったり、資源を共有するための集団や組織から排除したりする。 これが差異化のロジックです。このロジックに沿った差別的な考え方の具体例をいくつか示しましょう。

    • 部落の奴らはおれたちと身分が違う。結婚するなんてもってのほかだ。おれたちが管理している山で薪を採るなんて泥棒だ。おれたちと同じ場所で働くなんて許せない。
    • 女は子どもを生み育てる性であり、企業は男の世界だ。外で働くのは男にまかせて、女は家庭内で家事や育児をするのが合理的だろう。専業主婦はむしろ女の天職だ。
    • 朝鮮学校に通う生徒は他の児童とは違う。外国人だし、独裁者崇拝の洗脳教育を受けている。同じ大会に出場するなんて許せない。ましてや、ウチの県の地域代表になるなんておかしい。

 さて、どうでしょう。「なるほど、これらは差別的な考え方だな」と感じましたか? むしろ、今の日本だと、一番下の例に対しては共感を示す人も少なくないかもしれませんね。「嫌いな奴らと付き合いたくないというのが、なぜ『差別的な考え方』になるんだ」と。

 差異化のロジックに差別性を与える要件は、「排除」にあります。見下しの感情があろうとなかろうと、偏見を持っていようとそうでなかろうと、ある社会集団のメンバーを重要な機会から恣意的に排除すれば、それは「差別」だというクレイムの対象になります。

 しかし、差異化のロジックは、序列化のロジックとは違って、見下しや侮辱のようなわかりやすい「悪意」を伴わないことも少なくないため、「差別」だと直感的には認知しにくい面があります。だから、「差別」だというクレイムを受けても、「いや、差別ではなく区別だ」という反論が必ず出てきます。また、その反論に同調する人が少なからず出てきます。差異化のロジックの差別性は、どうにもわかりにくい。

 ジム・クロウ法制期のアメリカ南部においては、「黒人がバスで座ってよいのは後部座席だけ」という規定がなぜ「差別」と訴えられているのか理解できない人が多かった。単に隔離しているだけであって、差別じゃない。お互い不愉快だから、ただ区別しているだけじゃないか、と。

 同様に、選挙人登録の際に識字テストを行う規定(教育から排除されて識字率の低かった黒人から実質的に参政権を奪う仕掛け)についても、当時は「差別」だという訴えがなかなか認められなかった。市民として最低限の知性を要求しているだけであって、別に黒人を差別しているわけじゃない、と。

 国交のない北朝鮮を支持している朝鮮学校はカリキュラムを公式に確認できないから、無償化から除外する。形式的な問題であって、別に朝鮮学校を差別しているわけじゃない、というのも同じロジックですね。違法な人権侵害であることは明白なのに、その差別性がなかなか理解されない。

 しかし、わかりにくいならばなおのこと、ある社会集団のメンバーを重要な機会から恣意的に排除するようなことがあれば、それは「差別」ではないかと疑ってかかるべきでしょうね。後年、「あいつはひどい差別主義者である」との糾弾を受けるかもしれませんよ。

橋下発言にみるVictim blaming

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 差別研究には「victim blaming」(犠牲者非難)という有名な概念があります。ウィリアム・ライアンという心理学者が1971年に提起した言葉で、差別や犯罪などのつらい被害をこうむった人に対して、「あなたに(も)落ち度があったからだ」と非難する行為を指します。

 日本語ではvictim blamingをきちんと説明した文献がたいへん少ないので、あまり知られていませんが、池田光穂さんが「医療人類学辞典」の中で簡単に説明してくれていますので、まずは参照してください(→犠牲者非難)。差別や犯罪の被害にとどまらず、病気や事故などとても広範なつらい体験に対して観察される現象だということが理解できると思います。

 もちろん、先頭車両に乗っていて衝突事故で怪我をした人に向かって、「一番前なんかに乗るからだ」と責める行為にいっさいの合理性はありません。原因不明の病気に罹った人に対して、「日ごろの行いが悪かったせいだ」などと非難するのはナンセンスです。犯罪だって、悪いのは犯人であって、被害者を責めるのはお門違いというもの。victim blamingは非合理的な心理現象です。

 非合理的であるにもかかわらず、なぜ、victim blamingは起こるのか? victim blamingの発生要因についてはいくつかの仮説が提起されています。

 例えば、「世界は正しいと信じたい仮説」。世界は合理的で公正だと信じたい人は、非合理的、偶発的に被害が発生する状況を受け入れることができない。それで、「きっと被害者側に自業自得といえる理由があるに違いない」と考えることで自分を納得させようとする、という仮説です。

 他に、「傷つきたくない仮説」というのもあります。これは性犯罪を例にとるとわかりやすいのですが、「性犯罪の被害にあうのは、みだらな服装をしたり、ふしだらな行動をする女だけだ」と思い込んでしまえば、そういう服装や行為を避けることによって、自分は性犯罪の被害には会わないという安心感に浸ることができる、という仮説です。被害者を特別な存在だったとして攻撃することによって、自分が同じように傷つく可能性を否定したいのだ、ということですね。

 なお、「差別する傾向のある人は差別の存在を認めない傾向がある」の中で、差別者扱いされたくない人がvictim blamingをするのだと書いたのは、これらの仮説を応用したものです。

 どの仮説が正しいにせよ、問題を過剰に個人のせいにしてしまうという人間心理の基本的な特性(根本的な帰属の誤り)に基づいている以上、victim blamingの発生を抑制するのは容易ではありません。victim blamingができるだけ発生しないように各人が気を配り、発生してしまったときには周囲の人々が丁寧に非合理的であることを説得するしかありません。

 しかし、ことが権力者による意図的な発言となれば話は別です。たとえ周囲の人々がミクロなレベルで修正したとしても、その言葉のマクロな影響力は制御のきかない状態で広まってしまうからです。

 朝日新聞が3月10日に報じたところによると、大阪府の橋下知事は、「不法な国家体制とつきあいがあるなら、僕は子どもたちを取り戻し、ちゃんと正常な学校で学ばせる。そうしないと朝鮮の皆さんに対する根深い差別意識が大阪府からなくならない」と語ったそうです。

 これは典型的なvictim blamingです。なにせ、差別の原因が差別される側にあると語っているわけですから。

 たとえ朝鮮学校が知事の要請にこたえていくつかの改革をしたところで、大阪から朝鮮人に対する「根深い差別意識」はなくならないでしょう。なぜなら、朝鮮学校のあり方は、差別意識の原因ではないからです。橋下知事の発言がいかにナンセンスであるか、その一点をとっても理解できるはずです。

 この種の発言は、人種差別を扇動する行為として法的に禁止している国がたくさんあります。違法ではなくとも、例えばオーストラリアでは、そうした発言を繰り返したポーリン・ハンソンが所属政党から公認されず、事実上、政界どころか国を追われました。

 権力者がvictim blamingをやって何のお咎めもなく許されてしまうというのは、世界の価値基準からいって、たいへん恥ずかしい状況なのです。

 日本では、マスメディア関係者を含めて、朝鮮学校が否定的に扱われるのは仕方がないと思っている人も少なくないようですが(「橋下府知事の発言をめぐる諸問題」参照)、その状況自体が差別的であるということに気づくのはいつのことでしょうか。

卒論の思い出

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 昨日のエントリーを書いていて、ずいぶん昔に書いた卒業論文の「あとがき」を思い出しました。あまりにも気恥ずかしいのでやめようかなとも思いましたが、ちょっと思うところがあって、あえて公開することにしました。

 職業としての学問に着手したばかりの22歳の在日青年が、何を考え、どういう気持ちでエスニシティを研究テーマに選んだのか、一つのサンプルとして(できれば笑わずに)お読みください。

(BLOGOSさんへ事務連絡:本稿は転載不可です)

************ここから*************

 かつて両親が総連系の運動を支持していたこともあり、私は小学校教育の多くを福岡市にある民族学校で受けた。民族教育の甲斐あって、当時は生活の中にあるあらゆる民族的なものに対して絶対的な価値を感じとっていたものである。しかしその後のより高等な教育は日本の学校で受け、日本の友人とともに思春期を学ぶうちに、ちょうど日本人の若者が日本民謡や演歌に対して抱くものと同様の感覚でもって朝鮮の歌を聴くようになり、ついには「朝鮮」という言葉そのものになにかしら古くさく因習的で、克服すべきなにものかであるような語感が付けくわわるようになった。

 私の高校三年生は、この89年と同じく革命ラッシュであった。韓国ではオリンピックを目前にして全社会構成員的なデモがくり広げられ、フィリピンでは2月革命が一応の勝利をあげた。どちらの場合も独裁者は因果の報いを受け、隠遁の生活を余儀なくされるようになった。それをテレビでみていた私はといえば、まあ日本の報道の性質にも大きな問題はあったと思うが、フィリピンの民衆蜂起に対して全身を震撼させ心を高揚させる一方、韓国の学生・市民運動については「またやっているのか」といった程度の冷めた失望感しか感じえなかったのである。

 また高校時代といえば、ひも解いた本の中で一番こころに残っていたものは知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』の序にこう書いてあったことである。「愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言葉、言い古し、残し伝えた多くの美しい言葉、それらのものもみんな果敢なく、亡びゆく弱きものとともに消失せてしまうのでしょうか。おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います。」同じ頃、「朝鮮」や「在日」という言葉のついたものには興味を示しさえしなかったのにである。

 とはいうものの、人格形成期に受けた民族教育のおかげか、転校後の小・中学校で下劣な輩に浴びせられた罵倒語への反感によってか(これはいまもって消え失せることはない)、あるいは日頃の会話の中で日本人の友人達によって発せられる無意識的な差別発言によってか、いずれにしても「日本」への愛着は進まず、また「朝鮮」に対する呪詛も捨てきれはしなかった。

 そういった私の歪んだ民族感情が、再び呼び覚まされ意識にのぼるようになり、すこしずつはっきりと形をあらわにしていったのは、学生組織で精力的に活動を行っている同胞の友人達や誠意ある日本の友人達との、たゆまない議論と対話におかげをこうむっている。

 はたしてこの論文は、同胞社会への、そしてひいては人類的な倫理社会への貢献を目指したものであるということもさることながら、自らの呪詛を清算し自らを再び問いなおす意味をもったものでもある。

 前者の意図がどこまで達成されたかは非常にこころもとないが、後者については、一つの形あるものを著すきっかけとなってくれた友人諸氏にお礼を言いたい気持ちでいっぱいである。

 朝まで議論を尽くしてくれた友人、面倒な調査に協力していただいた方々、草稿の一部を熱心に目を通していただいた先輩方に、この場を借りて心からの感謝を捧げさせていただきたい。

 1月末、鳩山総理大臣の施政方針演説は、「いのちを、守りたい」という印象的なフレーズが多用されたことに注目が集まりました。その一部を引用します。 

 いのちを、守りたい。
 いのちを守りたいと、願うのです。
 生まれくるいのち、そして、育ちゆくいのちを守りたい。
 若い夫婦が、経済的な負担を不安に思い、子どもを持つことをあきらめてしまう、そんな社会を変えていきたい。未来を担う子どもたちが、自らの無限の可能性を自由に追求していける、そんな社会を築いていかなければなりません。
(中略)
 差別や偏見とは無縁に、人権が守られ基礎的な教育が受けられる、そんな暮らしを、国際社会の責任として、すべての子どもたちに保障していかなければなりません。

 演出過多を斜に構えて批評する向きもありましたが、演説内容そのものは高邁な理念の表明だと感じた人も少なくはなかったでしょう。しかし、今、この演説が壮大なハッタリにすぎなかったと証明されるかもしれない出来事が進行中です。高校教育の実質無料化策から朝鮮学校を除外する方針のことです。

 社会学には、「差別とはライフチャンスの不当な格差である」 という定義があります。ライフチャンスとは、 生きていくために社会的資源を利用する機会のことです。それは結果として、健康に生きる可能性のことをも意味します。

 無償の中等教育機会は、それ自体がきわめて重要な社会的資源です。学歴の有無を通じて、就業機会や生涯賃金といったより大きなライフチャンスの格差が生じるためです。高校実質無償化の対象から朝鮮学校を除外するということは、朝鮮学校に通う子どもたちの生存機会を奪うということを意味する、と社会学者は考えます。

 いうまでもなく、それは朝鮮学校に対する差別政策です。

 先月末、ジュネーブで開かれた人種差別撤廃委員会の対日審査で、朝鮮学校を授業料無償化法案の対象外にする動きに複数の委員が「差別だ」として疑念を表明する一幕もありました。日本弁護士連合会をはじめ、複数の弁護士会から違法性の高い人権侵害だと批判する会長声明も出されました。

 朝鮮学校のみを無償化対象から除外することは、差別以外の何ものでもありません。朝鮮学校に通う子どもたちの、いのちの可能性を奪う政策です。鳩山首相の施政方針演説とは、けっして相容れるところがありません。

 むしろ、理念が高邁であるだけに、差別政策がよけいに汚らしく見えるだけです。しかも、「国交がないので教育内容が確認できない」といった欺瞞を構築してまで、差別だという批判を回避しようとする姑息な態度がよけいに卑劣に見えるだけです。

 朝鮮学校を対象に含めるかどうかの判断は先送りになる公算が高まっているようですが、もし、最終的に差別政策を採用するなら、鳩山首相は施政方針演説を撤回するべきでしょう。そして、「いのちを、守りたい。ただし、朝鮮人は除く。」と修正するべきでしょう。権力を持ってマイノリティのいのちの可能性を奪うのなら、せめてその倫理的責任を引き受けるべきでしょう。

 このところ学術的な観点からのエントリーが続いていたけれども、この問題を批判しないわけにはいきません。あまりにもネガティブな感情が強すぎて、これまでどうしても冷静に論じることができませんでしたが、そろそろ執筆する準備ができたように思います。

 何の話かといえば、高校教育の実質無償化政策から朝鮮学校を除外する案について、大阪府の橋下徹知事のレイシスト発言っぷりが際立っています。今回のエントリーでは、彼の発言の何が「問題」なのか、下記のテーマに沿って論じていきます。

    1. 他のどこでもない大阪府の知事であることにより発生する歴史問題
    2. 法律家でありながら超法的政治手法を利用するポピュリズム問題
    3. 以上を報道しない日本マスメディアのレイシズム問題

1. 大阪の歴史問題

 この問題については、すでに優れたエントリーが書かれています。日朝国交「正常化」と植民地支配責任というブログの最新記事、橋下府知事を朝鮮学校に入れるべきではない――朝鮮学校と高校「無償化」問題6です。まずはお読みいただきたい。

 リンク先のエントリーで述べられているのは、「阪神教育闘争」として知られる事件です。平和的デモに対して警官が発砲し、16歳の死者まで出したこと一つをとっても、戦後日本の民主主義の歴史に残る最悪の汚点の一つといってよいでしょう。

 大阪府は、在日コリアンの民族学校を弾圧した歴史的事実に対して、倫理的な責めを負うべき立場です。橋下知事はこの事件を知っていたはずですし、仮に知らなかったとしても、朝鮮学校を無償化対象から除外する議論が始まったときには知ったはずです。にもかかわらず、橋下知事には一切の反省がないどころか、逆に弾圧当時と同様のロジックで朝鮮学校を追い込もうとしている。知事の権力をもって、在日の子どもたちに踏み絵を強要しようとしている。

 橋下知事には、民主主義を守ろうという精神的基盤が欠落しているとしか考えようがありません。

2. ポピュリスト問題

 純粋な法律論からいえば、朝鮮学校だけを無償化対象から除外するのは不可能に近いはずです。ぼくが素人法律論を振りかざすより、日本弁護士連合会「高校無償化法案の対象学校に関する会長声明」から一部引用するほうが早いでしょう。

朝鮮学校に通う子どもたちが本法案の対象外とされ、高等学校、専修学校、インターナショナル・スクール、中華学校等の生徒と異なる不利益な取扱いを受けることは、中等教育や民族教育を受ける権利にかかわる法の下の平等(憲法第14条)に反するおそれが高く、さらには、国際人権(自由権・社会権)規約、人種差別撤廃条約、子どもの権利条約が禁止する差別にあたるものであって、この差別を正当化する根拠はない。

 これらの法律の壁を、橋下知事は「不法国家の北朝鮮と結びついている朝鮮総連と関係があるなら、税金は投入できない」というロジックで強引に突破しようとしているわけですが、法律論としては何重にもムリのある話です。知事もそのことはおそらく承知で、だからこそ、北朝鮮と朝鮮総連を一体的に暴力団やナチスにたとえたりしながら、このロジックを政治的に正当化しようとしているわけです。悪しきポピュリズムの典型的な手口。

 この点についても、Arisanのノートに、「大阪府知事はナチスと同じ」という優れたエントリーがすでに書かれています。ぜひお読みください。

国内の少数者を恫喝し、繰り返し傷つけることで大衆的人気の獲得を図っているという点では、まさに橋下徹とい政治家こそ、ナチスとヒトラーの名にふさわしいではないか?

 この一文に端的に表現されていますが、ナショナリズムと結託したポピュリズムが排外主義に走るとき、きわめて危険な政体が生まれます。ナチスはその代表格。

 くどいですが、橋下知事には、民主主義を守ろうという精神的基盤が欠落しているとしか考えようがありません。

3. マスメディアのレイシズム問題

 ところで、「ナショナリズムと結託したポピュリズム」の危険性に絡んで、よくヨーロッパの「極右政党」や、ハイダー、ル・ペン、グリフィンといった「極右党首」たちの言動が否定的に報じられてきました。

 日本のマスメディアが「極右」といってこれらを批判する欺瞞については、もうずいぶん言い尽くされている感もありますが(例えば森達也・森巣博『ご臨終メディア』集英社)、それでも一向に事態の改善が見られない以上、何度でも繰り返し批判されるべきことでしょう。

 橋下知事の一連の発言については、各紙とも論評を加えずに淡々と紹介するスタンスに徹しているようです。人気政治家の発言に賛否を表明して攻撃を引き受けるのは怖いということなのでしょう。言論の責任を回避する姿勢は、まさしくご臨終メディア。しかし、不法な人権侵害をポピュリズムの手法によって正当化しようとしている権力者がいるとき、それに対抗するのはマスメディアのもっとも重要な役割ではないでしょうか。

 マスメディアが批判の届かない安全な場所に逃げている間に、朝鮮学校に通う子どもたちは、知事の発言に誘発されたヘイトクライムの犠牲になるかもしれない。杞憂ではありません。過去に何度も実際に起こったことです。にもかかわらず、マスメディアは、子どもたちを責任回避の盾にしながら、逃げている。

 なぜこのような事態が生じているかといえば、ようするに、マスメディアに関わる人々が、「知事の発言にも一理ある、だから朝鮮人の子ども達が犠牲になっても仕方がない」、という発想を否定していないためでしょう。なんたるレイシストぶりか。

 日本のマスメディアには、民主主義を守ろうという精神的基盤が欠落しているとしか考えようがありません。

差別をめぐる2種類の過誤

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 「差別は客観的に定義できるか」から「差別問題の構築事例」まで、4回連続で差別の定義をめぐる議論を紹介してきました。

 現時点では、「われわれカテゴリーの恣意的な動員」に注目する佐藤裕さんの定義と、坂本佳鶴恵さんを筆頭とする社会的構築主義的な定義に、いろいろと有利な点が多いといえます。前者は差別する側の視点から差別を捉えることに成功していますし、後者は差別問題が生成されるダイナミズムをうまく記述することができる。しかし、それぞれ一長一短がありますので、決定版といえるような定義はまだ存在しない、と表現することもできます。

 それは、言い換えると、何が差別で、何が差別でないのか、という問に答えることは、けっして簡単なことではない、ということです。今回は、それを前提として、議論をひとつ提起しておきます。

 タイトルは、第1種の過誤と第2種の過誤です。

 推測統計学の世界には「第1種の過誤」と「第2種の過誤」という言葉があります。前者は真実を見落としてしまうこと、後者は誤りを見過ごしてしまうことです。

 例えば、ある公害による病気の被害認定が争点になるとき、(a)その公害による病気の典型的症状がほとんどすべてそろっていること、(b)その公害による病気の重要な症状の一つ以上があること、の二通りの基準があるとしましょう。(a)の立場をとれば、経験的にいって「被害者」は実際の被害よりも確実に少なく見積もられることになります。これが、第1種の過誤です。(b)の立場をとれば、「被害者」が実際の被害よりも多く見積もられる危険性を否定できません。これが、第2種の過誤です。

 別の例を出すと、法曹界には「疑わしきは罰せず」という基本ルールがあります。これは、絶対に第2種の過誤(=冤罪)が起こってはならないというスタンスによるもの。一方で、医療界には「疑わしければ再検査」という基本ルールがあります。これは、絶対に第1種の過誤(=病気の見落とし)があってはならないというスタンスによるもの。

 ある事象が差別にあたるかどうかを考えるとき、どちらのスタンスが適切だと思いますか?

 おそらく、差別と聞けば加害者だけが懲らしめられるべきだと考える人は、法曹界のスタンスを採用するでしょう。自分が「差別者」という冤罪を着せられると困りますからね。

 一方、差別と聞けば被害者をサポートすべきだと考える人は、医療界のスタンスを採用するでしょう。なぜなら、今はまだ世間に知られていないだけで、将来的には「差別」だと広く認められるようになる事象によって被害を受けているのかもしれませんからね。

 「差別する傾向のある人は差別の存在を認めない傾向がある」に書いたのは、この両スタンスの違いのことです。また、この両者の判断のグラデーションを、「差別の存在を認めない傾向とは」で紹介した表の中に確認することができます。

 繰り返しますが、ある事象が差別にあたるかどうかを考えるとき、どちらのスタンスが適切だと思いますか?

 ぼく個人の見解を述べるなら、医療界のスタンスのほうが適切だと考えます。なぜなら、(1)医療界のスタンスを採ることによってマジョリティがこうむるデメリットと、法曹界のスタンスによってマイノリティがこうむるデメリットを比較したとき、後者のほうが甚大だから、(2)マジョリティ側が医療界のスタンスを採るという姿勢を持たないかぎり、被差別のクレイムはなかなか通らないから、(3)加害を罰するよりも被害の救済のほうが実質的に重要だから、です。

 ぜひ皆さんも、どちらのスタンスを採るべきか、その理由は何か、について考えてみてください。

差別問題の構築事例

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 前回のエントリー「差別と政治、差別の政治」は、社会的構築主義のスタンスから差別を定義したらどうなるか、というテーマでした。

 具体的にいえば、現在はまだ「差別」だとみなされていない事象でも、クレイム申し立ての運動によって「差別だという共通理解」を広げられれば「差別問題」を構築できる、という話です。あるいは、現在はまだ「道徳」の課題だとみなされている差別問題も、運動の方向次第では「犯罪」として法的処罰の対象に加えられる可能性がある、という話です。ですから、差別問題に実践的に関わっておられる方々からすれば勇気の出る説明様式だろうと思います。

 また、学術的にも、「不当性」の難問から逃れられることが理論面での大きな強みといえます。僕自身の学術的なスタンスとはイマイチ相性が悪いのですが、それでも、特に社会問題の発生を説明するときは、社会的構築主義の有効性を認めないわけにはいきません。構築主義的なアプローチを用いなければ、とうてい説明の付かない現象が無数にある、ということもできます。

 ただ、難点がないわけでもありません。

 一つ目の難点は、クレイムが広く認められる前の段階では、その差別の存在を説明できない、ということ。これはどちらかというと純粋学問的な問題なので、説明は省きます。

 二つ目の難点は、いわゆるアイデンティティ・ポリティクスの問題。まぁ、これは構築主義の問題ではなく、構築主義の切り口が鋭かったために浮き彫りになった問題点、というべきなので、同じく省略。

 三つ目の難点は、正当/不当という客観的要件を説明の枠組みに含まないため、ある事象をめぐって差別かどうかがリアルタイムで争われている段階では、その論争にまったく寄与することができないということ。「不当性」の難問から逃れられるという強みは、同時に弱みでもあるのです。

 この難点を回避するため、坂本佳鶴恵さんは、前回紹介した著書の中で、差別だというクレイムがあればそれは差別なのだ、といった内容の書き方をしていた箇所があったような気がします(構築主義プロパーの方はまずこういう書き方をしないと思いますが、逃げ道があるとすれば、やはりそこしかないでしょう)。こういう考え方に立てば、少なくともクレイムが発生すれば、それがまだ社会に広く支持されていなくとも、「差別」だと規定することはできる。

 しかし、これは新保先生の定義と同じで、識別性が低すぎます。訴えがあればなんでも「差別」ということだったら、逆差別の訴えすら「差別」ということになってしまう。構築主義は価値中立ですから、差別撤廃運動からのクレイムも、歴史修正主義からのクレイムも、同じ枠組みで捉えます。

 構築主義は自明視されている因習を相対化したり、実践的なダイナミズムを記述したりするのに有効ではありますが、反差別の実践そのものには残念ながらあまり役に立たないのですね。

  たとえば、前回も例に出した朝鮮学校の高校無償化除外問題を考えてみましょう。

 (1)朝鮮学校だけを除外するのは差別だという異議申し立て(クレイム)が起きる、(2)クレイムが周囲に影響を与える。例えば、差別か差別でないかといった論争が広がる、(3)論争を経て、クレイムは正当だという理解が広がり、朝鮮学校除外は「差別」だと理解されるようになる。もしくは、除外は問題なしとはいわないまでも合理的だという理解が広がり、朝鮮学校除外は「仕方がない」と理解されるようになる。(4)さらに別のクレイムの発生に続く。

 今はちょうど構築主義的なプロセスが進行中で、上の段階でいえば2の途中にあります。

 クレイムの内容は:

「朝鮮学校だけを除外する根拠がない。差別だ」
「子どもを人質にとる卑劣な政策だ」
「子どもの権利条約、人種差別撤廃条約に抵触する人権侵害だ」

 クレイムへの反論は:

「制裁措置をやっている国の国民だから除外して当然」
「北朝鮮という国は不法国家。関係する学校とか施設とかはお付き合いをしない」
「反日教育に何で日本人の税金を使うの?」 

 現時点ではどちらが優勢になるか、まったく予断を許しません。構築主義は、このどちらの立場にとっても、自説を補強する材料にはまったくなりません。坂本さんがいうように、差別問題をめぐっては、つねにこの種の論争(差別か、差別でないか)が発生しますので、構築主義がいかに役に立たないか、理解できると思います。

 ただ、構築主義の立場からいえることが一つあります。トラブルが発生しないかぎり、人々はそこに問題があることにすら気づきません。トラブルこそ社会問題の所在を示すのです。

 これまでにも、朝鮮学校だけを行政サービスの対象外とする措置はたくさん採られてきたにもかかわらず、今回ほど話題になったことは少ない。今回はわかりやすい人権侵害の構図であったおかげか、大きなトラブルになっているわけです。その結果、良くも悪くも、朝鮮学校に関心を持つ人が増えている。

 朝鮮学校からのクレイムを支持する人々にとっては、いま現在は不愉快だし、少ない資源を動員しながら論争を有利に導く活動もしなければならないけれども、おそらく、この「トラブル」は、先々、必ずしも悪い方向には振れないだろうと思います。

差別と政治、差別の政治

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 前回のエントリーでは、実践面からいえば、どういう行為が「不当」なのかについての議論を国会と裁判所に丸投げしてしまうのも一つの合理的な解決策だと紹介しました。合理的というより、それ以外に方法がないといいますか。

 しかし、実をいうと、「机上の空論とはこのことか!」と謗られてもしかたがない暴論だと、ぼくは思っています。佐藤さんの議論は、学術的には美しいんだけど、いつも実践面が弱いんだよなぁ。

 だって、人権侵害の被害を回復したり、被害の発生をなくしたりするのが実践的な目標ですよね。人権侵害かどうかの判断を国会や裁判所に丸投げしたうえで、その目標が実現されるためには、国会や裁判所が人権侵害をしないという前提がなければなりません。でも、ぼくの知るかぎり、国会も裁判所も、少なくともぼくの判断では、たくさん人権侵害を重ねてきましたからね。とてもそんな信用はできないわけです。差別と政治というのは、どうもウマが合わない。

 そんなコメントが付かないかと半ば期待してネットを見ていたのですが、残念ながら(?)、そういう厳しいのは今のところありませんね。学者の言いなりじゃ、差別の巧妙さに抵抗なんてできないよ。

 例えば、中井洽拉致問題担当相が朝鮮学校を高校の実質無償化の対象外とするよう求めている。そして、今の時点では、鳩山首相もそれに反対してはいません。でも、朝鮮学校だけを除外するというのは、いくつかの法的な人権侵害の定義に抵触する話です。まだ議論の途中であるにもかかわらず、すでに国連の差別撤廃委員からクレームが付いていますね。もし、中井大臣の提案の通りに実施されることになれば、当然、訴訟が起こるでしょう。

 ところが、その種の訴訟で、マイノリティの訴えがなかなか通らない。なぜなら、日本の法律は、人権侵害の被害者をサポートするようには、作られていないからです。...ちょっと言いすぎかな? でも、そう思われても仕方がない面が多々ある、とは明言していいでしょう。

 実践面に期待して国会や裁判所に任せても、少なくとも現状では、実践的な答を得られない可能性が高い。とすれば、「人権侵害」の客観的定義を国会や裁判所に任せるというアイディアは、実質的にはあまり意味がないということになりかねません。

 では、何か代替案はないのか?

 つまるところ、差別とは政治です。政治といっても、議員の仕事の話ではありませんよ。社会学者にとっての政治とは、何が正しいのかをめぐるすべての争いのことです。(国会でやっているアレと間違いやすいので、こういう意味での政治をカタカナでポリティクスと書いたりもします。)夫婦の口げんかも政治なら、政策をめぐる世論も政治。裁判官だって世論を無視できない以上、法の運用もやはり政治の問題です。

 ある事象について「不当」であるという訴え(差別だ!)が、それを無視したり(考えすぎじゃない?)、否定したり(それが差別なら何でも差別になっちゃうよ)する多数派の声をかき消すことができれば、訴えのあった事象が世間の「不当なものリスト」に書き加えられていく。逆に、多数派の声にかき消されてしまえば、「不当」だとは認めてもらえない。こういう、一連のダイナミズムを、「差別の政治」と表現します。

 社会的構築主義の立場から、「差別の政治」に取り組んだ好著に坂本佳鶴恵『アイデンティティの権力―差別を語る主体は成立するか』(新和社)があります。坂本さんは、「差別という実態的現象が存在し、つねにその存在については指摘できるかのように考え」ることは誤りだといいます。客観的には規定できないというわけです。なぜなら、「何が差別であるかは社会的に共有されているわけでは...中略...ない。差別という現象はある事柄を差別とする人々がいるのに対し、差別でないと主張する人々がいるということに問題の根本がある」からです。

「同一社会内で一致すると想定されている異質な規範間のずれが、成員により告発されあらわになった、社会現象である」

 これが坂本さんによる差別の定義。 「およそ差別というものに共通の原因など存在しない」という坂本さん(というより構築主義)ならではですね。要するに、(1)差別だという訴えがなされ、(2)そういう訴えがあったと広く知られるようになったものが「差別問題」だ、ということになります。

 構築主義は、「差別の政治」のようなダイナミズムを描写するうえで、きわめて強力な説明枠組みを提供してくれます。構築主義ならではの弱点もあるのですが、この立場によって初めて説明可能になる事柄は少なくありません。

 例えば、不当性の問題も、これによってある程度決着が付きます。ラフにいえば、「何が不当なのか」→「不当だと訴えのあったこと」というわけです。

 つまり、現時点ではまだ表面化していない規範のズレ(例えば常識と実感のズレ)があるとしましょう。誰かがそれを差別だと訴え、その訴えに広く注目が集まるようになれば、今後はそれが差別問題の一つに数えられるようになっていく。だから、客観的に不当性を規定しようとしても意味がない。むしろ、不当性をめぐる政治に注目しなさい、という主張です。

 最後に、同書から「差別の政治」をうまくいいあらわした文章を二つ紹介して、今回は終わりとします。

「差別は主観的なものである。しかし、それが共同主観に、より大きな共同主観になっていくよう争っていくものなのである。」

「差別は、つねにすでに認識され、差別として存在しているものではない。告発によって、見いだされていくものなのである」

(注)このエントリーは2010年2月26日に一部を公開し、2月28日に完成しました。

 不当性を要件としているかぎり差別を客観的に定義することはできない、というのが前回のエントリーでした。かといって、不当性をまったく定義に含まないというのもなかなか難しい。

 前回の議論を整理する意味で、ひとつ別の定義を紹介しましょう。新保満先生が岩波新書で使った非常にシンプルな定義です。永遠の名著『人種差別と偏見―理論的考察とカナダの事例』(1972年)より。

「差別は特定の社会集団に所属していると見なされる個人に対する異なる取り扱い」

 つまり、新保先生は、(1)特定の社会集団(ないし社会的カテゴリー)に所属しているという理由で、(2)異なる取り扱いをしたら、それだけでもう差別だ、というわけです。すばらしい。オッカムの剃刀とはこのことか、と思わせる美しい定義です。

 この定義において、「異なる取り扱い」が不利益を生ずるかどうかは問われません。なるほど、他人からはうらやましく見える特別待遇でも、当人にとっては不快だということもありますね。不利益も不当性と同じで、一意には規定できない面がある。だから定義には含まない。そして、不利益の発生を定義に含まない以上、その不利益が不当かどうかも定義に含まない。

 ただ、この条件だと、差別に当てはまる範囲が広すぎて、直感的におかしいと思われる事例を排除できないのが難点でしょうか。

 例えば、何らかの集団のメンバー(例:子ども、高齢者、障害者)を特別に保護の対象にすることも差別ということになります。たしかに、レディ・ファーストやインディアン法のように、温情主義が差別のあらわれという場合もあります。でも、特定の社会集団を保護する制度や行為のすべてが差別だということになると、ちょっと行きすぎでしょう。

 つまり、新保先生の定義は、差別を把握するための十分条件にはなっているかもしれないけど、必要十分条件とは言えない。美しい定義なのですが、美しいだけに《何かが足らない》ということがよりハッキリする。

 何かとは、やはり、不当性です。ここで冒頭の問題に戻ります。不当性を要件としているかぎり差別を客観的に定義することはできない、かといって、不当性をまったく定義に含まないというのもなかなか難しい。

 では、どうしたらいいのか。どうすれば差別を客観的に定義できるのか。今回は、二つの考え方を紹介します。

 一つ目は、不当性の根拠を人権に求める、という解法です。何度か紹介した佐藤裕『差別論―偏見理論批判』 (明石書店)から該当する記述を引用します。

「差異モデルでは、不当性の根拠付けは比較的簡単であるように見えます。『異なる扱い』が不当である理由、それは『平等』という規範に反するからにほかなりません。...中略...平等に扱われることが『権利』として構成されているからです。すなわち、差異モデルでは『権利(の侵害)』という論理が差別の不当性を最終的に基礎づけている論理であるといえます。」

 ここでいう差異モデルというのは、新保先生のように、「異なる取り扱い」に注目して差別を定義しようとするアプローチのことです。前回紹介した3名も、「不利益な取扱い」を定義に含んでいましたので、やはり差異モデルということになります。

 で、佐藤さんは、ようするに、「人権」を侵害されたかどうかを不当性の根拠にすればいい、といっているわけです。前回紹介した野口さんも同様の定義をしていましたね。

 ただ、前回も書いたとおり、「人権」というのは普遍的で客観的なものではなく、時代によっても社会によってもダイナミックに変わっていく不定形なものにすぎません。だから、「人権」を根拠にして「不当性」を規定しようといったって、あいまいであることには違いはありません。実をいうと上記の引用箇所を初めて読んだとき、「うわ! 佐藤さん、不当性の議論から逃げたな(笑)」と思ったりしました。

 しかしながら、「正当/不当」という価値判断とは違って、「人権」には国会や裁判所の議論の結果として法的な定義が与えられることが多いです。あいまいさは残るとしても、ぐっと具体的になることは確かですね。

 まあ悪くいえば、定義を国会と裁判所に丸投げしてしまうということです。あるいは、学術的な正確さはおいといて、現実の被害の発生を食い止めるために何が人権侵害に当たるかは政治的に決めてしまおう、という実践的な関心といってもよい。 

 でも、逆にいえば、不当性=人権侵害だと決めてしまえば、それによって実践的なメリットが生じます。佐藤さんの表現を借りると、「不当性を見出し、是正していこうとするときには差異モデルは必ず必要になります。いわば対症療法のために必要なモデルであり、しかも差別問題において対症療法は非常に重要です。」つまり、法的な定義を背景として、違反(=差別)が発生したら、それを取り締まったり訴えたりすることができる、というわけです。日本だと、人権擁護法案がまさしくこのスタンスを形にしたものということになります。

 二つ目は、不当な被害(=差別の結果)から差別を定義するのはやめて、誰が不当な被害を生む行為をしたか(=差別の原因)に注目する解法です。差別をする側とされる側の非対称性に注目するアプローチと言い換えてもかまいません。

 これの代表格が、頻出の佐藤裕さん。ミクロレベルの差別論に限れば、現時点でもっとも上手にパズルを解いているのは、まちがいなく佐藤さんだとぼくは思います。

 その前に、まずは佐藤さんの議論に決定的な影響を与えた江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房)から、関連する記述を紹介します。 

「『差別』とは本質的に『排除』行為である。『差別』意識とは単なる『偏見』なのではなく、『排除』行為に結びついた『偏見』なのである。『排除』とはそもそも当該社会の『正当』な成員として認識しないということを意味する。それゆえ『差別』は差別者の側に罪悪感をいだかせない。なぜならわれわれが他者に対する『不当な』行為に対して罪悪感をいだくのは、他者を正当な他者として認識した時であるからである。」

 少し難しいですが、エッセンスは「『差別』とは本質的に『排除』行為である」という一文に端的に表現されています。ただ、新保先生と同様、すべての排除行為を差別であるとはいえないのが難点でしょうか。何か重要な要素が抜け落ちている。そこで、次に佐藤裕さんの定義。

「差別行為とは、ある基準を持ち込むことによって、ある人(々)を同化するとともに、別のある人(々)を他者化し、見下す行為である。」

  おそらく、ミクロレベルの差別行為については、この定義で完成に近いのではないかとぼくは思っています。ただ、これを説明するのはちょっと面倒なんですよね。できれば、『差別論』 か、ウェブで公開されている佐藤さんの論文を直接読んでほしいところです。

 と思っていたら、前回のエントリーを公開した直後に沼崎一郎さんからこんなツイートが。

@han_org A、B、C、Dがいるとき、Dに対してだけ、A・B・Cとは扱いを変える。扱いの違いにDが抗議する。なぜ扱いを変えるのかと問われて、私は「だって、Dは◎◎だから」としか答えられない。◎◎はカテゴリー。観察可能という意味で、客観的じゃないですか?

 おぉ、カテゴリーの恣意的な動員をこんなにシンプルにまとめてくれるとは。わずか120字。もうこれで説明に代えたいと思います。

 おなかがすいたので、なんとなく尻切れトンボだけど、今回はこれで終わります。

(注)上記とは別に、社会的構築主義の立場から差別を定義するやり方(例:坂本佳鶴恵『アイデンティティの権力―差別を語る主体は成立するか』新和社)も有力なアプローチです。このアプローチでなければ説明できない事象はたくさんあります。でも、これはもう「客観的」に定義することはやめてしまって、ものごとを動態的に定義するというスタンスなので、今回は触れません。 

---------------------------------- 

【追記】 2011年07月15日

 昨日、こういうツイートを目にしました。「わたしたち」の同一性を確認するために「あのひとたち」との境界線が恣意的に引かれるという現象をずいぶん上手に表現してあると思います。ご参考までに。

yhlee:よく、朝鮮人にひどい目に合わされたから嫌いになったっていうけど、相手が日本人なら、どこ出身か確認して、栃木県人だったら栃木県人全員嫌いになる、とか、そいういうことはないのよね。わたしが悪いことしたら、社労士嫌いになるとか、子持ちの女性嫌いになるとか、そういうこともない。 [http://twitter.com/yhlee/status/91441892440551424]

yhlee:この発言のポイントは「経験から属性全部に嫌悪感持つのはけしからん」ということではなくて、「そのときの属性は、勝手に選ばれるものだ」ということだよん。出身県で嫌悪感持ってるので違います(キリッ)という方は、誤解です。わかりにくくて失礼。 http://ow.ly/5EOll [http://twitter.com/yhlee/status/91597807680626688]

 

更新通知

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 差別論のシリーズの途中ですが、ちょっと必要があって、HAN A面オンラインドキュメントに下記の雑文をアップしました。

 「マイノリティの戦略

 以上。

 ある学問分野において、もっとも基本的な事物を指し示す言葉を「基礎概念」といいます。基礎概念を組み合わせることによって、他の抽象度の高い概念を説明する、という形で学問という論理の体系が構築されていきます。したがって、基礎概念を定義することは、通常、その学問の入り口ということになります。

 ところが、差別論において、「差別」という概念を定義することは、学問の入り口どころか、むしろ究極のゴールの一つとされています。なかなか上手に定義できないんですね。

 例えば、2009年末に出たばかりの差別論の教科書を見てみましょう。好井裕明編『排除と差別の社会学』(有斐閣選書)です。いい本ですよ。おまけに、この分野には授業でそのまま使える教科書は少なかったから、貴重な本でもあります。

 この本の中で差別の定義というと、冒頭でアルベール・メンミ『差別の構造』という古典からさらっと差別主義の記述が紹介されているだけです。それも、解説らしい解説は付いていません。つまり、同書には、差別の定義について概念的に検討した箇所が、実質的には一つもないのです!

 批判してるんじゃありませんよ。むしろ、中途半端に理論を紹介するより立派なスタンスだと思います。初学者向けの教科書では、差別の定義をめぐる難解な隘路に入り込むより、具体的な事例に触れながら他の重要な基礎概念を学んだり、《差別を見抜く目》を養ったりするべきだ、という考え方でしょう。

 ともかく、差別の定義(差別とは何か)は、差別論の教科書が避けてしまうほどの難問なのだ、ということをあらかじめ知っておいてください。

 さ、それでは、オーソドックスな差別の定義例を3つ紹介しましょう。

「ある集団ないしそこに属する個人が、他の主要な集団から社会的に忌避・排除されて不平等、不利益な取扱いをうけること」(三橋修)

「個人の特性によるのではなく、ある社会的カテゴリーに属しているという理由で、普遍的な価値・規範(基本的人権)に反するしかたで、もしくは合理的に考えて状況に無関係な事柄に基づいて、異なった(不利益な)取り扱いをすること」(野口道彦)

「本人の選択や責任とは関りのないような個人の能力、業績ないし個人の行動と無関係に作られた自然的・社会的区分に属していることを理由にされて、集団ないし個人が不利益を被るか人権を侵されるか、不愉快な思いをさせられる行為」(鈴木二郎)

 これらの共通点を整理すると、ある事象が「差別」であるためには、以下の3条件を満たすことが必要とされているようですね。

  1. 集団ないし社会的カテゴリーに所属しているというだけで
  2. 集団や個人に不利益が生じ
  3. その不利益が不当であること

 おそらく、多くの人の経験的観察とも合致する条件だろうと思います。しかしながら、この種の定義には、3つの大問題が含まれています。

 第一に、発生した不利益を誰が不当であると決めるのか、という問題です。「差別の存在を認めない傾向とは」で紹介したデータは、まさしく「不当」だと判断した人が多いものほど上位に位置しています。各項目に序列が付いたのは、ようするに回答者ごとに不当/正当の判断基準が異なっていたからです。

 野口さんは「普遍的な価値・規範」というけれども、それは理念の上では存在しても、実際に観察することはできない架空の理想です。現実には、ある事象が不当かどうかの判断は、主観的、恣意的なものです。しかも、その判断は、一人ひとりで違うだけでなく、時代によっても、社会によっても変わります。例えば、旅館がハンセン病罹患者の宿泊を断るのは、現在の日本では明らかに不当なことです。でも、同じ日本でも10年前はそうではなかった。

 とすれば、不当性を定義に含んでいるかぎり、差別か差別でないかを客観的かつ一意に判定することは、原理的に不可能だということになりますね。

 第二の問題は、差別/被差別の非対称性が定義の要件に含まれていないことです。単純な話、もし完全に対等な集団間であれば、上記の3条件がそろっていても、一般には「抗争」や「競合」と呼ばれるだけであって、「差別」とはいわないわけです。非対称性は、明らかに差別の必要条件なのに、上述の定義のしかただと含まれなくなってしまいます。

 第三は、ある社会的カテゴリーに所属していることによって不当に被害が生じていることを訴えようとすると、被差別者はその社会的カテゴリーの存在を前提にしなければならない、という問題。

 被差別者がその社会的カテゴリーを納得して自ら引き受けている場合はいいのですが、そうでない場合は悲劇です。いやいや押し付けられたカテゴリーそのものが差別と感じられるのに、反差別を訴えるためにはそのカテゴリーの実在に立脚しなければならない。二重に拘束されてしまうのです。あえて具体例は挙げませんが。 

 どうでしょう。第二、第三の問題は逃げ道がありそうですけど、第一の問題はずいぶん難問だと思いませんか。なにせ、原理的に不可能なのですから。

 もし、誰もが納得する完璧な「差別の客観的定義」ができれば、それで差別問題はかなりスッキリと解決するはずです。なぜなら、個々の事象をその定義に当てはめて、「差別」に判定されれることは法律で禁止し、違反者は処罰すればいいわけですから。

 でも、残念ながら、差別の客観的な定義はなかなかうまくいきませんね。

 次回は、この難題への解決案2つ、の予定。たぶん。

偏見と差別の関係

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 差別についての研究には、ずいぶん多様なアプローチがあります。学問分野は心理学、社会学、経済学、政治学、等々と多岐にわたっているし、手法もミクロなものからマクロなものまで様々です。

 その中で、直感的にわかりやすいためでしょうか、(一昔前の)心理学分野の研究は一般にもよく知られているように思われます。偏見理論、社会的比較の理論、権威主義的態度、あたりです。とりわけ、偏見理論は差別についての通俗的解釈ともよく合致するため、道徳教育の一環として行われる人権教育においても頻繁に言及されています。

 ここでいう偏見理論とは、「偏見」という心理的な準備状態があるから「差別」という行為が発生する、という前提を含む研究群の総称です。一般には、「差別意識が差別を生む」という表現のほうがなじんでいるかもしれません。「差別は心の問題である」というとき、偏見理論が想定されていることが多いように思います。

 でも、当の心理学分野において、偏見理論はもはや過去の遺物とみなされており、ほとんど注目されることがなくなっている、ということはあまり知られていませんね。(Allportを再評価する向きもあるようですが。)

 ぼくは前任校で心理学主体の学科に所属していましたので、偏見理論が後退した理由を同僚に尋ねたところ、次のような回答を得ました。

 (1)パーソナリティで説明できるのは差別現象のごく一部でしかないこと、(2)「投射」など理論としての精度が低い概念を含むこと、(3)偏見の重要性に過剰に注目するとそれ以外の差別発生メカニズムが見えなくなってしまうこと、(4)実践面においても差別の背後に偏見の存在を前提としてしまうことにより、「偏見を持っていないから差別をしていない」という言い訳に利用されてしまうこと、(5)現在の心理学では、むしろ偏見を持たなくても、自動的な心理プロセスとして差別が発生するメカニズムのほうが研究の主流になっていること。

 以上の回答が間髪おかずに同僚の口から帰ってきました。偏見理論の問題性は、心理学分野ではいわば常識として理解されているのだな、と少しうらやましくなりました。

 というのも、日本の社会学分野で偏見理論を正面から批判した著作は、おそらく2005年末に出版された佐藤裕『差別論―偏見理論批判』(明石書店)が最初だと思われるからです。佐藤さんもぼくも、大学院生のころから学会でことあるたびに同様の偏見理論批判を口にしてきましたが、すんなり批判が受け止められ、同意されることは少なかった。反論はないけれども、「阪大の《計量の人たち》がちょっと変わったことを言ってる」という雰囲気。偏見理論は、一部の(特に運動家的な特性を持つ)社会学者に、根強く支持されているのだなと話し合ったものです。

 いま「日本の社会学分野で」と書きましたが、例えばアメリカではロバート・K・マートンが1948年の「差別とアメリカの信念」という論文で以下のような分類を提示しています。

  1. 偏見も持たず人種的差別もしない人(All-weather Liberal) 
  2. 偏見は持たないが、差別をする人(Reluctant Liberal)
  3. 偏見は持つが、差別をしない人(Timid Bigot) 
  4. 偏見を持ち、差別もする人(All-weather Bigot)

 1と4は説明なしでわかりますね。

 2「日和見平等主義者」の事例としては、「黒人差別法制期のアメリカ南部において、人種的不平等は間違っていると心の中では思いながら、他の白人から焼き討ちにあうことを恐れて、黒人へのサービスを拒絶する白人向けレストランのオーナー」等。

 3「臆病な差別者」の事例としては、「女子職員は無能だと信じているけど、辞められると困るから、男子職員と平等に扱う商店主」等。

 2と3の事例は、すなわち、偏見があっても差別はしないこともあるし、 差別しているからといって偏見があるとはかぎらないことを端的に示しています。この論文は、偏見と差別の因果関係に留保が必要であるということを、たいへんスマートに論証した論文としてよく知られた業績です。

 この種の事例は枚挙に暇がありません。例えば、「統計的差別」も2の典型事例です。統計的差別とは、属性によって不利な統計的事実があれば、それによってその属性を持つ人々が不利な扱いを受ける現象を指します。日本の労働市場で言えば、次のようなこと。

 戦後一貫して女子職員の8割は結婚ないし出産を期に退職してきた。一方、雇用流動性が高まったとはいえ、男子職員の離職率ははるかに低い。もちろん、それは就労機会に男女で格差があったためだけど、統計的事実であることは確か。それを知っていれば、たとえ職員の能力に性差はないと信じている経営者でも、OJTなどの教育投資を無駄にしないためには、男子職員を雇用するほうが合理的。その結果、女性の被雇用率は低くなってしまうのだ、というわけです。

 そろそろまとめに入りましょう。

 「偏見によって差別が生まれる」という説明はたいへんわかりやすいです。しかも、道徳教育を行ううえで都合がいい。おまけに、差別を糾弾する運動においても効果的です。

 しかし、それだけに、本来は多様なはずの差別のあり方を、すべて偏見という心の問題に回収してしまう困った効力を持っています。

 偏見理論はある種の差別事象を説明する力を今でも持っています。しかし、それは多様な差別事象のごく一部でしかないのかもしれないと、つねに意識しておくことが重要だと、ぼくは思います。

P.S.

 マートンの類型と紹介事例の対応関係が間違っていたのを速攻でsilly_fishさんが指摘してくれました。深謝。

人権教育の問題点

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 人権教育について市民意識調査を実施すると、自由記述欄によくこのような内容のことが書かれてきます。

「小中の同和教育で、初めて被差別部落について知った。同和教育があったから、被差別部落の存在も知ったし、差別される存在であるということも知った。それによって、自分との違いを意識するようになってしまった。いわば、同和教育によって、私の中に、ある種の差別感が芽生えていってしまった。同和教育なんかないほうがいい」

 授業で人権教育について言及したときも、かなりの学生がミニッツペーパーにこういう趣旨の感想を書いてきますね。

 しかし、この意見はナンセンスです。なぜならば、「学校の同和教育によって被差別部落について初めて知った人」は、「近隣や親、友人、知人、先輩などからインフォーマルな形で部落についての情報を初めて聞いた人」に比べて、被差別部落への差別的態度が明らかに弱い、ということが各種の調査からわかっているからです。

 たとえて言えば、同和教育は生ワクチンのようなもの。受けることによって、自覚しない程度の軽い偏見に感染してしまう。けれども、そのおかげでひどい差別意識を発症せずにすむわけです。だから、人権教育を《やるべきかどうか》という次元では、答えは明らかで、やるべきなのです。

 ただし、《どうやったらいいのか》という次元については、難しいところがあります。少なくとも、現行の人権教育のやり方には、明らかに間違っているところがある。

 小中学校の人権教育では、「差別をするのは悪い人」だと教える傾向があります。「差別をする悪い心があるから、差別が起こる。だから差別をなくすためには心の中の悪い部分をなくしましょう。一人ひとりが心の中から差別をなくしていけば、いつか社会から差別はなくなるのです」という教え方をします。

 でも、差別をするのはみんな悪い人でしょうか? 悪い人でなければ差別をしないといえるでしょうか? ぼくは、現実の差別事象というものはそんなに単純なものではないと思いますけどね。

 例えば、僕が小学生の頃は、教師が生徒たちの注意を喚起しようとして、「こら、おまえら、つんぼか!」という表現をよく使ったものです。教師の権威を利用した、あからさまな差別ですね。でも、このとき先生には、聴覚障害者を傷つけようという悪意はありません。「つんぼ」は《外部の存在》として利用しているだけであって、実際には聴覚障害者を傷つけようなんて思っていません。聴覚障害者のことを考えてもいません。なぜなら、「つんぼ」は、「見下される存在」として引き合いに出しただけであり、「おまえらその見下される存在か」「そうじゃなく、耳は聞こえるだろう」と問うているだけなのですから。

 また、例えば部落出身者がいて、そのことを知っている人がいるとしましょう。その人が別の友人に「ねえ知ってる? あの人、あっちの人なんだって」と、陰口をいうことがあります。この時も、部落出身者を傷つけようという悪意があって差別をしているとはかぎりません。そうではなく、「あの人とは違って私たちは仲間だよね」と確認したいがために引き合いに出されているだけなのかもしれない。この場合も、被差別者に対し悪意があるのではなく、我々の一体感を高めたいがために、《外部の存在》としてたまたま部落出身者が利用されているだけです。

 「我々はあの人たちと違って普通だよね」「我々はあの人たちと違って異常ではないよね」と確認するために、マイノリティが《外部の存在=他者》としてその場その場で利用されていく。「わたしたちは同じ仲間だよね」というメッセージを効果的に伝えるために、巧妙にマイノリティが外部化、他者化される。そして、マイノリティを見下したり、排除したりする感情が利用されていく。こういう場合、悪気がないだけに、「いえ、別に悪意ないから差別ではありません」という反論が起こります。

 ここでは、悪気がなくともコミュニケーションの中で差別が起こりうるという例を挙げましたが、他にも、経済的な条件が構造的に生み出していく差別、文化によって植えつけられる差別など、多種多様な差別の発生形態があります。いずれも、マイノリティを傷つけようなどという「悪い心」がなくても起こる差別ばかり。

 差別は、悪い人であろうが、いい人であろうが、誰だってやってしまう危険性があるものです。にもかかわらず「差別は悪い人がする」ということばかりを教えられている人からすれば「俺は悪い人じゃないから差別しない」「差別をする悪い心なんか持っていない。だから、差別していない」、「今言ったのは別に差別するつもりなんかなかった」で終わってしまいます。

 というわけで、差別を教えたり論じたりするとき、「差別は悪い人がする」というストーリーに固執するべきではない、というのが今日の話でした。

......これで締めようと思いましたが、ちょっと補遺を追加。どうせ何回かに分けても、読まない人は読まないから、関連する話題は書き終えておきます。

 なぜ、「差別は悪い人がする」という教え方になったのかというと、道徳教育の一環として差別論が教えられるようになったからだとぼくは思っています。倫理的にすばらしい人間になろうという道徳教育の一環として、反差別が取り上げられるとすれば、当然のことながら、「差別する心、卑劣な貧しい心をなくしていきましょう」という教え方になるでしょう。でも、これって、道徳教育のために差別を利用している、ということなんですよね。

 似た構図に、反戦教育のためにアジアや在日が利用されるというのもあります。「日本はかつてこんなにひどいことをしました。アジアの人はみんな怒っています。われわれは、申し訳ないと思わなければいけない。だから、日本はふたたび戦争に踏み出すことはできない。軍事国家化すれば、アジアの人がどんなに怒るか考えてみよ」という教え方です。アジアを利用せずとも反戦教育は単純にできるはず。ところが、「そんなことをしたら、隣のおじちゃんに怒られるよ」と言わんばかりに、「アジアに怒られちゃうよ」という形で、反戦教育を進めていくのです。

 それがどのような弊害を生むかといえば、「そんなに、反日、反日いうのだったら、日本から出て行ってください」という暴論を引き出してしまうのです。つまり、「確かに日本は悪いことをしたし申し訳ないと思います。でもそんなに日本が嫌いだったら出て行ったらいかがですか」という、ある意味で素朴な声を生んでしまう。

 ところが、当の在日コリアンは必ずしも日本を恨んではいません。特に、比較的若い世代にとっては、日本に対する愛着度、韓国に対する愛着度、在日に対する愛着度を測定しますと、一番高いのは日本に対する愛着度なのです。日本と韓国が試合をする場合、どちらを応援するかというと、多くの在日の若者は日本を応援すると言います。すでに住む土地としての日本に、愛着の基盤を寄せているのですね。日本がかつて行った自分の民族に対するネガティブな歴史については、しっかりと教えてほしいと思うけれども、そのことはそれとして、自分が住む地域として日本に対しては愛着を持っているし、今後もこの国で共に住んでいきたいと在日側は思っているのです。

 そういうと、「民族意識の強い人は反日に違いない」と、反論する人がいるかもしれません。でも、そうではありません。民族意識の強弱と、日本に対する愛着度の強弱は、統計的に意味のある相関関係がありません。つまり、民族意識が強かろうが弱かろうが、圧倒的多数の在日は日本に愛着を持っている、というのが現状なのです。

 ところが、上述のような反戦教育を受けた日本人の中には、加害の歴史につながる罪悪感を何とか解決したいと思い、いわば八つ当たりするために在日コリアンを利用していく場合がある。反戦教育にアジアを利用することによって、反射的に在日コリアンにその攻撃が向いていくという構図です。そのことが、ナショナリズムに対する需要の高まりと相まって、在日に対する攻撃を生んでいると、ぼくは考えています。

※最後の論点については、こちらも参考に。ある韓国人の感想。「日の丸、君が代を敬わない日本人は信用できない」

差別論を学ぶ心構え

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 これまでにいくつかの大学で差別研究について教える機会を持ったことがあります。その種の講義(以下、「差別論」)では、学生たちに繰り返し繰り返し、3つの留意事項を伝達する必要がありました。

  1. 差別問題は「被差別者の問題」ではないこと
  2. 家族やメディアといったほかのテーマと同じように差別という題材に向き合うこと
  3. 形式的な「正当/不当」(誰が「悪い」のか?)の結論を急ぎすぎないこと

 3つは同根の問題ですので、すべてを合わせて「安易に《犯人探し》をするな」と言い換えてもかまいません。でも、少しでも具体的なほうがわかりやすいでしょうから、3つに分けて説明していきましょう。

 1はvictim blamingとして知られる問題ですね。「被差別者の問題」という発想がいかに非論理的であるかを毎回のように説明しておかなければ、ミニッツペーパーに「今回の事例は差別される側に問題があると思います」と書いてくる学生が必ず出てきます。加害者扱いされたくなければ、差別だと訴えるマイノリティを攻撃するしかないと思い込んでしまう学生は必ずいるのですね。でも、そのような非合理的な情動に支配されているようでは、論理の体系である学問はできません

 2について。差別というと、(多くの運動家の言うこととは逆に)なぜか学生たちは自分自身をその現象の当事者とみなしがちです。具体的な事例を紹介すると、「差別者」を自分と同一視して自己嫌悪に陥ったりする。他の社会学的なテーマとは違って、一歩身を引いて観察するということがなかなかできないのです。加えていうと、学生たちはどうしても差別に関わるものごとを、当為(◎◎すべき)の問題としか捉えられない。当為ではなく、事実(◎◎である)の問題として観察できないと、学問は成り立たちません

 3について。差別というと、学生たちはすぐに《この事象は許されるけど、この事象は許されない》とか、《誰々が悪いからこうなったのだ》式の主張に飛びつきがちです。差別という悪徳がある以上、その罪を何者かに着せないと安心できない、ということなのでしょう。論理を積み重ねてそういう結論に到達するのであればまだいいのですが、学生たちが展開するのは、残念ながら、道徳的直感に頼りながら正当/不当、善/悪について評定するようなものばかり。道徳的価値観に目が曇っているようでは、学問はできません

 他の科目では、このような留保を何度も何度も授業の中で伝えなければならない、ということはほとんどありません。差別論に固有の問題です。差別という題材には、学生たちを学術的な姿勢から遠ざける何かがありますね。

 とにかく、《差別問題を解決したい》とか、《加害者扱いされるのはガマンならん》とか、原初的な問題意識はそれぞれ抱えていてもかまいません。でも、学問をやる前に、いったん棚上げしておかないとね。

以上。次回は、小中学校での人権教育の問題点について(予定)。

学問としての差別論

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 はてなのブクマコメントですが、面白いものすべてにリプライするのはムリなので、ちょっとだけピックアップさせてもらいます。

 その前に、ぼくがここに書いた一連のエントリーに対して、かりにぼく自身がコメントするならば、指摘するだろう主たる論点が2つあります。第一に、差別という現象に学術的に接近しようとすると、差別の解消を目指す運動は部分的に後退せざるをえなくなるんじゃないのか。第二に、もし学術的にも実践的にも、「差別者=悪人」という強固な前提が邪魔になるとしたら、差別研究の発展も差別の解消も、永遠にムリなんじゃないのか。

 これらの論点そのものは見当たりませんでした。でも、これらの前提となるロジックをどこかに内包するブクマコメントが以下の2つ。

 hal9009 そもそも差別ってそれを悪として駆逐するための概念ではなかろうか。それを前提としてこの調査の結果に対する意味づけを考えると鈍感な奴・人権について学んでいない奴≒悪、というなんともな結果に... 2010/02/15

 samoku 社会 「差別者=悪人」のイメージを壊しつつ差別を無くすって実に困難そう。「悪人から権利を勝ち取る」って闘争イメージのほうが動きやすくはあるのだろうなあ。差別を咎める時に相手を悪人扱いするなという話でもある 2010/02/17

 加えて、エントリーの内容を誤読してはいるけど、やはり上述の論点の基礎を含むコメントがこれ。

 usneet この具体例は結局「差別はあっても仕方がない」と言うことになって危険。差別的状況の把握能力と差別心の有無は違う。差別心からしか「差別」は産まれない、という前提がなければ差別は伐てない。 2010/02/15

 いずれも差別論の実践的な特性について的確に把握されていますね。

 ただ、ぼくがここで書いてきたことは、どちらかというと、差別の解消という実践よりも、差別の解明という学術的な課題に力点を置いている、と理解していただけるともっとうれしいです。

 さて、上述の論点について、前々回のエントリーで触れた「敬愛する先輩」が、著書の中で「差別論」と「人権論」を分けようと主張しています。手元に実本がないので記憶に頼って紹介すると、真理を追究するための学術的な議論(差別論)と、被害を回復するための政治的な議論(人権論)を混同すると、いつまでたっても合理的な解にたどり着かない、という話です。

※ 佐藤裕『差別論―偏見理論批判』 明石書店

 この主張はやや難解なロジックをその前提としていますし、「差別論」と「人権論」という類似概念にまったく違う意味を付与しなければならない難しさもありますので、誰もがすんなり理解して受け入れられる話ではないでしょう。

 その意味で、実効性には留保をつけざるをえません。おそらく佐藤さんもそれはわかっているでしょう。でも、ここで重要なのは、「学術的な議論と政治的な議論をいったん別のものとして論じるべきだ」という問題意識それ自体です。(差別論と人権論を分けようというのは、その問題意識を伝えるための手段にすぎません。)そして、ぼくもこの問題意識を共有しています。

 ということで、今回から何回かに渡って、なぜそのような問題意識が必要なのか、について書いてみたいと思います。

 なんだか、前回のネタははてなブックマークで賛否両面から大人気でした。でも、いくつか前提となる知識がないとピンとこない応用的な内容でしたので、趣旨をきちんと理解できた人はそう多くなかったかもしれませんね。今回は、前回のエントリーの統計学的な根拠を少し紹介しましょう。

 かつて敬愛する先輩が差別論の授業資料をウェブで公開していて、その中に興味深い調査のアイディアが記載されていました。具体的な場面をあげながら、「次のいろいろなことがらを差別だと思うかどうか、1から3のうちでもっともよくあてはまる番号をそれぞれ選んでください」と尋ねます。それによって、「差別の存在を認めない/認めやすい傾向」を測定しようというわけです。

 先輩には無断でしたが、即、非常勤先の「社会学入門」を受講している学生を対象に調査をしてみました。(結果は翌々週の授業のネタに使いました。じつは、前回のエントリーは、その「翌々週の授業」の資料の一部です。) 

記述統計量

度数 平均値 S.D.
被差別部落出身者であることを理由に婚約を解消すること 143 1.16 .39
同性愛者が周囲から忌避されること 143 1.20 .47
男性の政治家が「女性は家庭で子育てに専念すべきだ」と言うこと 144 1.25 .59
HIVに感染していることを理由に解雇されること 144 1.26 .53
在日韓国朝鮮人が被選挙権を持たないこと 142 1.37 .61
重度の身体障害があることを理由にアパートの家主が賃貸契約を断ること 144 1.44 .61
特定の政治団体に所属しているために企業に採用されないこと 144 1.58 .69
結婚前に相手の家柄を調査すること 144 1.82 .76
テレビドラマで「めくら」「つんぼ」などの言葉を使うこと 144 1.82 .75
出身大学によって企業の採用や待遇が異なること 144 1.85 .78
公共の建物にエレベータなどが設置されていなくて、車いすの障害者が上の階に上がれないこと 143 1.96 .78
男女がともに働く職場で女性のヌードのポスターを壁に貼ること 143 2.01 .82
企業に一定数の障害者を雇用するように強制すること 144 2.08 .76
女性の国会議員が男性に比べて著しく少ないこと 144 2.12 .71
先天性の障害があると診断された胎児を中絶すること 143 2.13 .66
職場の上司の私的な依頼(引っ越しの手伝い等)を強制されること 144 2.19 .79
オウム真理教の信者が地域社会から排斥されること 143 2.20 .72
女性がデートの経費を男性に支払わせること 144 2.21 .77
レイプを題材にしたポルノビデオを販売すること 144 2.22 .80
企業が「美人」を受付などに配置すること 144 2.24 .75
企業が採用の際に30歳未満という条件を加えること 144 2.26 .70
親のコネで一流企業に入社すること 143 2.27 .81
60歳で定年退職しなければならないこと 144 2.47 .69
女性が結婚相手に「三高」を選ぶこと 144 2.56 .58
職場で「性格が悪い」と感じる同僚との接触を避けること 143 2.59 .64
学生には馬券を買うことが認められないこと 144 2.69 .65
職場で将来の活躍を期待されていた女性が自ら結婚退職をすること 143 2.83 .39
20歳未満の者に選挙権が与えられていないこと 143 2.86 .40

 上の表が、質問項目と調査結果(平均値と標準偏差)です。回答は1「差別だと思う」、2「場合による」、3「差別と思わない」の3点尺度なので、平均値が2を下回ると、「差別だと認定した回答者が多い事象」ということになります(赤字)。また、平均値の順番に並べてありますので、上に行くほど「差別だと認定されやすい事象」、下に行くほど「差別だと認められにくい事象」ということになります。

 社会科学として差別研究に取り組んだことのない方は、こういう表を見ると、どの事象が差別であり、どの事象が差別ではないか、と判定したがる傾向があります。まあ、差別かどうかがハッキリすれば、「差別」と認定されたことをやらなければ加害者扱いされるリスクがぐっと減りますからね。前回述べたように「悪人呼ばわりされたくない人」であれば、白黒付けたくなる気持ちはわかります。ちょうど、前回のエントリーに付いたコメント3件がすべてそういうものでしたね。

 でも、一番上の項目でも「差別と思わない」と答える人はいますし、逆に一番下の項目でも「差別だと思う」と回答する人はいます。一番上から一番下までのどこかに恣意的に線を引いて、「ここから上は差別です」などと決め付けるのはナンセンスです。

 そもそも、この調査の目的においては、どの事象が差別(だと認められやすい)か、ということはほとんど重要ではありません。調べているのは、回答者の心理的要素(差別の存在を認めない/認めやすい傾向)なのですから。

 上記の回答の素点を全部加算すると、最小値40、最大値73、平均値56.7、標準偏差6.4、という変数ができあがります。この得点が高ければ、上記の設問で「差別と思わない」と回答することが多かったということですし、逆に得点が低ければ、「差別だと思う」と回答した項目が多かったということになります。これは、「差別の存在を認めない/認めやすい傾向」の尺度だと解釈できます。

 かなりラフではありますが、こうやって作成した尺度と、別途作成した「マイノリティへの冷淡な態度」との相関係数を求めたところ、0.49という値になりました。つまり、差別の存在を認めない傾向のある人ほど、被差別集団に冷淡な態度を持っている傾向がある、ということです。

 となると、「差別の存在を認めない傾向」というのは、やや文学的なレトリックを使うなら、「人権問題への鈍感さ」と言い換えられる、ということですかね。ちなみに、0.49という値は、この種のデータにおいては、強い相関関係をあらわしています。

 学術的にどれだけ信頼できるか結果かというと、調査設計がラフですから、社会学分野では業績扱いはムリでしょう。でも、K西大学でも、K南大学でも、O教育大学でも、K女子大学でも、(上表の順位は変わっても)同様の相関関係が、ほぼ同じ値で出ています。まあ頑健な結果だろうとぼくは思っています。(むしろ、当たり前の結果すぎて、ちゃんと調査しようという気にもならないぐらいです)

 ようするに、人にはそれぞれ、人権問題への感受性というか、差別の存在をキャッチする敏感さの程度のようなものが違った強さで備わっているわけです。そして、この感受性が弱い人は、単に鈍感だというだけでなく、マイノリティに対して冷淡な傾向がある、という話でした。

 昨日紹介した講演は、記憶の中では結構上手にこなしたことになっていたのですが、テープ起こしを読んでみると何を言っているのかわからない箇所がたくさんあります。もう少し上手にしゃべれるといいんですけどね。

 わかりにくかったからというわけではありませんが、今日も同じテーマを違う角度で書いておきます。

 「朝鮮学校がサッカーの地域代表になったとき、それを応援しなかったのは差別だという話がある。でも、朝鮮学校に知り合いはいないし、別に応援したいと思わなかったから応援しなかっただけ。それを差別だといわれるのはおかしい。最近、差別差別だといいすぎじゃないか。」

  なるほど、一理あるように聞こえます。「コーラは好きだけどオレンジジュースは好きじゃない。おなじリクツで、東海大仰星なら応援し、大阪朝鮮高なら応援しない。それは単なる好みの問題であって、差別じゃない。それを差別というなら、ご飯よりパンがすきだというのも差別になるじゃないか」というところでしょうか?

  でも、どうして朝鮮学校は「別に応援したいと思わなかった」んでしょう。実際には、知り合いがいようといまいと、日本人が通う高校だったら地域代表を応援したかもしれない。日本の高校だったら仲間だという感じがして、朝鮮人の高校だったら仲間だという感じがしないので応援しなかったのかもしれない。同じ地域の代表とは感じられず、別の民族の代表だと感じたのかもしれない。そして、別の民族の代表だから、応援しようという気持ちも起こらなかったのかもしれない。だとしたら、それは差別の異化作用です。

 もちろん、同じ日本人の通う高校でも、偶発的な事情で応援したりしなかったりもするはずです。でも、差別だという訴えがあったということは、そういう偶発的な事情では説明できないくらい、日本人の応援が少なかったということでしょうね。地域代表であるにもかかわらず、みんながこぞって朝鮮学校を「別に応援したいと思わなかった」とすると、朝鮮学校をヨソモノ視する排外的な感情がどこかに働いたということです。

  ちなみに、「最近増えている」のは、こういう差別を差別と認めたがらない意見のように思われます。これも、典型的なvictim blamingです。このことを手がかりに、victim blamingが発生する仕組みについて考えてみましょう。

 すでに各種の調査で明らかなことですが、差別に対して鈍感な傾向にある人は、差別の存在を認めたがらない傾向があります。つまり、差別を区別だといって正当化したがる。これはおそらく、「マジョリティであるだけで自分が差別者=悪人として糾弾されるのはゴメンだ」という判断が働くせいでしょう。そういう人には、マイノリティの立場を想像してみることは難しいようです。

 たとえば、社内で「セクハラ防止規定」のようなものを作ろうとしたとき、男性社員が「それもセクハラなのか? そういう規定が濫用されると何でもセクハラになってしまうじゃないか」といった反対をすることが多く、セクハラの被害にあった女性同僚をいかにサポートするかという観点はすっぽり抜け落ちているものです。

 差別を受けることのないマジョリティの地位に安住している人にとっては、差別などという重たい問題を目に見えるところに突きつけられるのは気持ちのいいものではないでしょう。そんな問題は考えたくない。みたくない。できれば逃げたい。そんな感情が、差別の存在を否定する態度にあらわれます。

 でも、マイノリティにとっては、差別は逃げられない日常です。のんきに「差別を見たくない」といって逃げられるマジョリティとは違って、逃げたくても、見たくなくても、考えたくなくても、否応なく突きつけられる日常です。マジョリティにとって差別はたんなる知識かもしれないけど、マイノリティにとってはリアルな現実です。

 悪意がなくとも差別は起こるし、差別が起これば被害者はさまざまな損害をこうむる。この単純な原理が、差別者=悪人のイメージに邪魔されてなかなか理解されない。差別だという訴えは、「私は傷ついている」という単純な主張であって、「オマエたちは悪人だ」と訴えているとはかぎらない。にもかかわらず、マイノリティの必死の訴えを、差別を見たくないというだけで「それは差別じゃない」と切り捨てる。自分も悪人の仲間だと思われたくないという理由で、差別反対運動のジャマをする。

 マイノリティが差別と懸命に闘って、ようやく必死の思いで傷口を見せて「差別だ」と声をあげたとき、いつでも逃げられる安全で優位な立場にいながら「最近、差別だと騒ぎすぎるやつが多い」などと批判するのは、タダ単に傲慢なだけでなく、二次的な差別とすらいえます。セカンド・レイプならぬセカンド差別。

P.S.

 こちらも参照。てのる【Gay】タイムズ「それ、ちょっとイヤなので、やめてくれませんか?」

 前回のエントリーで、「衝突壁」については別の機会に、と述べましたが。でも、よく考えてみると、2003年ごろに中学校の先生方を対象とした講演会で同じようなことをしゃべったことがありましたので、そのテープ起こしの内容を紹介することにしましょう。

――――――

 しかし、ナショナリズムに関するどういう情報を、どういったふうに消費していったらいいのか、おとなたちも迷っているというのが現状です。左右両翼が入り混じって《国家的な自分探し》をしている感じですね。そうなると、高校生たちなんか、ナショナル・アイデンティティを模索し始めたばかりだし、まして、中学生ぐらいになるとはじめてナショナリズムというものを意識化するようになったばかりという年齢層でしょう。ナショナリズムが自分探しとリンクしているような気がするけれども、その正体はわからない。

 そういうときにどうするか。「日本人としてのぼくはどうすればいいのだろう、どういう考えをもてばいいのだろう」といった疑問を解消するために、「非日本人」という《外部の存在》を利用するわけですね。どういうふうに利用するのかというと、ちょうどガードレールにぶつかっていくイメージです。

 たとえば、皆さんがお持ちの生徒さんたちも、「自分はどこまで自由を持っているのだろうか」ということを確認したがります。そして、それを確認するために、わざとルールを破ったりしますね。そして、「あっ、ここまでならOKなんだ、ここまでやったら、ダメで怒られちゃうんだ」というふうに、わざわざ、ルールを故意に破って、ルールの外延を確かめていくということをしますね。それと同じく、自分のアイデンティティがわからないとき、そのアイデンティティの輪郭をはっきりさせるために、自分と他者との境界線を探ろうとします。その時に利用されるのが、《外部の存在》であるマイノリティなわけです。

 ちなみに、アイデンティティの問題は、民族差別にかぎらず、ほかのどれでも一緒です。外部を利用することによって、「わたし」や「われわれ」を確認しようとする。

[...中略...]

 それと同じように、日本人らしさを確認するために異文化マイノリティに衝突して確かめてみる、ということがありうる。つまり、マイノリティ、例えば在日韓国・朝鮮人というのはこういうやつらなんだというイメージをまず作り上げる。そして、そのイメージを攻撃する。そして、その攻撃したことに対する反論を受けてそれによって「ああ、日本人っていうのは、こういうふうに見られるんだ」とか、その反論に対して再反論をしていくことによって、「ああ、日本人はこういうふうに言論を申し立てていくべき存在なんだ」ということを理解しようとしているわけなんです。

 先ほどの読み上げましたメッセージは、その典型的な事例であると言っていいと思います。

 マイノリティ、民族的マイノリティとは、さまざまな部分で権力的に少数派に置かれた人々のことをいいますけれども、社会的には非常に不利な位置にある。のみならずマジョリティが自分らしさを探すためにガードレール役として、(ガードレールとは英語ではクラッシュバリアですけれど)、クラッシュする対象として利用されていく。そういう形でも差別が起こっていっているということです。

 先ほども申し上げたように、ここで紹介したメッセージはむしろ柔らかい方で、インターネットではより過激な、あるいはよりグロテスクなマイノリティ攻撃が、今や主流となりつつあります。《自分探し》のための新しい差別の登場です。

NEETの歌

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 今日は保護者懇談会のために大学に来ています。

 さて、今年は卒業論文で「NEET概念の社会的構築」について扱う学生がいます。イギリスで提唱された「NEET」という言葉が日本に輸入されるとき、どのように意味の変質が生じたか、というテーマです。

 この問題を追究していくためには、サッチャー時代のイギリスについても詳しく知る必要があるのですね。

 で、その時代の文芸や映画などについてどれくらい知っているか確かめようと思って、ふとこの歌のことを思い出して聞いてみました。

 「ケイト・ブッシュって知ってる?」
 「知りません」

 あっさり撃沈。テレビ番組「恋のから騒ぎ」のオープニングテーマ曲の歌手っていえばよかったのかな。

 ともかく、Peter Gabriel&Kate Bushの"Don't Give Up"は、サッチャーリズムの構造改革が吹き荒れるイギリスで、失業からNEET化しつつある労働者のことを歌った名曲です。いわばNEETの応援歌とでもいうべきもの。ところが、失業の挫折に苦悩する主人公は、日本における「ニート」のイメージとはまったく違います。

 ま、次は映画『リトル・ダンサー』でも紹介してみましょうかね。

 今日はひさしぶりにオートバイの話です。

 先日、ふと気になって、オートバイの車種ごとに乗車姿勢がどのように違うかを解説したウェブサイトがどれくらいあるのか、少しだけ調べてみました。2時間ほど探して、ごく簡単な記述があるページを2つほど見つけることはできましたが、詳しく解説してあるページは一つもありませんでした。

 まぁ、バイクの乗り方なんて、読んだだけでは分かりませんからね。実際にまたがって、運転してみて、その合理性を納得できないかぎり、「こうやって乗るものだ」といわれたところで、実践してみようという気にはならないでしょう。

 とはいえ、自転車については、ロードバイクとオフロードバイクの乗車姿勢や乗り方の違いを丁寧に解説したウェブページが多数あります。他のスポーツだって、入門者向けにその種の情報を提供するサイトは少なくありません。それに対して、オートバイははるかにユーザーが多いにもかかわらず、なぜもっとも基本的な乗車姿勢についての解説ページがないのか、ちょっと興味深いところです。

 ともかく、乗車姿勢からいえば、オートバイは3つのカテゴリーに大別することができます。(1)オンロードバイク、(2)オフロードバイク、(3)クルーザー(アメリカン)やスクーター。教習所では教えてくれませんが、この3者はバイクの性質が大きく異なりますので、乗車姿勢や乗り方にもいろいろと違いがあります。

 たとえば、オンロードバイクとオフロードバイクの乗車姿勢を比較すると、だいたい下の表のようになるでしょうか。個々人の好みによるところも大きいので、これが唯一の正解ということではなく、基本姿勢の平均的な状態を描写したものだとお考えください。

 相違点解説
 オンオフ
グリップ手首はまっすぐにし、軽く卵を握るようにグリップをつかむ手首はまっすぐにし、薬指と小指はしっかり握る。薬指と小指はレバーを操作するときもグリップから離さないオフでは激しく車体が揺られるし、積極的にハンドルをつかって操作することが多いので、しっかりハンドルを握る。ただしすべての指に力を入れると腕まで動きが硬くなってしまうので、薬指と小指だけでぎゅっと握るようにする。
上体自然な姿勢のまま、上体だけ前傾するびしっと背筋を伸ばして垂直に上体を立てる運転中に上体を柔軟に動かしてバランスを取ることは共通しているが、オフでは前後左右上下に車体が振られるので、オンよりも上体の自由度を高めておく必要がある。
上腕以外は力を抜いて45度くらいワキを開く地面と水平になるくらいワキを90度開くどちらもワキはしめずヒジは外を向けるが、オフでは激しく左右にハンドルが振られたときヒジが体にぶつからないように、あらかじめ高く上げておく。
一度ステップに立ってから自然とシートに腰を下ろすタンクに股間がつきそうなくらい前乗りする前後左右に柔軟に腰を動かしてバランスを取ることは共通しているが、オフでは前輪の加重不足が挙動を不安定にする場面が多いので、できるだけ前加重にする。後加重にするとき体を大きく動かせるメリットもある。
ヒザ腿全体でタンクを軽くホールド(ニーグリップ)ヒザで自由にバランスを取れるようにタンクからは離しておくオフでは激しく車体が揺られるので、ニーグリップしていると体まで一緒に揺れてしまう。車体を股下で遊ばせることで激しい挙動を吸収する。オンでもハイサイドのときは同じ。
かかとステップから少し後ろに引いて車体をホールドステップから少し後ろに引いて車体をがっちりホールドロール方向の動きを制御するために、かかとでしっかり車体をホールドすることは共通している。ただし、ニーグリップしない分、オフのほうがよりしっかりとホールドする必要がある。
つま先外に開かずまっすぐ前を向けてペダルの上に置く角度は外に開いてもいいけど、ペダルの下に置くオンでヒザとつま先が外に開くスタイルは「族乗り」と呼ばれて蔑まれる。というより上手に曲がれない。また、ペダルの下につま先を置いていると、バンク角が大きくなったとき地面に挟まれて怪我をする。
オフでは、ブーツを履いていると足首が曲がらないので、つま先をペダルの上には置けない。ブレーキやシフトチェンジは、脚全体を動かして操作する。

 上の表は、オンロードバイクでオンロード(舗装道路)を走行するときと、オフロードバイクでオフロード(非舗装道路)を走行するときの乗車姿勢の違いを比較したものです。他にも、乗車姿勢だけでなく操縦方法にもいろいろな違いがありますので、機会があればまた後日書いてみたいと思います。

 上の表について面白いのは、オフロードバイクでオンロードを走行するときにはどうなるのか?ということです。答えは、多くのオフローダーはオンロードでも上記の姿勢で走っているのですね。

 確かに、オフロードバイクは、ハンドルの幅が広いし、ハンドルの位置も高めです。車体の重量バランスからいっても、前乗りすると操縦しやすい作りになっています。だから、オンロードでオフと同じ姿勢をとっても不思議ではありません。

 とはいえ、上記の姿勢はかならずしも"楽"なものではないのです。なにせ、両足のペダル操作は、足首だけではなく脚全体を上下しなければなりませんし、両ヒジを高く上げておくのも疲れます。しかも、(タイヤのグリップさえ信頼できるのであれば)やはりオンロードはオンロードに向いた走り方というものがあるわけでして、オフの姿勢のままというのは必ずしも合理的とはいえません。

 にもかかわらず、オンロードでもオフロードと同じ姿勢で走行するのは、これはもう「スタイル」としかいいようがありません。あるいは「文化」ですね。

 走行時の衣服も、ただ舗装道路を走るだけなのに、オフロード用のヘルメットにゴーグル、モトクロス用のジャージ、オフロード用のブーツという装備でガチガチに決めている人もめずらしくありません。特に、オフ用のブーツなんて、重いし蒸れるし歩きにくいし、日常使いではいいところないんですけどね。(小柄な女性が履いていると、なぜかちょっと萌えたりしますが、それはそれとして)

 クルーザー乗りがヘルズ・エンジェルズ由来の"ちょいワル"スタイルを消費するように、オフローダーは非舗装路に分け入っていく"アウトドア"スタイルを消費しているということでしょうか。

 オートバイは、単なる移動手段ではなく、文化を伝えるメディアでもあるのですね。

 いまどきSNSを知らない人なんて多くはないだろうとは思うのですが、念のためにWikipediaから引用しておきましょう。

ソーシャル・ネットワーキング・サービス(英語: Social Network Service, SNS)は、(中略)人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型の会員制のサービスと定義される。あるいはそういったサービスを提供するWebサイトも含まれる。

ソーシャル・ネットワーキング・サービスの主目的は、人と人とのコミュニケーションにある。友人・知人間のコミュニケーションを促進する手段や場、あるいは趣味や嗜好、居住地域、出身校、「友人の友人」といった自身と直接関係のない他人との繋がりを通じて新たな人間関係を構築する場を提供している。人の繋がりを重視して「既存の参加者からの招待がないと参加できない」というシステムになっているサービスが多いが、最近では誰でも自由に登録できるサービスも増えている。

代表的なソーシャル・ネットワーキング・サービスとして日本最大の会員数を持つmixi、世界最大の会員数を持つMySpaceがある。

また、2004年頃より大手企業各社でも社内でのコミュニケーションの活性化や内定者囲い込み、SOX法対策等にも使われはじめており、有名な事例としてはジョンソン・エンド・ジョンソン、NTT東日本の社内活用や、総務省の省内活用があげられる[1]。社内SNSには情報の地域間格差を解消するために導入している企業も多い。

 企業だけでなく、2005年ごろから大学でもSNSを導入する試みが増えています。教育GP学生支援GPなどの競争的補助金の申請にも、SNSがらみのものが毎年かならず出てきます。

 でも、大学でのSNSというのは、はたしてどの程度成功しているものなのでしょうか。上手に学生の相互作用を引き出したり、共同学習環境の構築に成功している事例もあるでしょう。でも、きっとゴーストタウン化しているところも少なくないのではないかと思うのです。

 というのも、この種の電子的コミュニティというのは、ただ容れ物を作るだけではダメなのですね。コミュニティとして成立させるための初期条件がいくつかあり、さらにそれを育てていくために工夫がいろいろと必要です。

 初期条件とは、(1)参加者がオンラインでのコミュニケーションのリテラシーを持っていること、(2)参加者が当該の電子的コミュニティによって何らかの利益を得られると実感していること、(3)参加者が当該の電子的コミュニティに帰属意識を持っていること、(4)参加者が当該の電子的コミュニティを盛り上げていこうというノルムやモラールを持っていること、(5)以上すべてを兼ね備えたリーダー的な参加者が存在すること、です。どれか一つが欠けてもうまくいきません。だいたい、SNSを導入する理由は3〜5を育成するためなのでしょうが、すでに3〜5が成立していなければSNSは機能しないのです。

 しかも、これらは一般論にすぎません。大学でのSNSともなれば、教育目的を兼ねますので匿名性なんてありません。しかも、教員も参加しています。となると、どうしたってプライベートな情報を自己開示するような使い方は制限されてしまいます。誰がそんなところで、例えば恋の悩みなんか書こうと思うものか。つまり、大学SNSの場合、自己開示しあうことによるコミュニケーションツールという利点が、出発点から大きく阻害されているわけです。

 とすると、大学SNSを成功させるためには、一般的な電子的コミュニティの成立条件に加えて(あるいはそれとは別に)、コミュニケーションを活性化させる何らかの装置を用意しなければならないはずです。

 その意味で、既存の大学SNSの中で個人的に面白いと思ったのは、唯一、佛教大学の「縁(えにし)コミュニティ」ですね。これは、学生支援GPの事例集を読むかぎり、単なる電子的コミュニティではありません。むしろ、その実態は「ラーニング・コミュニティ」に近い。「ラーニング・コミュニティ」内のコミュニケーションをサポートするためのツールとして、SNSが用いられている。

 「ラーニング・コミュニティ」というのは、アメリカ合衆国で発達した教育技法のひとつで、個々の科目を関連付けたコア・カリキュラムと自宅学習を連結することにより、人為的に構築された共同学習環境を指します。

 事例集から「縁(えにし)コミュニティ」について少しだけ引用すると;

1回生対象のミッションプログラムでは、コミュニティ単位で受講し、佛教大学生としての自覚、主体的な学びの自覚、社会の一員としての自覚を促すとともに、大学生活をより豊かに、より安心して過ごすための指針やノウハウを与える内容となっている。この1回生対象のミッションプログラムは、教員・職員・上級生もコミュニティの一員として参加し、その三者が一体となってグループワーク等を活性化する。
 そう、この考え方が、「ラーニング・コミュニティ」の基本です。まぁ、事例集は「作文」ですので、どこまで実態を反映したものなのかは分かりませんが、少なくとも、たいへん上手にデザインされた教育モデルの中にSNSが組み入れられていることは分かります。大学SNSの上手な使い方のモデルといえるでしょう。

BMWのローカル文化

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 ずっと前にバイクの種類によって異なる文化があるという記事(クルーザーとアメリカン)を書きましたが、BMWのバイクに乗る人たちには際立って特徴的な文化があります。それは、電装カスタマイズが好きだということ。

 たとえば、2年ほど前からバイクにもポータブルナビを付ける人が増えてきましたが、それまではナビを付けているバイクといえばほとんどがBMWでした。アマチュア無線のモービル機を付けているバイクもやはりBMWが多い。他にもレーダー探知機、自動空気圧計、ビデオカメラなど、BMW乗りのコックピット周りは、電子機器でゴテゴテしていることがめずらしくありません。

 また、冬には電熱ベストを着る人が多いのも特徴の一つです。一般にバイク乗りは、身体の自由度が制限されることを嫌がる傾向にあるため、バイクとケーブルで結ばれることはイヤがるものなのですね。だから、電熱ベストが暖かくて快適なことは分かっていても、ベストからバッテリーに電源コードでつながってしまうことに抵抗感があってなかなか手が出せないのです。

 でもBMW乗りは躊躇しません。快適になるなら、バイクとコードで結ばれることくらい平気です。電熱ベストのコードを腰につけ、アマチュア無線のコードをヘルメットにつけ、さらにエアバッグ・ジャケットのコードを胸につける。アンプがない場合は、さらにメディアプレーヤーからイヤホンのコードを耳まで延ばしていることもあります。

 どうしてこういう文化が発達したのか説明するのはさほど難しくはありませんが、その話はまた今度にしましょう。

 ぼくとしては、そういう文化とは一線を画しているつもりだったのです。でも、今から思えば、BMWを買って一番最初にやったカスタマイズはハンドル周りにシガーソケットを取り付けることだったし、初代Mio168が出るやいなやバイクに付けたし、どうやら初めから完全に文化圏に取り込まれていたようです。

 最近になってようやくそのことに気づきまして、なんだか吹っ切れたような気分になりましてね。もう遠慮することはないとばかりに、ナビとアマチュア無線機を取り付けることにしました。ただし、どちらもBluetooth付きの機種です。やっぱりコードが増えるのは面倒だし、なんとなく抵抗感があるし。

 今は忙しいので手をつけていませんが、5月半ばには立派な「ビーエム乗り」に成り下がっていることでしょう。

 ところで、Bluetoothといえば、ぼくはタンデムのときに会話をしたり、乗車中にも携帯電話に出られるように、Bluetoothのヘッドセットをヘルメットに取り付けています。イタリアのセルラーラインという会社から出ているインターフォンという商品です。

 これまでずいぶん活躍してくれましたが、ナビ、無線機、携帯という3系統と連結するには力不足なのですね。モノラルだし。

 で、買い換えました。デイトナから発売されているクールロボ。ところがこいつ、今つかっている携帯との相性がよくないのです。出始めのネットワーク機器は、なかなかうまくつながってくれませんね。

 携帯のほうを買い換えるということも考えましたが、夏に出ると予定されているauのスマートフォンを待っているところだし、まぁしばらくはだましだまし使っていくしかありませんかね。

 たぶんエイプリル・フール記事だと思いますが、ロイター日本語版のウェブで4月2日付けで流れてきたのがコレ↓

「スニーカーを年3足以上購入する人、リーダーの素質大=米調査」

......年間3足以上スニーカーを購入する人たちは、そうでない人たちと比べ、アイデアやビジョンといった現代のリーダーとしての資質を持っている率が61%高かった。このほか、積極的に自己主張する率が50%、より自発的である率は47%、それぞれ高かったという。

(ロイター「世界のこぼれ話」ニューヨーク 4月1日)→記事のウェブ魚拓

 この手のマヌケな調査結果に関する報道は普段からたくさんあるので、いちがいにエイプリル・フールだと断定できないところがクヤシイ。とりあえず気になるのは;

  • 「現代のリーダーとしての資質」の指標として、「アイデア」や「ビジョン」は妥当かどうか。
  • また、それらはどのようにして測定したか。
  • 「61%」などの数値が並んでいるが、合計は100%なのか?
  • 100%だとすると、「自己主張する率」などについて2群間で50%もの開きが出るのは非現実的。測定がおかしいか、加工がおかしいか、サンプルが信頼できないか、のいずれかである可能性がある。
  • たぶん、サンプルが極端に偏ってるか、少なすぎるんだろう。マーケティングっぽい調査なのでランダムサンプリングはしてないだろうし。「スニーカーを年3足以上購入する人」が5人とかだったりしても驚かないな。

 で、もしこれらのツッコミどころに合理的な回答が得られるとしたら、次に気になるのは;
  • もちろんスニーカーを買えば自己主張するようになるわけじゃない。かといって、自己主張をしたり、「リーダーの資質」がある人ほどスニーカーをたくさん買うわけでもない。おそらく、第三の要因が介在した擬似的な関連である。
  • だとしたら、第三の要因は何か。
  • 黒人社会なら階層性で説明できそうだけど、WASPはどうかなぁ...
と、けっこう楽しませてもらいました。

キーワードマッチング

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 このブログに訪れる学生たちを読書に誘導しようと考えて、Amazonのアフィリエイト広告を貼り付けてみました。「Amazonおまかせリンク(R)」という、いわゆるWeb2.0的なキーワードマッチングによる広告です。説明文を引用してみましょう。

Amazon おまかせリンク(R)を利用すると、アソシエイトメンバーそれぞれのWebサイトに適した商品を自動的に表示することができます。たとえば、数千規模のDVDレビューコンテンツを持つサイトの場合は、レビューされたDVDやそれに関連するタイトルが表示されます。リンク作成時の設定に応じて、カバーイメージやAmazon.co.jpでの最新価格も自動的に表示されます。この例の場合、DVDストアの商品のみに限らず、関連性があれば他のストアの商品が表示されることがあります。映画のサウンドトラック、特定の映画に関連したビデオゲーム、関連キャラクターのおもちゃなども表示対象になりますので、特別なメンテナンスなしに購買率を上げることが可能です。
 というのですがねぇ。しばらく試してみて確信しました。マッチング精度が低すぎる!

 まあ、このブログはテーマが多様なのでSEOには向いてない(教育なら教育、バイクならバイクに特化したブログのほうが検索エンジン対策に有効です)し、したがってサイト全体のキーワードがバラついてしまうのもしょうがない。

 でも、カテゴリー・アーカイブのページ(右のウィンドウの「カテゴリー」欄にあるリンク)は話が別です。ある程度テーマが一貫していますので、単語に分解していけば出現頻度の高いキーワードを拾い上げることが可能です。たとえば、カテゴリー「バイク」の全ページを、chasenなどの分かち書きソフトウェアで解析すれば、確実にバイクという単語が最頻語になるはずです。つまり、カテゴリー・アーカイブはキーワードマッチングに適した内容になっているはずなのです。

 にもかかわらず、まともな関連書籍が表示されたためしがない。どうやら、「Amazonおまかせリンク(R)」ではちゃんとしたキーワードマッチングは行っていないようです。

 かといって、キーワードマッチングの効率がいいというだけでGoogle AdSenseを入れるのは、学生たちを読書に誘導するという目的に合わないし。

 そう都合よくはいかないなぁ。

追記:「社会・政治」カテゴリーの書籍を表示するように変更しました。

"恐怖"というメディア

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 冷戦期の国際関係において、プレイヤーの発言力を保証するメディアといえば、資本と軍事力でした。ジョセフ・ナイ氏がいうところのハードパワーですね。

 冷戦が終わるあたりから2001年までは、知識や情報、文化、価値観などのソフトパワーが主要メディアとして浮上してきました。アメリカはちょうどクリントン政権時代。

 ジョセフ・ナイ氏は、アメリカのテレビ番組や映画、音楽、インターネットのコンテンツ、民主主義という価値観などを念頭に置きながら、ソフトパワーを「アメリカの魅力」と表現しました。しかし、2001年の911テロは、この認識があまりにも理想主義的だったことを明らかにしました。なぜならば、テロ(terror)が引き起こす/した"恐怖"も、やはりソフトパワーの一種だったからです。

 911テロ以降といえば、アメリカはブッシュ政権時代。ブッシュ政権といえば、石油資本大好きだし、戦争も好きだし、一般にはハードパワー重視のように思われています。でも、国際政策において、"恐怖"を権力の源泉として縦横に駆使したという意味では、足腰の定まらなかったクリントン大統領以上にソフトパワーを重視しているともいえるのです。

 何の話かというと、じつは前々回のエントリーに書いた住基ネットのことです。いきなり国際関係から国内の話になって恐縮ですが。

 軍事力とはちがって、"恐怖"というメディアには思想の左右がありません。「右」の人々は、テロの脅威を喧伝する形で"恐怖"をあおりたて、国民統制の強化という主張をごり押ししようとする。「左」の人々は、管理社会の危機を誇張する形でやはり"恐怖"を利用し、市民社会の自由という主張を通そうとする。

 でも、「右」も「左」も、"恐怖"を過剰にあおるという点において、ちがいはないのですね。

 リスクを客観的に評価して対策を講じることは重要ですが、"恐怖"を背景に自説を迫るのは脅迫と同じです。住基ネット訴訟の原告団の主張は前者に近いと思いますが、訴訟をめぐる報道は、合憲判決に賛成であれ反対であれ、どうも後者の色彩が濃い。

 知識や情報など、権力を媒介する文化的メディアのことを、社会学では「文化的資源」と呼びます。しかし、"恐怖"という「資源」には、知識や情報とは違って、際限がないのです。希少性がない。正確にいうと、"恐怖"を権力と結びつけるチャンスには希少性があるものの、恐怖そのものは個人的な感情にすぎないので誰もが入手可能だということです。

 つまり、"恐怖"を権力と結びつけるチャンスを持つ者(たとえば国家やマスメディア)であれば、無限にその資源を活用して自説をごり押しすることができてしまうのです。

 ぼくも社会学者ですので、管理社会のおそろしさは十二分に承知しています。でもね、「右」であれ「左」であれ、"恐怖"を使って「下」を操縦しようとする態度は、それ自体におそろしさを感じざるをえないのです。


注)引用符なしの「恐怖」は個人的感情、引用符つきの「"恐怖"」は個人を超えた創発的な価値物の意味で用いました。

計量研究の紹介記事

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 22日付の共同通信配信記事にこういうのがありました。短いので全文引用させてもらいます。

緑茶たっぷり、胃がん撃退 緑茶たっぷり、胃がん撃退 喫煙者には効果なし

 緑茶の渋味成分であるポリフェノールの一種の血中濃度が高い女性は低い女性に比べ、胃がんになる危険性が約3分の1だとの疫学調査結果を、厚生労働省研究班(主任研究者・津金昌一郎国立がんセンター予防研究部長)が22日発表した。緑茶を習慣的に多く飲んでいると、血中濃度も上がるとみられる。

 男性も含めて喫煙との関係をみると、ポリフェノールの血中濃度が高い非喫煙者は胃がんの危険性が低いが、血中濃度が高い喫煙者は、危険性がやや上がる傾向も判明。

 研究班の井上真奈美国立がんセンター室長は「たばこと緑茶の組み合わせが悪いのではなく、緑茶をたくさん飲んでも、喫煙で効果が打ち消されてしまうためではないか」と分析している。

 せっかくの研究が、最後のコメントひとつで台無しになってしまっていますね。

 記事を読むとまるで厚生労働省がやった研究のようですが、厚労省のウェブサイトにはいっさい記載がありません。たぶん、この研究って厚労省の研究費補助金を受けた日本がんセンターの研究じゃないんでしょうかね。日本がんセンターのサイトには、それらしき研究系統を紹介するページがあります。「生活習慣改善によるがん予防法の開発と評価」

 「エビデンスの評価」をのぞいてみると、「緑茶と胃がん」の関連は「ない、もしくは弱い」という結果になっています(http://epi.ncc.go.jp/can_prev/summary/pdf/green_stomach.pdf)。まぁ、順当に考えると、緑茶を飲んでも胃がんのリスクはほとんど軽減されないということなんでしょう。

 ところが、そんな結果にメゲたりせず、手を変え、品を変えながらとことん追求するのが真の研究者というものです。記事によると、「緑茶の渋味成分であるポリフェノールの一種の血中濃度」と胃がんの危険性の間に何らかの関連が発見されたらしい。よくがんばりましたねー。

 ただ、緑茶と胃がんの直接的な関連がどうやらほとんどないという結果があるにもかかわらず、「緑茶を習慣的に多く飲んでいると、血中濃度も上がるとみられる」なんて誤読を導くのははなはだ不誠実です。この辺は、たぶん研究者がそれっぽく示唆したことを、記者さんがはっきりと書いちゃった、というところかもしれません。

 ともかく、うまい発見に気をよくしたんでしょうね。「ポリフェノールと喫煙との交互作用を調べてみよう」ということになった。

 すでに「胃がんと喫煙」の関連ははっきりと出ているので、緑茶のポリフェノールとの重層的な関係を調べたいというのは自然なことです。ひょっとしたら、喫煙のリスクを劇的に軽減したりする効果が見つかるかもしれない。

 ところがその結果!

 たしかに交互作用は見つかったものの、それは「ポリフェノールの血中濃度が高い喫煙者は、(胃がんの)危険性がやや上がる傾向」というものだった。

 しくみはまったく不明ながら、「タバコを吸わない人には胃がんのリスクを減らす可能性があるポリフェノールが、タバコを吸う人には胃がんのリスクを増やしてしまう可能性がある」というのです。

 これって大発見じゃないですか?

 疫学の範囲は超えてしまうけど、どうしてそんな不可解な現象が生じているのかを突き止めることができれば、さらに面白い研究になります。

 なのに!

研究班の井上真奈美国立がんセンター室長は「たばこと緑茶の組み合わせが悪いのではなく、緑茶をたくさん飲んでも、喫煙で効果が打ち消されてしまうためではないか」と分析している。
 そりゃないでしょう。そんな結論ありえないでしょう?

 この研究分野なら、使ったのは分散分析か三重クロス表でしょうか。「緑茶をたくさん飲んでも、喫煙で効果が打ち消されてしまう」というのは、分散分析風にいえば、「緑茶による負の主効果よりも喫煙による正の主効果のほうが大きい」ということです。交互作用とはまったく関係がありません。

 交互作用をいいあらわしているのは、まさに「たばこと緑茶の組み合わせが悪い」ということ。それ以外の解釈の可能性はないんじゃないかな。

 もし、井上真奈美さんが本当にこういうことを言ったり書いたりしたのだとすれば、それはすなわち、井上真奈美さんは自分が研究に使っている統計について、大学2年生レベルの基礎知識すらお持ちでないということになります。それとも、「緑茶は体にいいはずだ!」という仮説に目が曇って、自我包絡に陥ってしまっているか。あるいは、その両方かな。

 つまり、記事の最後のコメントは、ほとんど研究者としての資質を疑わせるような内容なのですね。

 もしぼくが井上真奈美さんで、そしてぼくがしゃべった内容を記者が誤解してあんな記事を書いてしまったとしたら、即、名誉毀損で訴えるところです。

 実際のところは、記者が悪いのか、井上真奈美さんが悪いのかはわかりませんが、専門家の論文を素人である記者が紹介するというのは、もともとムリがあるという気はしています。

子どものデータの信頼性

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 まったく、あきれたニュースです。

 「死んでも生き返る」と考えている中学生が2割もいる−−。兵庫県内の幼児から中学生まで約4200人を対象に死生観を聞いたアンケートでこんな結果が明らかになった。背景には、身近な人の死に触れる機会が減り、一方でゲームなどに仮想の死の情報があふれる現状があるとも考えられる、という。死が絶対的なものとの認識は小学生でいったん確立するが、中学時代にはそれがぶれる現象が起きているようだ。【井上大作】 →記事全文のウェブ魚拓

 記事によると、「生と死の教育研究会」が2003年に実施した4〜9歳の聞き取り調査と、翌2004年に6〜14歳を対象に実施したアンケート調査の分析結果を出版したそうな。問題なのは次のくだり。

「死んでも生き返ると思うか」と質問した04年のアンケートでは、小学5、6年生から「死んでも生き返る」という答えが目立ち始め、中学生では「生き返る」「たぶん生き返る」と答えた子どもが計2割に及んだ。現代の子どもにとって死の現実感が薄れるなか、「生まれ変わり」などの宗教的イメージも重なり、生と死の境界をあいまいに考える傾向があるようだ。

 「生と死の教育研究会」がそう分析したのか、井上記者がそう勘違いしたのかわかりませんが、これほど噴飯物の記事にはなかなかお目にかかれません。読後、しばらく大笑いさせていただきました。

 これは、順当に考えれば、小学校の高学年くらいから大人を茶化して遊ぶような態度が育ちはじめるため、「死んでも生き返ると思うか」というばかげた質問に対して、ふざけて回答をする子どもが多くなってしまう、ということでしょう。

 子どもを対象とした調査では、こういう形でサンプルが信頼できなくなってしまうことがよくあります。ふざけた回答をする子どもは、一問だけでなく他の設問でも茶化した回答をする傾向にありますので、回答全体を精査して、信頼できるかどうかを判断します。そして、明らかにふざけた回答を含むと考えられる場合は、有効回答から除外する必要があります。

 そういう操作を加えることによってデータの信頼性は低下しますが、もともとそういう回答のゆがみを生じさせてしまった時点で、端的にいって、調査に失敗しているわけですね。

 子どもを対象とする調査というのは、いろいろな面で難しいところがあります。

橋にかけるロマン

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 橋やダムには「ロマン」があります。大自然を相手に知恵と体力と勇気を試される非常に危険な大仕事ですので、たいていの橋やダムにはヒーロー譚があったりするものです。これがいわゆる「男のロマン」。建築後はその機能美や夜景の美しさから若い恋人たちをひきつけるものです。これは...なんのロマンだろう。

 ともかく、マンハッタン島には東西に大きな橋がいくつかかかっていて、やはり、そのすべてにちょっとした逸話があります。天才ローブリング親子が名声と人生をかけたブルックリン橋。フラッター現象で崩落するという大惨事で世界に聞こえたタコマ橋、等々。

gwb.jpg

 ニュージャージー州のフォート・リーとマンハッタンを結んでいるジョージ・ワシントン・ブリッジ(George Washington Bridge: 略してGWB)もそのひとつ。ル・コルビジェをして「世界で最も美しい橋」といわせた建築です。

 7本ものハイウェイが集中するロケーションですので、むかしから激しい交通渋滞の名所で、1962年にはもう一本の橋板を通して上下二層構造に改築するという離れ業をこなしたこともあります。上下あわせて14車線の橋は世界唯一らしい。それでも渋滞はひどいですけどね。

 この橋のなにが美しいと評価されたのかというと、スチールがむき出しの色合いや、トラス構造の骨組みをむき出しにした鉄橋です。写真を撮ったときは補修中だったのでカバーがかぶせてありますが、本来はそういう構造なのですね。(テロ対策で、いちおう撮影禁止らしい)

 ル・コルビジェいわく「無秩序な都市にあって唯一の気品の源である」とのこと。たしかに、現代建築の巨匠が好みそうな、機能主義的な様式美はあるといえるかもしれません。個人的には、美しいというよりむしろ無機的な威容が冷たいニューヨークにぴったりだと思いましたが。

 でも、G.W.ブリッジに独特な景観を与えているトラスの鉄橋ですが、本来の設計では単なる骨組みであって、表面には大理石かなにかを張ることになっていたそうです。予算不足で裸のままの設計に変更されただけだったのですね。それがむしろ現代建築らしい無骨な機能美につながったというのですから、面白いものです。

 ちなみに、G.W.ブリッジの東側は「ワシントン・ハイツ」という地域です。この一帯には、「ワシントン」や「フォート」(砦)と名のつく地名がいくつかあります。それは、アメリカがイギリスからの独立をかけて戦ったころ、ちょうどこの辺り、ハドソン川の両岸にジョージ・ワシントン将軍が砦を築いたことに由来するそうです。

こっそり総背番号制

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 あつかましいというかなんというか...

 年金問題をきっかけに、政府は国民総背番号制の導入を持ち出していますね→(23日付asahi.comのウェブ魚拓)

 安部政権、もうアカンね。

 それにしても、住基ネットの大失敗で懲りないもんかなぁ。

ワシントンポストの広告

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 日本に関心を持つ人にとっては、日本の外から日本を見たとき、いい面もわるい面もそれぞれ目に付くものです。しかし、ぼくの場合、ことジャーナリズムについていえば、不愉快になるほど"わるい面"ばかりが目に付いて仕方ありません。

 必ずしも他国のジャーナリズムが平均的に優秀というわけでもないのですが、日本の大手報道各社についてはジャーナリズムを名乗る資格があるのか疑わしくなることもしばしば。

 至近ではこのニュース。「日本の超党派国会議員有志や言論人グループなどが14日付の米紙ワシントン・ポストに、慰安婦らが日本軍によって強制的に慰安婦にされたことを示す歴史文書は存在しないなどとする全面広告を出した」(15日の時事ドットコム:当初の配信記事の半分くらいに縮小してます)というもの。→広告の現物(広告主の一人、西村幸祐氏のブログより)

 どの新聞社もこの「事件」のニュースバリューを測ることができず、配信を垂れ流しするだけにとどまりました。19日現在になっても、続報はありません。しかし、今このタイミングで、よりによってワシントンポスト紙に、日本を代表する立場にあると解釈されてしまう人々の名前入りで、こんな広告を出せば、外交関係に非常に重大な影響が生じることは誰の目にも明らかです。その重大性が、新聞各社にはわからないらしい。いや、わからないはずがない。わかっていて、書かないのでしょう。そこが腹立たしい。

 この広告のせいで、4月末に安部首相が訪米したときとは、米議会内の空気が完全に変わってしまいました。なにせ、副大統領が半公式にこの広告に激怒を表明している状態です。

 せっかく様子見の流れだった日本軍慰安婦問題の糾弾決議案は下院に上程され、可決されるでしょう。そして、北朝鮮をめぐる多国間協議で、これまで以上に拉致問題は置き去りにされることになる(拉致加害を否定しようとする国が、拉致被害を訴えても説得力に欠けます)。さらに、大統領選の流れによっては、対日重視政策が後退し、中国重視へと大きく舵を切ることもありえます。

 新大統領が就任する2009年、日本の外交環境が厳しさを増す中で、「あの広告が直接の転換点だった」と振りかえっているかもしれません。それまで、日本の「ジャーナリズム」は何もせずにただ黙っていることでしょう。

 ちなみに、賛同人の一人、島田洋一氏のブログによると、「話題になったこと自体......大いに効果があった」というスタンス。90年代半ば以降の日本で達成した政治的ムーブメントを今度はアメリカでということなんでしょうが、この世間しらずぶりをどう表現したらいいものやら。

オクラホマ

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 アルバカーキーAlbuquerqueという町のホステルでの会話。

ぼく「へー、あちこち行ってますね。このあたりだとニューメキシコ州以外ではどこに行きました?」
客A「このへんは全部行ったよ。あ、でもオクラホマには行ったことがないな」
客B「おれもオクラホマに行ったことはないな。行こうと思ったこともないや。」

 と、オクラホマは相手にされていません。というより、バカにされきっています。客Aはニューヨーク市、客Bはロサンゼルス在住なのに。もしかして全米からバカにされている...?

 ぼくのお気に入りの小説のひとつに、スタインベック著『怒りのぶどう』があります。不況で土地を失ったオクラホマの農家たちが仕事と食べ物を求めてルート66を西へと移動するのですが、道中「オーキー」などと罵倒され、賃金を買い叩かれ、ひどい目にあいながらも、たくましく生きるという話です。上の会話を聞きながら、『怒りのぶどう』を思い出していました。

 日本でいえば、ときどき京都の人が滋賀県民を田舎者として小ばかにするようなことがありますね。(あるいは、福岡の人が佐賀県民を、東京の人が埼玉・千葉県民を。)

 客観的にみれば、大津市や草津市は京都市よりも中産階級が多いのでよっぽど都市的ライフスタイルが発達しているし、レジャーも盛んで訪れる観光客は京都よりも多いくらいなのですが、京都人にとって"滋賀県民は田舎者だ"というイメージは根強いようです。京都人は自分たちが田舎者だって気づいていないこともあるしなぁ。

 さて、「オーキー」に相当する罵倒語は「滋賀作」になるのでしょうか。ただ、からかうように「オーキー」と発音すれば、英語圏では語感だけで間違いなく侮蔑をこめた罵倒語だとわかるのに対して、「しがさく」は語感が弱いですね。たとえはやしたてるように発声しても、それだけで侮蔑をこめた罵倒語だとはわからない。たぶん、会話の中で発生した罵倒語ではないのでしょう。

 差別語、罵倒語は、語感が大切です。発声するだけでそれとわからなければ意味がない。たとえば、日本人を差別する英語にJapとかNipとかあります。でも、英語では罵倒語として通用する語感があっても、日本語としてはやはり語感が弱い。「じゃっぷ」とか「にっぷ」と呼ばれたって、なかなか腹は立ちません。

 日本人をバカにするとしたら、たとえば「ぽんじん」「にぽん」「はぽん」とかが語感としては適切でしょう。からかうように、あるいは吐き捨てるように「ぽん」と発声すれば、確実に侮蔑の意図が伝わります。外国人から、「おいおい、またポンジンが集まって徒党を組んでるぜ、ははは」とかって笑われたら、きっと、めちゃくちゃ腹が立つことでしょう。

 アメリカでは、普段は差別する側といえる人を対象に、「差別されてみる訓練」をしてくれるレッスンがあります。お金を払ってわざわざ差別される体験をしにいくの。すごいでしょう。

 こういうのって、バカにされてみなければ、侮蔑された人の本当の気持ちはわからないものですからね。「差別語は使っちゃいけない」なんて杓子定規にとらえるだけでは何の役にも立ちません。実際に差別されてみれば、そしてそれで実際に傷ついてみれば、少しは理解も進むだろうという考えなのでしょう。

 オクラホマは、可もなく不可もない、ごくふつーの田舎めいた州でした。でも、↑のようなことを考えていたので、なんとなくサビシイ印象があるのでした。

北米の沙漠

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 サン・ディエゴのホステルにて。相手は博士号を取ったばかりの33歳女性。ワシントンDC在住。

女性「明日はどこに行くの?」
ぼく「はっきりとは決めてないけど明日はI-8でツーソンまで行くかなぁ。で、南部を回ってフロリダまで行ってからニューヨークに戻るよ。」
女性「え、バイクでデザートを通るの? 昼に? あついわよ。気をつけてね」
ぼく「うん、あついらしいね」(どうもこれがのん気に聞こえたらしい)
女性「出発する前に誰かにデザートを通るって伝えてからにしたほうがいいわ。ちゃんと生存が確認できるように。ここのフロントに伝えてから出なさいな」
ぼく「ははは、ありがとう。」
女性「笑いごとじゃないのよ。あそこはね、メキシコからの密入国者が毎年何人も猛暑で行き倒れて死んでしまうところなのよ。比喩じゃなくて本当に、車のボンネットで卵焼きができるくらい熱いの。あたしが行ったときも、たった10分エンジントラブルで停まっただけで本当に死ぬかと思った。遭難した!って大騒ぎだったんだから。それにね...」(以下10分ほどおどされる)
ぼく「んー、でも、それを自分で経験したくて旅をしているんだよね」
女性「わかったわ。(真顔で)グッドラック!」
ぼく「(オイオイやめてくれよ...) ^_^;」

 実際にどうだったかというと、いや、本当にあつかった。暑いというより熱かった。

 この日、気温は摂氏45度くらいまであがったようですが、ハイウェイのうえは当然さらに気温が高くなります。直射日光にさらされたものは触れないほど熱く、バイクも革手袋なしでは触れません。

 熱中症予防にハイドリングシステムで水分補給していたのですが、ホースの中のドリンクが飲み頃のホットコーヒーぐらいの温度にあたたまっていたぐらいです。

 休憩所で難を逃れようとしても、コンクリートが日なたと地続きなので日陰ですら床がカンカンに熱いのです。自動販売機はすべて故障中。ぜんぜん休憩になりません。

 しかたなく走り始めると、熱せられた地面とカンカンに熱くなったバイクのエンジンから、まるでストーブの熱風みたいにとがった空気が吹き上げてきます。しかも、ただ走っているだけなのに、タイヤから焦げ臭い匂いが漂ってくるし。

 Tシャツでバイクに乗っている人を見て、10分ほど夏用のメッシュジャケットに替えてみましたが、けっきょく暑いのに加えて熱くなっただけでした。気温が体温より高ければメッシュジャケットにはまったく意味がありませんね。もちろん3シーズンジャケットでも暑いのですが、熱風を防げるうえ、高速で走っていると汗が気化するときに少し涼しくなったりします。

 それにしても、あのTシャツ野郎はすばらしい馬鹿ですね。結構好きです。真似しようとは思わないけど。

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 昨日も書きましたが、多くの場合、desertは水域がないだけであって、べつに砂ばかりっていうわけじゃないですから、「沙漠」と訳してもらいたいところです。アラスカでもツンドラが枯れて沙漠化している地域があるようですが、ようするに草が生えずに荒地になっているということですね。「砂漠化」では印象がかなり違います。

 とはいっても、北米にも砂だらけのところはあります。規模が小さいですから「砂丘」dune扱いですけど。写真はカリフォルニア州の南東端にある砂丘で、北米ではめずらしいためか横に休憩所が設置されていました。

 アリゾナの沙漠の写真はありません。そんな余裕ありませんでした。

 そういうわけで、アメリカ最南部のコミュニティをまわってみたいというもくろみは、一日で挫折しました。ぼくはまだ耐えられたんですが、バイクがかわいそうで。だから進路を北に変えて、ルート66沿いに進んむことにしたわけです。

参考)アリゾナはグランドキャニオンとサボテンで有名な州で、北米でもっとも自然美の豊かな地域のひとつです。文字通り死ぬほどあつい夏の州南部はオススメしませんが、グランドキャニオンに近いフラッグスタッフFlagstaffという町のホステルには日本からも何人か旅行客が来ていました。ルート66を町おこしにしている、かわいらしい町ですよ。

南カリフォルニア

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 「desert」で辞書を引くと「砂漠」と出ます。でも、少なくとも北米大陸についていえば、砂漠という訳は正確ではありません。「不毛の地」「荒野」「乾燥地帯」ぐらいが適切な訳でしょう。エンカルタの英英辞典にはこう載っています。

desert /dézzərt/
1. arid area: an area of land, usually in very hot climates, that consists only of sand, gravel, or rock with little or no vegetation, no permanent bodies of water, and erratic rainfall
不毛の地域:通常とても暑い気候で、砂、砂利、岩だけしかなく、植物はほとんどないしまったく生えず、水域は存在せず、不規則に雨が降る土地。
クリックすると大きくなります。カリフォルニアの典型的な山の風景 つまり、サハラ砂漠などの砂だけしかない土地だけでなく、サボテンしか生えないやせた土地もやはりdesertなのですね。かつては水が少ない土地という意味で「沙漠」と表現することもあったようですが。

 写真はカリフォルニアの典型的な山の風景です。東海岸の風景に比べると高木がなく、枯れ草ばかりで全体的に茶色をしています。月がきれいだったので撮りました。このとき、脳内に流れるバックミュージックはホテルカリフォルニア。On a dark desert highway〜♪

 さて、ロサンゼルスで古い友人たちと会ったり、アメリカ社会学会のカンファレンスに出席したり、日本から来ていた共同研究者と進行中の調査プロジェクトのミーティングをしたり、といった仕事をこなしたあとは、仕事モードからリゾートモードに切り替えました。

 まずはロサンゼルスのビーチ。

 ロサンゼルスといえばサンタモニカやベニス・ビーチが有名ですが、あそこは商業地であまり水質がよくないということもあって、土地の人が海に入って泳ぐことはめったにありません。ジモティにとっては散歩をしたり、ショッピングをしたり、ビーチバレーをしたり、スケートを楽しんだりするところなのですね。ぼくにとっては桟橋(ピア)から釣りをするところ。

 では、ジモティはどこで泳ぐかといえば、もう少し北上して、マリブ・ビーチやズーマ・ビーチまで行きます。どちらもたいへんキレイなところですが、ぼくはズーマのほうが好きですね。

 南カリフォルニアのビーチには、アメリカの他のビーチとはハッキリした違いがあります。すなわち、みんな引き締まったカラダをしているのです。ほとんど例外なし。

 南カリフォルニアは暖かいせいか、ことあるごとに男も女も服を脱いで肌を出します。そして、肌を出す機会が多いため、みなさん、カラダづくりに熱心です。たぶん、全米でもっともフィットネスやジョギングが盛んな土地でしょう。もちろん、ジョギング中も脱いでます。そんな人々にとって、ビーチはカラダづくり発表会の場でもあるのですね。(→参考

 みんな腹筋が縦に割れてるのです。そんな中、一人だけ横に割れたおなかで水着を着ていると、くやしいやら恥ずかしいやら。つい、むなしくおなかを引っ込めたりしてしまいます。

 ロサンゼルスのあとは、200kmほど南下してサンディエゴのビーチ。

 サンディエゴでは、なぜかロサンゼルスよりもビーチの人口密度が高いです。ヌーディストビーチになっているようなところを除けば、日本の海水浴場なみに人が多いです。そして、それがみんな、老若男女を問わず、いいカラダをしている。町の中では太ってる人も見かけるけど、ビーチには近づけないんだろうなぁ。その気持ちはよく分かる。分かるぞ。

 という感じで、カラダを鍛えようという決意をお土産に、南カリフォルニアを後にしたのでした。

ウィスラー

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 カナダ西部の大都市バンクーバーの北にウィスラーWhistlerというまちがあります。日本ではスノースポーツのリゾート地として有名ですが、大都市からわずか百数十キロのドライブで大自然にアクセスできるため、年間を通してたいへん人気のある保養地です。

ウィスラー バンクーバーからウィスラーにアクセスするルート99は、ぼくが北米を旅行してもっとも楽しかった舗装道路です。ドライブ好きならカナダ旅行の際にけっして外してはならない行程でしょう。無数のビューポイントのなか、南半分はよく整備された高速ワインディング、北半分は少々ラフな路面だけどアップダウンのある連続コーナーを楽しむことができます(写真は北端部分)。

 しかも、「観光地のそばにはパトカーがいる」という鉄則はルート99には当てはまらないようで、ドライビング、ライディングを目的にきている走り屋さんたちが飛ばしまくっていました。

 そのウィスラーですが、カナダの保養地の中ではやや異色の場所だという印象を持ちました。ツアー客やバックパッカーが多かったバンフを「観光地」と表現できるとすれば、ウィスラーは都市的スポーツを楽しむための「レジャー地」と呼べると思います。

 というのも、まずノリが体育会系なのですね。まったりゆったりと自然を散歩するような人は少なくて、ウィスラーでは遊び方も派手です。昼はロッククライミングやダウンヒル(スキー場をマウンテンバイクで駆け下りるのです。すっごい危険な遊びですよ)、夜はパブでどんちゃん騒ぎ(「今夜は何をして遊ぶんだい?」と聞かれました)。ホステルは部屋も通路も遊び道具が散乱しています。

 自然相手のスポーツが好きな人にとっては天国のような場所なんでしょう。あちこち動かず、ウィスラーだけに1ヶ月以上留まっているという長期逗留組みがとても多かった。カナダに来ているというより、ウィスラーに来ているということかな。冬は日本からもウィスラーに山ごもりする人がけっこういますよね。

 そして、地形的には山地なのですが、対人関係の築き方や距離感のとり方などはドライで個人主義的なところがあり、文化的にはたいへん都市的といえます。

 たとえば、ほかの観光地とは違って、ホステルでも「みんな友だちになろうよ光線」を出している人は少なく、自分の遊び道具を熱心に整備したり、自分の友だちとだけ話をする人が多かった。

 また、ウィスラー以外の北米では、ツーリング中のライダーは別のバイクとすれ違うとき左手を出して挨拶をします。「Hi!」「おつかれさん」「気をつけてな」といった意味を込めたハンドサインを出し合うのですね。片方のライダーがツアラーであれば、もう片方はツアラーでなく土地のライダーであってもハンドサインは出し合います。ところが、ウィスラーでは土地のライダーはハンドサインはほとんど出さないし、出しても返ってきません。

 ルート99の緊密な交通網でバンクーバーと連結されていて、経済的、社会的にはバンクーバーと同一の都市圏に含まれるのでしょう。山の中にあるからといって田舎だとはかぎらないんだなぁと実感しました。

 アラスカからカナダに戻ってきたところで、デンプスター・ハイウェイを通って北極海に近いイヌビクInuvikという町に行ってきました。この町の発音は現地の人に聞いても「ヌビク」という人と、「イービク」という人が同じくらいいて、よく分からないんですよね。

 デンプスター・ハイウェイは、ダルトン・ハイウェイと同じく未舗装のハイウェイです。とがった小石がたくさんあるため、パンクがとても多いことでも有名です。ダルトン・ハイウェイに比べると、山の中を通るので見晴らしがよく、景観に優れているといえます。また、ダルトン・ハイウェイは終点に石油の基地以外に何もないのに対して、こちらはイヌビクという先住民の多い町がありますので、それなりに楽しめます。

 また、カナダで北極海に抜ける唯一の道路がデンプスター・ハイウェイです。極北のオフロードを走りたがるモータリストにとっては、アラスカのダルトン・ハイウェイと並んで「聖地」となっています。

 ここでもやはりファイアー・ウィードが印象的ですが、個人的に「ホーステイル」(馬の尻尾)と呼ばれていた雑草がたいへん気に入りました。乾燥すると種子が服につきまくるので現地では嫌われていましたけど。

 イヌビクまで行くためには、ユーコン川やマッケンジー川を無料フェリーに乗って渡ったりします。アメリカやカナダのナビゲーションソフトではフェリーのルートが登録されていないみたいで、イヌビクまで経路探索しようとすると「不明です」とエラーが出てきます。

 イヌビクは人口約3千5百人。日本の感覚だと少ないように感じますが、この緯度圏では最大規模の町です。もともと水害を逃れるためにインディアンとエスキモーのまちを移転してつくったのですが、北西カナダの拠点として発展してきましたので、今では人口の6割が非先住民です。

 イヌビクでは、よくもわるくも、先住民の現実をいろいろと目の当たりにしました。まぁそれを見にわざわざ行ったわけですが、後味の悪い旅でした。詳細はナイショ。

 往路もテントに5cmほど雪が積もったりしましたが(8月1日)、復路のデンプスター・ハイウェイは悪天候で苦労しました。ただ、気温が低かったおかげで、ツンドラが紅葉を始めていました。どの低木もカエデ並みに鮮やかに発色しています。全体がきちんと紅葉したらかなりの見ものでしょう。一目千本どころじゃなく、地平線まで視界に入るすべての植物が紅葉するのですから。

 日本から極北に旅行に行くときは、オーロラ観光のために真冬がハイシーズンとされていますが、個人的には9月がオススメです。2月に行ってオーロラが見えなければそれまでですが、9月に行けば、たとえオーロラが見えなくても、ツンドラの紅葉を楽しめるかもしれませんので。

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デンプスター・ハイウェイの入り口。ドーソン・シティから東に20kmほど。なんと8月1日深夜から早朝にかけて積雪があり、テントにも積もりました。昼過ぎには解けましたが、山の上には雪が残っています。道路はよく整備されていて、雪が降ってもおおむね硬くしまっています。ドロドロになるところもありますが。
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風雪で岩が崩れて表面を白い砂利が覆った山。赤土が露出したレッド・リバー雑草もワイルドフラワーもピンク色
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ハイウェイの脇にはまるで植えてあるかのようにファイアー・ウィードが生えています。高地を抜けます。森林限界線。湖のほとりにかわいらしい町がありました。対岸でなければおジャマしたところなのですが。
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ピール川の渡河フェリーまで2km小さな無料フェリーが往復して大河を渡してくれます。水辺に生える野草。緑の中に白くて清楚な花がフワフワゆれています。
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白樺、ブラックスプルース、ホワイトスプルースが混生しています。マッケンジー川の渡河フェリーを待っているところです。全長4千kmを超えるカナダ最長の川で、北米でも2番目の長さ。イヌビクに到着しました。エスキモーとインディアンの両方が暮らす町です。ただし、北西カナダの拠点として整備されてきましたので、現在は過半数の住民が非先住民です。
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一部のエスキモーが作る氷の家「イグルー」をモチーフとしたイグルー・チャーチ。土地に溶け込むことで先住民を一人でも"教化"しようとする教会の努力がうかがえます。ビジターセンターの外観。かっこいいでしょう。教会もビジターセンターも、しっかりと土台にすえつけられているように見えますが、ここの建物はすべて高床式です。地表が凍ったり解けたりを繰り返す永久凍土の影響を少なくするための知恵でしょう。上下水道も熱線入りのパイプがあちこちに張り巡らされています。これがホーステイルです。白と赤の2種類があって、赤いほうは成長につれて色が薄くなっていきます。これは若いのでワインレッドに近いですが、しだいにピンクを経て白っぽくなっていきます。群生するので、野原一面が赤やピンク色に染まってきれいです。ただし、乾燥すると種子が「ひっつき虫」になるので、現地では嫌われていましたが。
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キャンプ場の横を流れる川落ち込んだ気分の帰り道でしたが景色に癒されました。晴れた日に、遠くで降る雨を見るのは風情があっていいものです。「でも、あの雨の中を走るとなるとタイヘンなんだけど」と思っていると...
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案の定、ハイウェイは厚い雲の下へと入り、冷たく激しい雨にたたかれました。ツンドラの紅葉は本当にきれいです。まだ色づき始めたばかりというのに、この状態。ツンドラの紅葉もう一枚。発色が鮮やかです。

ファイアー・ウィード

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ファイアー・ウィード 7月末ともなれば、白夜のフェアバンクスとはいえ、夏の盛りがすぎて朝晩の冷え込みが厳しくなってきます。毎日少しずつ日照時間が短くなって、日没後は本を読むのが少しつらくなってきます。

 そんなある日、逗留先のご近所さんたちとお酒を飲みながら雑談をしていたところ

「そろそろ冬が来るね」
 7月の末ですよ。最初はジョークかと思ったのですが、みんなしみじみとした表情でうなづいているじゃないですか。フェアバンクスの夏は6〜8月のわずか3ヶ月間。それ以外は冬です。短い短い夏の3分の2がすでに終わって、あと1ヶ月もすれば冬が来るのです。
「あと二週間でオーロラが始まる」
「一週間もすれば強いオーロラは見えるようになるかな」
 白夜に隠れて見えなくなっていたオーロラが始まるということは、美しいけれどもつらく厳しく暗い冬がまた到来することを意味しています。
「ファイアー・ウィードが一番上まで咲いたら1週間後に初雪が降るっていうよね」
 ファイアー・ウィード(和名ヤナギラン)はアラスカでもっともポピュラーな花です。写真は7月はじめに撮ったものなのでまだ下のほうしか咲いていませんが、7月末にはもう上のほうに2〜3の花芽しか残っていません。

 「火の雑草」という野卑な名前を持ってはいますが、人々はたいへんこの花を愛しています。名前の由来は、火事のようにいっせいにマゼンダ色の花が野に咲くから、とか、山火事の後いちばん最初に咲く生命力の強い草だから、など諸説あります。

「今年はベリーが豊作だったね」
「雨が多かったせいかな。」
「そういえばデナリ・ナショナル・パークのガイドが今年はウサギが多いっていってた」
「へー、ベリーがよく採れる年はウサギが多いって本当なんだね」
 捕食関係にあるウサギと山猫の数の相関はよく知られていますが、ウサギとベリーの関係は初耳でした。

 フェアバンクスでは、調査に答えてくれた方が、取れたてのブルーベリーのジャムをくれたり、野菜やフルーツをくれたり、謝礼を要求するどころか逆にぼくをもてなしてくれることが少なくありません。みんなどこか少し粗っぽいけれども、やさしくてフレンドリーです。厳しい自然に対処するためにみんなで協力しあって生きる知恵を持っています。

後ろに座る学生 #2

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 教室で後ろに座ろうとするのはどういう学生なのか、7日のエントリーにも書きましたが、その続編です。

 前回は社会学の理論的な考え方を紹介しましたが、社会心理学分野では、学生の座席選択行動についての実証的な研究がたくさんあります。

 「Millard & Stimpson(1980)は、座席選択行動が...教室における興味や関心に反映され、前方に着席する学生のほうがその授業に対する好みや関心が高く、参加意識や学習動機も優れていることを明らかにしている。この他、教室の前方に座る学生ほど授業に対する注意力に優れ(Schwebel & Cherlin 1972)、よい成績をとることを重要と考え、他者から知的かつ独創的と見られたいという思いが強い(Walberg 1969)、など...」(川西 2006:211)
 同僚の先生の論文からの引用です。この論文の面白いところは、いくつかの授業の分類ごとに座席位置やパーソナリティの関連を調べてあるのですね。ちょっとオキテやぶりですが、5%水準で有意な相関係数だけ引用してみたのが下の表です。相関係数がプラスだと「より後ろに座る傾向がある」という意味。

  条件なし好きな
先生
嫌いな
先生
おもしろい
授業
おもしろく
ない授業
必修の
授業
選択の
授業
アパシー未来不安定.339 .219.232.194.255.347
抑うつ.282 .221  .200.264
自信欠乏      .231
帰属感大学関与感  -.308-.193-.261-.318-.294
大学一体感    -.196  
学習意欲学習意欲低下.373.278.247.276.299.285.347
授業意欲低下.246 .193 .197.194 

 ゼロ次の相関係数ですので解釈は難しいのですが、以下のことは指摘してもよさそうです。

  • 授業のタイプによって座席選択行動にかなりの違いがあるということ
  • 「嫌いな先生」「おもしろくない授業」「選択の授業」といったインセンティブの低い授業で、座席選択行動はパーソナリティや学習意欲の影響をより強く受けると思われること
  • 逆に、「好きな先生」「おもしろい授業」といった内発的な動機付けがはっきりした授業では、座席選択行動はパーソナリティや学習意欲の影響を受けにくいこと
  • 「アパシー」(無力感)の強い学生、「帰属感」の弱い学生、「学習意欲」の低い学生は、総じて後ろのほうに座りたがる傾向があること
  • 学習意欲の低下が総じて着座位置にもっとも強い影響を与えていること
 産能大の調査では、後ろに座る学生ほど厳しい授業評価をする傾向があったとのことですが、学習意欲の低い学生が多いわけですから、当たり前といえば当たり前ですね。

バイクに乗る理由

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 ニューヨークでのあるパーティでのこと。自動車学校で「キミは乗らないほうがいい」といわれて免許をあきらめた経歴がある大学院生が、こういいました。

 「しかたがないから、バイクにでも乗ろうかな、それだったら私でも乗れるだろうし。」

 「え、でもバイクはあぶないよ。」

と僕が答えるのを聞いて、周囲の人たちから質問されました。

 「どうして危ないとわかっていてバイクに乗るんですか?」

 これまでにも何度となく聞かれてきたのと同じ質問です。またか、と思うぐらい、よくある質問です。なのに、毎度毎度、ぼくは答えにつまってしまいます。

 いちばん正直に答えるとすれば「好きだからとしかいいようがない」ということになります。もっとハッキリいえば、「そんな質問をしてくる時点で、キミには説明したってわからないよ」といってあげたい。

 バイクを移動の手段としてみると、なるほど、生身なので危ないし、エアコンはないから快適でもないし、非合理的に思えるかもしれない。でも、バイクはたんなる手段ではなく、それ自体を楽しむ目的でもあるわけです。バイクのコンサマトリーな楽しみを知らない人には、「どうしてバイクに乗るのか」を説明するのは難しい。

 「どうしてあの人と付き合ってるの?」のような問いと同じで、分かる人にはわかるけど、分からない人にはいくら説明したってなかなか分からないわけです。

 でも、なにせ研究者のパーティーですから、そんな感覚的でそっけない回答に、みんなは納得できません。だから、かわりにバイクのどういう部分が好きなのかを無理やり言説にして、それっぽく説明をさせられることになります。

 「自然を感じられるところがいいんだ。谷に入るとすーっと空気が変わったりするの。そういうのは車じゃわからない。そのかわり夏冬は地獄だし、キャンプ場を出るとき雨降ってたりすると、なんでこんな旅してるんだろうってウツが入ることもあるけど、その後、パーっと晴れて気持ちよく飛ばせたりすると、それだけで生気がみなぎってくる気がする」

 「車体との一体感がよくてね。まるで馬に乗っているみたいに"あやつっている"という実感がある。といっても馬に乗ったことはないんだけどw」

 「日常の足に使っていても、バイクってすぐにでも旅にでかけられるようなイメージがあるでしょう。ぼくは旅人にあこがれがあるみたいでね。」

 「サーキットって気持ちいいんですよね。景色も路面もきれいだし。歩行者や飛び出しを気にしなくていいし、白バイもいないし。ただ前だけ見て好きなように走っていればいいというのは何ともいえない快感なんですよ」

 いずれも、僕がバイクを好きな理由の一部ではあるけれども、じゃあ、それ(ら)が理由でバイクに乗っているかというと、そうとはいえないのですね。つまり、上記の理由がなければバイクに乗らないかというと、やっぱり乗るような気がするわけです。さらに言い換えると、上記の理由では表現しつくせない"なにか"が他にもたくさん残っているわけです。

 「僕がバイクに乗る理由」というきわめて主観的なテーマを説明するために、本一冊分くらいのスペースをくれれば、より正確なことを伝えて納得してもらう方法はあると思います。でも、パーティでの「どうしてバイクに乗るの」という素朴な疑問に正確に答える方法は、ぼくにはありません。だから、結局、それっぽい理由を捏造して、話にオチをつけることになってしまうわけです。

 "自分にとっては説明するまでもない自明のことだけれども、いざ他人に説明しようとするとうまい言葉がみつからない"ようななにかを伝えようとすると、どうしても、相手がすでに理解できる枠組みをもっている代替的なストーリーを作話することになってしまいますね。

アラスカの磁場

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 アラスカには、ある種の人々を強く惹きつける磁場のようなものがあります。

 フェアバンクスの日本人はアラスカ大学関係者、旅行業関係者、その他、という3つのグループに分けられるのですが、その多くの方がこの磁場に引き寄せられるようにアラスカに定着しています。

 "その磁場の正体をきれいに言語化できたらこの調査は終了"

 と思って現地でインタビューを重ねましたが、ハッキリする前に残念ながら時間切れとなりました。中途半端なまま結果を刊行するか、再調査するか、迷っているうちに時間ばかりがすぎてしまいました。6月までに決着をつける予定です。

 さて、磁場の正体を明らかにするために、磁界の中心にあるのは何だろうかと考えてきたのですが、人によってその答えが違うのですね。

 当初は、トラッパー(罠猟師)やハンターなど、完全なブッシュ生活をしている人々が磁界の中心に近い存在だろうと思っていたのですが、これはカヌーや山歩きなどアウトドアライフに強い関心を持つ一部の人にとってのイメージにすぎませんでした。

 北の大自然(とともに生きる生活)はもちろん磁界の構成要素のひとつです。調査の語り手の言葉を借りるなら「北への憧れ」ですね。

 しかし、インタビューの全体像からいえば、それよりもむしろ、アラスカのどこか「のんびりした時間の流れ」や、アメリカ本土以上に個々人のライフスタイルを尊重する「こだわらないところ」を強調する語り手が多かったように思います。

 ぼくの専門のひとつであるナショナリズム研究の一環として、"人口の流出入の激しいアラスカでは、きっと民族問題も少ないにちがいない"、そう思ってはじめた調査ですが、むしろあまりにも民族間のトラブルが少なすぎて、調査の手がかりにすらならなかった印象があります。

 ここでは、先住民(いわゆるエスキモーやインディアン)以外はみんなよそ者なのですね。WASPだからといってこの地域の主流の地位を占めているわけではありません。先住民以外は、みんなただの「個人」なのです。

 アラスカは、そんな個々人をまるごと受け入れる大きさを持った土地です。そして、人々が厳しい自然と対峙するために、人種、民族、宗教の違いにこだわらず、困ったときには力をあわせて生きていく土地です。

 そうそう、「アラスカの人が好き」という語り手もいました。安易に人に頼らず、文字通り自分の手で問題を解決していく不羈の精神を持つ人々。そんなアラスカ人が好きだというわけです。

 こうしたさまざまな理由があって、ある種の人々にはアラスカがオーロラのように魅力的にみえるのでしょう。

後ろに座る学生

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 昨日のasahi.comから。「後ろに座る学生、教員に厳しく自分に甘く 産能大調べ

 うーん、産能大。二学部で収容定員2320名と小さな大学ですが、ICカードで出席管理をしているわけですね。どこかのマンモス大学のように、"一クラス200名を超えるような大講義が多くて、そうでもしないと出席管理できない"というわけではないでしょう。おそらく、個々の学生の就学状況を科目横断的に把握し、より丁寧に指導することが目的で導入されているのだと思います。やりますね。コストの問題から二の足を踏んでいましたが、やっぱりウチでもやるかなぁ。

 さて、座席指定をしない大きな教室だと、一見するだけで、前のほうに座る学生と後ろのほうに座る学生とでは、タイプが違うと気づきます。

 というのも、まず髪の毛の色が違います。前のほうは黒に近く、後ろのほうに行くにつれてだんだんグラデーションの階調が明るくなり、茶色を経て金色へと変化します。服装も違います。前のほうはカジュアルな服装が多いのに対して、後ろに近くなるとだんだんハデになり、肌の露出も多くなります。そして化粧が違います。前方の学生はノーメイクかナチュラルメイクですが、後ろのほうはアイメイクを中心とした濃い化粧が目立つようになります。

 ようするに、着座位置によってライフスタイルがある程度違うのですね。

 社会学的には、これを「権力からの距離」power distanceと解釈します。どれくらい権力志向が強いか弱いか、を意味する言葉です。文化集団によって権力志向の強弱は異なるものなのですが、面白いのは、権力志向が強い文化集団は、政治的にも物理的にも、権力に接近することを好みます。

 例えば、京都では御所の近辺の地価が高いのですが、これは天皇に代表される権力への接近願望のあらわれだと解釈するわけです。逆に、遠足のバスで一番後ろに座りたがるとか、教室で一番後ろに座りたがるなどというのは、いずれも、教師が代表する権力から距離を置こうとする態度のあらわれということになります。

 ようするに、"よい子"と認められることに慣れていたり、"まじめ"とみなされることをイヤがらない学生集団は前に座ることをいとわない。一方、ワルそうな格好、ハデめの格好をしている学生は無意識に権力(教師)から距離を取りたがる。そして、産能大の調査によると、後者のほうが成績が悪かった、と。

 ちなみに、ぼくは今でもなんとなく後ろのほうに座りたがります。

デナリ

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 カナダはまだそれほどでもないのですが、アメリカの地名というのは、こう、情緒がないというか、即物的というか、とにかく味気ないところが多いです。

 川沿いだからリバーサイド。崖があるからクリフ。赤土の流れる川だからレッドリバー。ラジウム温泉が出るからってRadium hotsprings、硫黄の山だからってサルファ・マウンテン。ダウンタウンのあたりなんか、もう名前どころか数字ですからね。ファースト、セカンド、...。

 北米大陸最高峰のマッキンリー山もそう。19世紀末、探検に来た若者が、当時のアメリカ合衆国大統領(候補?)ウィリアム・マッキンリーにちなんで命名したというのですが、この山とはまったく何の脈絡もありません。

 アラスカの人々はこの山のことを「デナリ」と呼ぶことが多いです。地域のインディアンの言葉で「偉大なもの」の意味らしい。たしかに、この山だけまるで単独峰のように、他の山々から抜きん出てそそり立っています。

 植村直己をはじめ、多くの探検家たちの永眠する山は、本当にきれいでした。「デナリ」はアラスカの象徴であり、誇りでもあります。白人たちが"発見"した土地に思いつきで与えたいーかげんで即物的な名前と違って、なんと相応しく、なんと叙情的な響きを持つものか。

 全景を拝めるのは週に一度あるかないかという話でしたので、ぼくは午前3時にデナリ・ナショナル・パークのキャンプ場を撤収し、もっとも天候の落ち着く時間を狙っていきました。

 真夏とはいえアラスカの早朝は寒かったですけどね。どうです、大成功でしょ^^
 この1時間後には濃いガスが出て、一日中真っ白だったんですよ。

国立公園を午前3時に出てから南に2時間のライディング。午前5時のデナリの朝焼け。午前6時ごろ、違う角度からもう一度。威容の全景を拝めるのは週に一度あるかどうか。この日も1時間後にはガスに隠れた。広大なデナリ・ナショナル・パーク。人の影響を厳格に管理し、自然をあるがままの状態で維持する努力で知られる。ただし、デナリからかなり北にあるため奥地まで入らないとデナリは見えない
マイカーの乗り入れが許されるのは公園のほんの入り口付近まで。それより先は徒歩か有料バスを予約する。バスの窓からバスの窓から
たいていは、アリのようにしか見えない遠くの動物を双眼鏡でがんばって探すことになるのですが、運がよければ接近遭遇することがあります。
バスの窓から運がよければバスツアーでも野生生物をまじかにみることができるかも。これはグリズリー。これほどの接近遭遇はまれにみる幸運だとの話でした。バスの中からだとぜんぜん怖くないですね。こういうのは「熊を見た」だけで、「熊と出会った」のではないと僕は思います。キャンプサイトでお茶を飲んでいたらかわいらしいお客さんが。

アラスカ魂

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エリオット・ハイウェイにあるロードハウス。インディアンの女の子が無愛想に店番していた 写真は「ダルトン・ハイウェイ」で紹介したロードハウスです。いろんなものがオブジェとしてきれいに飾ってありますが、その実、ドラム缶だのチェーンだのといった"ゴミ"なんですね。

 アラスカでは、こうした"ゴミ"が庭に散乱していることが多々あります。というのも、アラスカでは何を買うにも送料が高額になるため、新たに購入するよりも廃棄物を再利用して自作したほうが時間的にも経済的にもメリットがある場合が多いのです。つまり、こういった"ゴミ"に見えるものも、そのうち再利用される予定の"資源"なのですね。サステイナブルです。

 逆にいうと、自分の知恵と体力で目の前の問題の解決に当たろうとすること、そのために使えるものは何でも使うこと、そういう態度がアラスカで生きていくために必要な資質ということかもしれません。

アラスカの屋外トイレ。アラスカは都市部でないかぎり水洗トイレは少ないです。マイナス40度でここを使うのを想像してみてよ
 ちなみに、左の写真は、このロードハウスのトイレ(アラスカのトイレはたいていポットン便所です)に張ってあった壁紙。マイナス40度でも屋外トイレ。さむそー。

 話は変わりますが、同じく「ダルトン・ハイウェイ」の最後で紹介したように、復路でスピードがのったまま2mほど崖下にコースアウトしました。

 写真を撮るために止まろうと思って、路肩によってしまったためです。路肩には砂利が山盛りになっているため、足を踏み入れるとタイヤをとられてコントロールを失ってしまうのです。道は左カーブなのに慣性のまま直進することしかできず、数瞬後には苦労の甲斐なく飛んでました。

 見渡すかぎり一人っきりで走ってたんで、道の真ん中で止まればよかったんですけどね。路肩は危ないと分かっていたのに、ついクセで。往路を征服した安堵感もあったのかな。

 で、転落の結果、胸とわきの肋骨を骨折しました。ヒットエア(エアバッグの付いたジャケット)のおかげで、頭から岩の上に落ちたわりに首を損傷しなかったのは幸いでした。ただし、胸の骨折はエアボンベで強打したせいですが。

 たまたまそばで客まちをしていたヘリのパイロットと、道中で顔見知りになったピーター(推定58歳)に手伝ってもらって路上までバイクを引き上げてもらいました。

「写真撮っておかなくていいのか?w」(byパイロット)
 といわれて撮ったのがあの写真です。バイクのほうは、運よく、クラッチの液漏れと、パニアケースのステーとウィンドシールドが折れただけで済みました。コースアウトしたときは120km/h→40km/hぐらいまで減速できていたのかもしれません。一枚目の写真は、そのときの応急措置です。みっともなー。

パニアケースのステーが折れました。木切れで応急手当 直してもらいました。
 朽ちた木切れを使ったいーかげんな応急措置でしたが、意外とラフに乗っても大丈夫でしたので、ダートも含めて何千キロかそのまま走っていました。

 しかし、事故から2週間後、アンカレッジ近郊でBMWバイクのオーナーたちの集会(Rally)に参加したのですが、地元の方のガイドでオフロード走行をしたとき、さすがに応急措置ではもたずに壊れてしまいました。

 駐車場に止めていると、地元のライダーたちが目ざとくそれを発見しまして、話しかけてきました。

「どうしたんだこれ」
「ダルトン・ハイウェイでクラッシュしてね」
「俺んち、ここから15分ぐらいなんだけど、3時間ぐらい待てるんだったら直してきてやろっか?」
「マジ? ありがとう!」
 2枚目が修理後の写真です。
「信じがたいほど美しい仕上がりじゃないですか! ありがとう!」(ぼく)
「アラスカに住んでればそれくらいできるさ」(直してくれた人)
「おいおい、おれはそんなことできないぞw」(その友人)
 他の参加者からも、割れたウィンドシールドを新品に換えてもらったり、酒をおごってもらったり、ずいぶんやさしくしてもらいました。しかも、クジで一等賞(BMWディーラーの$250商品券)が当たったり。まぁとにかくいろいろと楽しかった。

アラスカの本

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 今日はいくつか本の紹介。

 ぼくがアラスカになんとなく関心を持ちはじめたのは10歳ぐらいのときだったと思います。しかしはっきりとした憧憬を意識するようになったのは12歳のころですね。そのきっかけのひとつになったのは、ある小説でした。

 当時、ぼくは新田次郎という作家がお気に入りで、11〜12歳までの2年間でそのころに出版されていた作品はほとんど読破したと思います。短〜中編の山岳小説では今でも右に出るものはいないという大家なのですが、いくつか長編の小説もあります。ぼくが好きなのは銅山町での公害との闘いを描いた『ある町の高い煙突』、そしてフランク安田の生涯を描いた『アラスカ物語』。けっきょく、この2冊が、小学生のころに読んだ本でいちばん印象に残っているもの、ということになります。

 『アラスカ物語』のハイライトは、クジラ乱獲による飢餓と西洋人が持ち込んだ疫病で絶滅の危機に瀕していた北極海沿岸のエスキモーたちを救うため、フランク安田が鉱山技師たちとともに2年がかりで金鉱を探しあて、その資金を元手にブルックス山脈を越える民族大移住を決行するあたりでしょう。フランク安田のことを「エスキモーのモーゼ」とたたえた新聞もあったとか。そんな偉大な日本人が実在したことを知っていましたか?

 アメリカに在外研究に出る直前になって、20数年ぶりに読み直してみましたが、いま読んでも社会学者の批評眼に耐える興味深い記述がたくさんありました。同書が執筆された当時はエスキモーについて日本語で読めるまともな文献はほとんどなかったはずですので、新田次郎さんは1ヶ月というかなり短期間のアラスカ取材で非常に正確に情報を収集されたようです。

 エスキモーといえば、ジャーナリスト本多勝一さんが若いころにエスキモー村に住み込みで書いたフィールドノートが秀逸です。文化人類学的な参与観察の業績として十分に通用する内容になっていて(もちろん多くの学術書よりも読みやすいです)、『カナダ・エスキモー』というタイトルで出版されています。

 アラスカに関する書籍でほかにぼくが好きなのはジョン・マクフィーの『アラスカ原野行』。やはり著者はジャーナリストですが、時間と手間と紙幅をかければこれほど豊かな情報を読者に与えられるものかと感心させられた本です。ぼくのアラスカ理解のかなりの部分はこの本が基点になっているといっても過言ではありません。

 ほかには、読み物として、星野道夫さん、野田知佑さんも好きですね。

 一方、アラスカについての書籍のうち、ぼくが個人的にあまり好きではないものもついでに2冊紹介しておきましょう。

 ひとつは桐生広人『消える氷河』。地球温暖化の影響は極地方で極端にあらわれているらしく、カナダの氷河はおそらくあと50年もたたないうちに消えてしまうと予想されています。そのことを科学者の予測という方向だけでなく、エスキモーたちからの聞き取りからも明らかにしようと、環境保護団体「グリーンピース」が行った調査に同行したフォト・ジャーナリストが書いた本です。残念ながら、また聞き、耳学問、思い込み、が随所に盛り込まれていて、信頼性には欠けます。しかし、アラスカの環境保護派の主張を知るには手ごろな一冊です。このテーマで書かれた日本語の資料としてはたぶんもっとも入手しやすいものだからです。というより流通に乗ってる書籍としては唯一じゃないかな。

 これに関連して、最近、極地方の先住民たちがアメリカ政府を裁判に訴えました。先進諸国の環境保護の無作為が地球温暖化を後押ししていて、その結果、薄くなった流氷や河の氷が割れて死亡する事故が相次いでいる。こうした事故の責任は先進諸国にあるが、中でも環境保護政策の国際合意(具体的には京都議定書でしょう)をじゃましているアメリカ政府の罪は重い、というわけです。

 もうひとつは、ノンフィクション新人賞かなにかを受賞した広川まさき『ウーマン・アローン』です。フランク安田の存在を知ってそのゆかりの地を訪ねてみたい、とユーコン川をカヌーで下ることを決意し、冒険を終えるまでを清新な感性でつづった紀行文です。読後にちょっと勇気が出るような、そんなお勧めの一冊。賞を取るのもわかります。

 なのにどこがあまり好きじゃないのかというと、最後にただ一点だけなのですが、どうしても許せない独善性を感じるためです。

 フランク安田とエスキモーたちが拓いた町「ビーバー」を訪問した彼女は、現在の町長から「もうフランク安田のことを知っている人はここにはほとんどいないのよ」といわれ、町長からの要請もあって、新田次郎の『アラスカ物語』とその英訳本を寄贈するために戻ってこよう、そしてエスキモーたちに読んでもらうんだと決意します。それが次の旅を予感させる終わり方になっているのですね。

 『アラスカ物語』にはぼくも感激しました。でも、同書はいかにエスキモーに好意的に書かれているとはいえ(同書が書かれた当時の価値観としては本当に驚くべきことです)、やっぱりエスキモーとその文化を日本人の目で外から眺めた内容ですし、計画的思考という意味では無能なエスキモーたちを一本筋の通った日本人が救ったというストーリーです。それを当のエスキモーたちが読んではたして感動するかな。しかも、もはや計画的思考と産業社会の価値観を知っていて、ときには自分の祖先を恥じることもあるエスキモーたちが、読んで面白いと思うものなのかな。日本人のナショナリズムを押し付けられたエスキモーは迷惑だろうなと思わないのかな。

 著者の魅力は、むしろそんなことを考えずに思い込み一本で猪突猛進するところです。こうした独善性は『ウーマン・アローン』全体を貫く特徴のひとつで、それが鼻につかずにむしろ好感をもって読めてしまうところが、人徳というか、この本の魅力になっています。ただ、最後のこれだけは、ちょっと白けてしまうんですよね。

アメリカとカナダの通関

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 アメリカ合衆国にバイクを持ち込むのは、本当に大変でした。

 というのも、911テロの後、アメリカは輸出入を厳しく検査するようになっています。そのため、いろいろと手続きが面倒なわりに儲けがほとんどないということで、実績のあるバイク輸送業者がすべて手を引いてしまったのです。したがって、まず輸送を引き受けてくれる業者を探すのが大変でした。

屈強な港湾夫たちが木枠を解体していく ある業者からは、「いまアメリカにナンバープレート付の車両を持ち込むのは不可能です(きっぱり)」とまでいわれたり、あちこちの業者から輸送をことごとく断られたため、相場の倍ほどの値段であやしそうな業者に委託することになりました。契約内容は、「神戸港搬入からNY港渡しまで。アメリカ側の通関は料金に含まず」というもの。

 次の難関は、書類をそろえることでした。かならず必要なのは、(1)Bill of Lading、(2)Commercial Invoice & Packing list、(3)Arrival Notice、(4)日本の陸運局で発行してもらった登録証書、(5)個人情報を証明する書類一切合切、の5点。それに加えて、旅行者が1年未満の使用を前提に車両を持ち込む場合は、(6)米運輸省のHS-7という書類と、(7)環境省の3520-1という書類が必要。という知識をあちこち電話したりネットで検索したりしながらガリンペイロするのが大変でした。

 しかし、そこまで調べても、どの書類を誰が用意するのかまではわからない。1〜3は輸送業者が用意するものなのですが、業者の事務能力に問題があってなかなか届かない。5はどんな書類がどれだけ必要なのかわからない。6〜7はどこに何を記入すればいいのか分からない。

 でも、わからないなりに、できることすべてをやり、準備できるものすべてを用意して、通関に向かったのがよかった。窓口で2時間もかかりましたが、書類のチェックとID確認、インタビューを経て、1年間有効の許可をもらいました。

 これでようやく終わったかと思ったのですが、バイクを倉庫に引き取りにいったとき、次の難関にであいました。

ぼく「バイクを引き取りに来たんですけど」
受付「どの業者?」
ぼく「いや、個人で頼みました」
受付「でも木枠を解体しないといけないでしょ?」
ぼく「バールを貸してくれたら自分でやります。」
受付「それはダメ。解体料金は300ドルね」
ぼく「そんなの聞いたことありませんよ」
 この後、小一時間ほど、倉庫の受付やマネージャーと口論。
ぼく「おれのバイクだろ」(だんだん怒ってきてる)
マネ「ほう。だが、ここはおれの倉庫だ。バイクがほしけりゃ300ドル払うんだな」
 という流れで、根負けして300ドル支払った後のこと。モーガン・フリーマン似のトラックの運転手がそっと近づいてきて教えてくれました。
運転手「トラックを頼めばよかったんだよ」
ぼく「え?」
運転手「あのな、トラックが荷物を積み出すときは、タダなんだよ。あのバイクをいったんトラックで運び出すだろ。そして、倉庫を出たところであんたが解体すりゃ、手数料は300ドルもかからない。」
ぼく「!!」
運転手「今回はもう手遅れだけどな。次のときにそうやったらいいよ」
ぼく「そんなの先にいってくれよ...」

ウィニペグに入る国境検問所 いや、もうホント、いろいろと勉強になりました。

 ところで、この高速道路の料金所のようなところは、カナダ国境の検問所です。空いています。

 ぼくの前に一台、BMWに乗ったおじいさんがいました→入管の様子。こんな感じで、バイクや車に乗ったまま、ヘルメットを脱ぎもせず、いくつかインタビューに答えます。

 なごやかなやり取りであっという間に入国審査が終了し、税関用の黄色い紙をもらって、「中に入ってパスポートにスタンプを押してもらってください」と。見ると、横に小さな建物があって、そこが正式な入管のオフィスということらしい。

 入管の窓口で、「いつカナダを出るかぜんぜん未定だけど、ニューヨークの家には8月末までに帰らないといけない」といったら、8月末までを滞在期限にしたスタンプをパスポートに押してくれました。

 そして、税関の窓口では、受付でもらった紙を出して終わり。「え、それだけ?」といったら、事務官もわかっているらしくて、「パスポートとかバイクの登録とか、すでにいろいろ持ってるでしょ?」だって。アメリカの税関に聞かせてやりたい!

クルーザーとアメリカン

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ツーリング開始直後の装備なのでパッキングがいまいちこなれていないし、防水対策もいいかげん。 写真はツーリング開始直後の装備です。

 タンクバッグから出ている青いホースはタンクバッグの中の水筒につながっています。ホースの取りまわしは多少面倒ですが、これさえあれば走行中にも水分補給をすることができます。

 「今日は移動日」と決めたら、短いときで600km、気分しだいで1000km以上の距離を走るわけで、食事とガソリン補給の休憩をのぞけばハイウェイを一日走りっぱなし、なんていうこともめずらしくありません。そうすると、なにせ夏のことですから、問題になるのが水分補給です。マメに水分と塩分を補っておかないと、けっこう簡単に熱中症にかかります。こまめに休憩するか、このようにハイドレーションを装備するか、どちらかがかならず必要となります。

 さて、バイクは大別すると、スポーツ、ネイキッド、ツアラー、オフローダー、クルーザー、スクーターの6種類に分類されます(参考)。それぞれバイクの機能が違うのはもちろんですが、他にも、バイクの乗り方、バイクの楽しみ方、バイクに乗るときの装備など、さまざまな違いがあります。バイクに付随するライフスタイル、ひいては文化が違うといってもいいでしょう。

 ぼくのバイクはBMWのR1150GSといって、オフローダーとツアラーの中間的な位置づけです。イメージとしては、舗装されていようが砂利道であろうが、道を選ばずに世界中を走る旅バイク。ラフな長旅にも耐えられるように、全天候オールシーズン対応のバイクジャケットを着る人が多いです。

 スポーツバイクで峠を走る人は、革つなぎにフルフェイスのヘルメットが典型的なスタイルです。州間ハイウェイで長距離を移動するより、ワインディングの多い一般道をハイスピードで走行することを好みます。

ニューヨーク近郊のツーリングスポット「ベア・マウンテン」 クルーザー(いわゆるアメリカン)乗りは、Tシャツに革ベスト、革ジャン、ジェットヘル(ないしノーヘル)にサングラスが一般的。あまりスピードは出しません。というより、機能的にも装備的にも、スピードを出せないのです。制限速度を守って、まったりと直線道路をクルージングするのが正しい楽しみ方。

 アメリカでは、やはりクルーザーに乗る人が圧倒的に多いです。きちんと調べてはいませんが、ツアラータイプのクルーザーを含めると、実感としては少なくとも7割以上がクルーザーという印象です。

 では、なぜアメリカでそれほどクルーザーが支持されているのか。

 理由はたくさんあります。たとえば、いまのクルーザーの基本的なデザインは、1920年代にはすでに完成していました。Indianやハーレー・ダビッドソンの手による製品群は、第二次世界大戦ごろまで世界的な影響力をもち、多くの模倣を生み出しました。それから時代は変わっても、現在に至るまで一貫してあのスタイルの製品を提供してきたメーカーがアメリカにつねに存在してきたこと。それが理由の一つ。

 また、広大な土地柄、地平線まで続く直線道路はめずらしくありません。直線道路を長距離走行するとなれば、クルーザーかツアラーが有利ということになります。バイクの機能と国土が適合的というのが理由の一つ。

 より重要なのは、ライフスタイル。上でクルーザー乗りのスタイルは、Tシャツに革ベスト、ジェットヘルにサングラスと書きました。このスタイルは、1960年代に非合法活動で悪名をとどろかせたバイカー集団Hells Angelsで一般的だったものです。当時はハーレーといえばHells Angelsのことだったといいます。時代は変わって、Hells Angelsもほとんど非合法活動をしなくなりましたが、そのスタイルにまつわるワルっぽいイメージだけは今に息づいているわけです。さまざまな規制に管理された日常を抜け出し、自由を謳歌したいというとき、このちょいワルなスタイルが一つの手がかりになるということでしょう。男も女も、クルーザー乗りはみょうに体格がいいんですよね。マッチョがクルーザーを選ぶのか、クルーザーに乗るためにマッチョになったのか。

 そして、非日常として旅を求めるアメリカの心性を指摘しなければならないでしょう。バイクを使って日常を抜け出すとしても、サーキットや峠を走る、ドラッガーで直線番長を競いあう、トライアルバイクで岩山を登る、ダートをモトクロスでぶっとばす、荷物を満載して旅に出る、等々、いろんな手段があります。しかし、その中でも、アメリカでは特に長距離の旅に出ることに対して、「フロンティア・スピリットの実践」「自由を求めての挑戦」といった特有の意味づけがあるように思います(「ルート66」も参照)。そして、アメリカで長旅に出るとなれば、やはりクルーザーかツアラーです。

 さらに、以上のすべてを総合する、ハーレー・ダビッドソンのマーケティング。ハーレー・ダビッドソンは1981年に再生して以来、さまざまな経営戦略を展開し、つねに好調な販売を維持し続けてきました。その手法の一つが、バイクを売るだけでなく、バイクの楽しみ方を紹介するというマーケティング方法です(日本法人の例)。バイクを通じて、アメリカのライフスタイルを、そしてアメリカの夢を売るというわけです。

 他にも、流通やナショナリズムの問題など、いろいろと理由をあげることはできますが、ようは、さまざまな理由がからみあって、「アメリカのバイクといえばクルーザー」という環境を作り上げ、市場を形成し、人々の消費意欲を掻き立てる好循環が成立しているということです。

 ただ、マッチョなアメリカ人って、どうもぼくとは相性がよくない人が多くてね。いや、アメリカ人にかぎらず、体育会系のりがニガテなんですが。

 もちろん、バイクに罪はないですよ。ぼくもクルーザーというバイク自体は好きですし。

パリセーズ

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 単数形のpalisadeは「弓矢を防ぐ柵(矢来)」という意味なのですが、複数形でpalisadesになると「川辺の断崖」という意味になります。でもさらに意味をさかのぼると、ハドソン川の両岸にそそり立つ断崖絶壁のことをPalisadesという固有名詞で呼んだのが、19世紀半ばに一般名詞化して広まったそうです。ハドソン川の断崖は、火成岩の大岩がタテに切り立っていて、見た目が防柵に似ている場所があるのですね。

 ハドソン川の断崖は、自然の防塞として、独立戦争のときイギリス軍からニューヨークを防衛するための重要な軍事拠点となったそうです。そのため、「自然がつくった矢来」という意味も同時にこめられているかもしれません。
ニュージャージー州パリセーズの上からハドソン川を臨む
 写真はニュージャージー州側のState Line Overlookという展望台からPalisadesとハドソン川を写したものです。対岸がマンハッタン島ですね。小型のデジカメではちょっと迫力不足ですが、実際に150mほどの高さから大河を見下ろすのはなかなか壮観なものです。

 東海岸の人々は総じてバイクに冷淡です。街中で日常の足としてはバイクを使っている人はあまりいません。でも天気のいい休日には、フリーウェイや郊外の道路で少なからぬバイクを見かけます。バイクは日常を離脱する遊び道具という位置づけなのでしょう。

 この展望台も、週末ともなればニューヨーク市近辺のライダーが集まる"バイク名所"のひとつでもあります。京都近辺でいえば大津ICや堅田の道の駅「米プラザ」のような感じですね。いずれも、ツーリングルートに近く、交通の便がよくて、広い駐車場、売店、居心地のいいイスがあって、見晴らしのいい場所、という特徴が共通しています。

 NY市からおそらくいちばん近いハイキングコースがありますので、バイク乗りでなくてもお勧めのスポットです。G.W.ブリッジからすこし北にあるAllison Parkからだと、たぶんマンハッタンの夜景もきれいだと思います。

ルート66

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routemap.jpg ニューヨーク近郊の自宅からツーリングに出発したのは2005年6月10日のこと。それからおよそ3ヶ月ほどかけて、A. ニューヨーク、B. シカゴ、C. ウィニペグ、D. バンフ、E. ジャスパー、F. エドモントン、H. フェアバンクス → アラスカのあちこち → R. ドーソン、S. イヌビク、T. ホワイトホース、V. バンクーバー → 西海岸あちこち → W. サンディエゴ、フェニックスから旧ルート66、Y. ワシントン.D.C. → ニューヨークというルートを回りました。総走行距離はメーター読みで約3万キロ。

 フリーウェイを使って北米一周をするときはだいたい似たようなルートになるんじゃないでしょうか。ただ、当初は南部からフロリダを回ってニューヨークに戻ってくるつもりだったのですが、あまりにも暑かったことと、ハリケーン「カトリーナ」が接近中だったため、旧ルート66経由に変更しました。

 「ルート66」という道は、かつてアメリカでもっとも有名なハイウェイでした。テレビ番組『ルート66』とその主題歌が広範な人気を得たこともあってか、「The Mother Road」とか「The Main Street of America」とか「自由と民主主義の象徴」とまで呼ばれたことがあります。開拓時代にさかのぼるアメリカの移動熱の精神的支柱ともいえる位置を占めていたといえるでしょう。でも、場所によっては狭かったり、くねくねと入りくんでいて、新しいハイウェイの規格に合わなくなり、モータリゼーションの発達とともに廃道となったのです。ディズニー映画『Cars』でもそのことがテーマになっていましたね。

 だから行政上はすでに存在しないハイウェイなのですが、今でも部分的に古い道が残っていますので、古きよきアメリカを体感しようとマイカーで訪れる人たちがたくさんいます。そういうお客さん目当てに道を整備しなおして、古い町並みを演出するなど観光資源に利用している沿線の町もあります(例1例2)。日本からもルート66を自走するためにアメリカに渡るという人は少なくありません。

 ところで、先ほどルート66について「自由と民主主義の象徴」と書きましたが、アメリカでは移動(とその手段)の自由がたいへん大切にされています。何かから自由になるために移動する、ということもしばしば。アメリカにはロードムービーがたくさんありますが、ほとんど例外なく自由を求めて旅をするストーリーです。シアトルで出会った女性が言うには、「(就職先に)シアトルを選んだ理由は別にないなぁ。ただ、シンシナティから離れて自由になりたかったの。」

 日本の感覚では、田舎から都会に出ていくようなケースをのぞけば、都市間を移動したからって自由になるという発想にはつながりにくいと思います。一方、なぜアメリカでは移動することによって自由が得られるという感覚があるのか?

 ぼくがすぐに思いつく理由は3つほどあります。だから他にもたくさんあるでしょう。

 ひとつは、アメリカはその国土の大きさがいろいろな面で精神性に影響を及ぼしているという文化人類学の学説。つまり、国が大きすぎてリアリティをもって想像できる範囲を超えてしまっているため、遠く離れた土地には異界に等しい距離感をおぼえてしまう。そして、異界に飛び込めばしがらみも断ち切れる、というわけです。

 ひとつは法制面での理由。アメリカは州ごとに独立性の高い法律を備えていて、州間ではあまり情報のやり取りがありません。911テロの後はかなり改善されてきていますが、FBIでないかぎり警察すら犯罪歴の情報を州外からアクセスすることが難しかったのです。だから、ある州で犯罪を犯しても、別の州に逃れれば時間稼ぎできる場合があり、それが移動=自由というイメージを形成した側面はあるでしょう。

 最後の理由がいちばん単純で、移動にともなって生活構造(仕事や人脈など)が激変するから。アメリカって国が大きいせいで、引越ししたらそれまでの付き合いはそれっきり終わってしまって、新天地ではまったく新しい友達とすぐに仲良くなることが多いそうな。平均的なアメリカ人が誰とでもすぐに仲良くなるのはそのためだという説もあります。

2種類のキャンプ場

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 おととしは1年間大学から休みをもらってニューヨークで勉強してました。とはいえ、せっかくアメリカまで行くのにニューヨークだけではもったいない。で、バイクを持ち込んで、夏に休暇と調査をかねて北米大陸を一周しました。

 3ヶ月のロングツーリングでしたので、いろんな発見がありました。別の場所で書いたツーレポですが、加筆・修正を加えて、こちらにも転載していきます。

 今回は「2種類のキャンプ場」

Denali National Parkのキャンプ場。ひとつの区画が30m×10m以上で、テントとテントはいちばん近いところでも20mほど離れている。 北米には2種類のキャンプ場があります。いや、いろんな「2種類」があるでしょうが、ここで紹介したいのは「宿泊客どうしが仲良くなるキャンプ場」と「ほとんど口もきかないキャンプ場」の違いです。その二つを分ける原理はとても単純で、テントとテントの距離が近ければ前者になり、距離が遠ければ後者になります。ただ、樹木などの障害物があれば後者になりやすいかも。

 心理学にはパーソナルスペースという概念がありますが、逆にソーシャルスペースとでもいうべき距離感がおそらくあるのでしょう。ぼくが知らないだけで、すでにそういう概念はあるのかな? ともかく、"その範囲内だったら対人関係を築かないと気まずい距離"というのがどうやらあるようなのです。

 その範囲のなかの人とは、話しかけるストレスより、話しかけないで見知らぬ関係のままでいるストレスのほうが強いため、積極的に挨拶をしたり話しかけたり夕食に誘ったりして、顔見知りの安心できる関係になろうとする。
これはかなり極端な例だけどBillie's Backpackers Hostelのキャンプグラウンド
 逆に、その範囲を超えるような位置にいる人は、話しかけるストレスのほうが話しかけないストレスよりも強いため(あるいは両者が拮抗すると判断に困るというストレスもあったりして)、バスルームとかで近づかないかぎり、基本的には挨拶以上の関係にはなりにくいです。というより、いつソーシャルスペースに侵入してくるかわからないのはけっこう強いストレスの元なので、見えないもの、存在しないものにして無視してしまうという戦略に出たりします。つまり挨拶すらしないことも珍しくありません。

 どっちのキャンプ場がいいかはそのときの気分しだいですが、ツーリング中のぼくは「仲良くなるキャンプ場」のほうが好きでしたね。人恋しいからという理由ももちろんありますが、食事代や酒代が浮くというメリットもあります。どこかで大量にスープでも作ってたり、どこかで酒瓶を並べてたりしますので、「ハーイ!」っていいながら近づいていけば、もう食事や飲み物の心配はいりません。そうやって図々しくたかって食費を節約していました。名づけて「モーターサイクル・ダイヤリーズ戦略」。チェ・ゲバラもやったんだと思えば多少は羞恥心と罪悪感がマシかなと。

 いい天気です。「絶好の行楽日和」というやつですね。なのに、どうしてボクは組合の調査の集計なんかやってるんだろう...。

 大学に来るまでにも、多くの旅仕様バイクをみました。こちらはパニアケースをつけた大きなバイクで出勤しているので、対向車線のバイクからピースサインを送ってくることがあります。

 「あんたもツーリング中? 気をつけていい旅を!」
 「そっちもな!」

 そんな意味をこめてサインを交し合うわけです。

 サインの出し方は、人によって、国によって、違いがあります。日本では、対向車線のバイクに見えやすいように、左手をヘルメットの上辺りにもっていって、指2本を出したピースサインをつくることが多いです。右側通行のアメリカでは、左腕を真横か斜め下にまっすぐ伸ばすのが一般的です。指はパーにして手のひらを前を向けたり地面に向けたりする人もいれば、指2本を出したピースサインにする人もいます。同じピースサインでも、まっすぐ伸ばす人もいれば、指先を地面に向ける人もいます。また、フランスでは左手ではなく、足を出したりします。

 そんな違いはあっても、ツーリング中のバイクどうし、お互いにエールを交し合うわけです。

 バイクは基本的にパーソナルな乗り物です。たとえ二人乗りしていても、無線のヘッドセットを仕込んでいないかぎりは走っているあいだ会話もありません。ましてや、違うバイクどうしだとコミュニケーションをとりようがない。だから、「バイクの社会」なるものは存在しない――そう思われてきました。だから、「暴走族の社会学」とか「バイク便ライダーの社会学」はあっても、「バイクの社会学」という学問は存在しません。

 ところが、実際には、上記のピースサインのようにコミュニケーションは行われています。バイク乗りの「聖地」のような知識を共有したりもします。信号での並び方、バイクの止め方にもちょっとしたルールが出来上がったりします。そうやって、さまざまな「シンボル」を交換したり共有したりしながら、「バイクの社会的世界」はできあがっているわけです。

 ところで、アメリカ式のピースサインは左腕をまっすぐ伸ばすと書きましたが、けっこう難しいんですよね。制限速度を守ってマッタリ走っているときはいいのですが、免許取り消しになりそうなスピードを出しているときにそんなことをすると、どれだけ足でしっかり車体をホールドしていても、左腕だけにすさまじい風圧がかかってバランスを崩しそうになるのです。だから、風圧の軽くなる腕の出し位置をあらかじめ確かめておいて、そこをねらって腕を出すのです。

 ばかばかしいけど、アメリカでハイスピードのツーリングをするときは、必須の知識です。

タミフル調査

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 先月末に、タミフル調査の寄付金が話題になりました。これは厚生労働省にいろいろと問題が大きいですね。

研究班の06年度調査は、(...中略...)インフルエンザ患者約1万人を対象に、年齢幅を0〜18歳まで広げ、異常言動とタミフル服用との前後関係などを確認する。(...中略...)しかし、厚労省から支給される研究費が400万円しかないため、(...中略...)製薬企業からの寄付で補うことなどを確認した。(...中略...)中外製薬が寄付した6000万円のうち、627万円を研究班の資金に流用。調査票の印刷・発送経費の不足分に充てた。(毎日新聞より)
 第一に、1万人の調査をやろうというのに400万円でやれるわけがない。この時点ですでに企画立案能力に問題がある。

 調査の内容や手法にもよりますが、ボクらが学術的な調査を企画する場合、1サンプルあたり2万円の予算を確保するところからスタートします。1万人どころか、千人の調査でも2千万円の予算規模です。

 サンプル数1万なら、調査の内容や手法を調整して思いっきり節約しても、最低限の必要経費だけで1千万円を下回ることはありえません。それを、400万円とは!

 第二に、製薬会社との癒着ぶりがひどすぎる。

 400万円で調査をやれるはずがないことは、説明すれば子どもでも分かる話です。上で「企画立案能力に問題がある」と書きましたが、厚労省の担当者に分からなかったはずがない。

 経緯は今のところ不透明ですが、もともと、製薬会社からの寄付金を流用することが織り込み済みだったのではないかと思われます。

 薬の副作用の調査に、もともと製薬会社からの寄付金を使うつもりだったとしたら、常識はずれもいいところ。分析者がどれだけまじめにやっても、結果がゆがんでいるのではないかとの疑いをどうしても呼んでしまう。

 医療も医療行政も、高度な「専門化支配」のために外部からの監視の目が行き届かない。本質的に薬害などが発生しやすい環境にあります。だからこそ、意識的にコンプライアンスを高める制度的な工夫が必要なはずなのに、そのような問題意識は一切なかったようです。

 第三に、研究者に手を汚させようという姿勢がいやらしい。

 報道によると、研究班が自前で寄付金から予算を確保できるよう奔走したらしい。つまり、厚労省は、問題のある資金流用について、自分の手を汚さず研究者たちを誘導したということでしょう。

 第四に、研究者に罪をかぶせて切り捨てる姿勢が汚い

 研究者には同業者や外部から監視を受ける仕組みがありますので、スポンサーにある程度配慮した記述にすることはあっても、データを捏造したり、ウソをついたりすることはできません。それは、研究者生命を確実に危険にさらすことになるハイリスクな行為であり、はした金でやれることではありません。

 今回メンバーからはずされた研究者たちは、私服を肥やして分析結果を捻じ曲げるような人物であったようには思われません。そもそも、寄付金の受け入れについても、きちんと手続きを整えた上で、本当に必要な経費を流用しているわけですから、それも問題だとはいえない。むしろ、乏しい予算をやりくりして、懸命に結果を出そうと努力したようにしか見えない。

 それを、マスコミからヒステリックな糾弾を受けたら、あたかも研究者側に問題があったかのごとくただメンバーからはずすというのは、当の研究者にとってはあまりにも不名誉なこと。いったい、誰が名誉を回復するというのでしょうか。

 第五に、意図していなかったように装う姿勢が汚い。

会見した厚労省医薬食品局の中澤一隆総務課長は「(中外製薬の寄付を流用した点について)問題があり、対応が十分でなかった。(流用を結果的に黙認したことは)十分な認識が足りなかった」と謝罪した。(同上)
 「バレたときに非難される」という認識が足りなかったということであって、「中立的で正確な調査を実現するために問題がある」という認識が足りなかったわけではないのでしょう。

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