在日韓国人の教育達成

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※以下は1998年5月に『民団新聞』に連載した記事を再掲したものです。

 在日韓国人の教育達成については、よく二つの説を耳にする。一つの説は、貧困のために高等教育を受けたくても受けられなかった親の世代が、子どもにはそのような不満を抱かせたくないと思い、子どもに対して強い教育期待を抱くようになるというものである。もう一つの説は、高等教育を受けても一般企業への就職の道が閉ざされていた親の世代が、大学に行っても無駄だという考えを持つようになり、子どもに対する教育期待を失ってしまう(つまり?学歴よりも手に職をつけろ?ということになる)というものである。
 じつは、このどちらの説にも根本的なところで間違いがある。筆者がかつて明らかにしたところによると、戦後に注目すれば日本人と在日韓国人の教育達成に差はみられないのである。同じことは本調査でも確認できる。前回紹介したSSM調査(本連載においてSSM調査データはすべて男性に限定している)と比べてみると、本調査の平均教育年数が12・40年なのに対して、SSM調査は12・35年。わずかに本調査のほうが高い値を示してはいるものの、統計的には誤差の範囲内でしかない。前述の説は、いずれも民族差別の存在を重視するあまり視野が偏ってしまっているわけである。
 だがこれは、あくまでも在日韓国人全体の教育達成をみればという話である。教育年数の平均値に民族間の差異がみられないとしても、そのプロセス、すなわち教育機会に違いがあるということは十分に考えられる。一般に、教育を達成するうえで重要な役割を果たすことが知られているのは、成育家庭の階層性である。可処分所得に余裕があれば、子を進学塾に通わせることも可能だが、逆に所得に余裕が乏しければ、学校外教育に投資するどころか、学費さえ捻出することが困難となる。また、高階層に付随する文化的背景――たとえば、家庭内の会話で豊富な語彙が用いられたり、日頃から活字文化に親しむなど――に恵まれていれば、子の進学は比較的有利となる。
 表1は父教育、父職業を説明変数とした教育達成への重回帰分析の結果を民族ごとに示したものである。父教育が子の教育達成を規定する効果に注目すると、日本人の偏回帰係数が0・31であるのにたいして、在日韓国人は0・19と大きく下回っている。一方、父職業の係数ほうは在日韓国人が日本人を上回っているものの、その差はわずかなものでしかない。結果として父教育および父職業による説明力(R^2)は在日韓国人のほうが小さくなっている。これは、出身階層が子の教育達成を規定する力は、在日韓国人のほうが日本人より弱いということである。
 ところで、平均教育年数でみるかぎり、教育達成に民族間の差異はみられなかったことを思い出してもらいたい。すなわち、在日韓国人は日本人にくらべて、父教育や父職業といった出身階層による利点を活かしきれていないにもかかわらず、日本人と同等の教育を達成してきているわけである。
 どうしてこのようなことが起こるのかについては、表2を見ていただきたい。
 高校進学時の経済事情(β=0・37)や父教育(0・12)が一定の影響力を及ぼしていることから、出身階層は教育達成にたいしてもっとも重要な影響力を与えているということがわかる。だがそれと同時に、出身家庭の心理・主観的側面である親の進学期待も比較的大きな影響力(0・28)を示し、回答者の価値態度である教育達成意欲も一定の影響力(0・18)をおよぼしている。すなわち、出身階層がどうであろうと、成育家庭が教育達成を支持し、本人が教育達成に強い意欲をもっていれば、より高位の教育を受けることが可能だということである。
 前述したとおり、結果としての教育達成をみるかぎりは民族間に格差は存在しない。したがって、安易に民族間の不平等を前提とするような主張は、在日韓国人の教育を論じるにあたっていちじるしく妥当性を欠いており、厳に慎まなければならない。
 しかしながら、出身階層、民族、教育達成の関連を子細に検討していくと、明確に民族間の不平等が出現する。だが、在日韓国人はその不平等にたいして手をこまねいて座視してきたわけではない。各自の能力を生かし、また階層構造の梯子をのぼろうという意欲をもつことによって、同一出身階層の日本人よりもより高位の教育を達成していることが示されている。つまり、民族間の不平等を、能力と意欲によって突破しているのである。
 ?われわれ在日は不利なのだから、日本人と同じにしていては日本人と同等の地位は達成できない?――在日同胞のあいだで頻繁に聞かれる主張である。この主張の正しさが調査データからも確認されたと言える。

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このページは、mskimが2018年4月17日 11:34に書いたブログ記事です。

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