試験の巧拙

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 ぼくが非常勤で教えたことのある他の大学に比べて、うちの大学の学生には明確な特徴があります。

 試験がヘタなのです。いや、正確に言えば、どういう種類の労力をどれくらい試験勉強につぎ込めばいいのか、わかっていない学生が多い、ということです。

 事前に試験勉強のコツを教えてあげたときは、たったそれだけで一斉に得点が上がって、某有名大学の20点近く高い平均点になったりする。一方で、そういう指導をやらなかったときは、学力や平常の授業態度と関係なく一斉に得点が下がって、他大学より10点近く低い平均点になったりする。

 3年生ぐらいになると、一定の学力を持つ学生はだいたい要領を会得してきますので、"試験なれ"していないということもあるんでしょう。でも、学生の気質や資質も関係しているように思います。

 マニュアルがある作業だと、真面目にコツコツこなして完成度の高いものを提出してくる。例題にならってレポートを完成させるような作業をやらせると、確実に他大学の学生よりも優秀な学生の割合が高いですね。

 なのに、自らマニュアルを作り出すような独創的な作業はたいへんニガテとする学生が少なくない。例えば、「自由に論じなさい」のような課題だと、出来のよしあしを問わず、読んでいて楽しくなるようなオリジナリティのあるレポートは非常に少ない。

 だから、定期試験の作問でも悩みますね。穴埋めや語句説明など、授業で伝えた知識の習得度を問う形式にするべきか、それとも、論述形式で、どれだけ教わった内容を消化し、自らの知識として肉体化し、実際に応用してみて新たな疑問を発見する力量が身についているかを問う形式にするべきか。

 小テストや中間試験は前者でも、定期試験は後者にしたい、とぼくは思うのですが、そこまで学生を育成できてはいないという自覚もある。だから、不本意ながら、全部、前者の形式で出題することにしています。

 基礎ゼミその他、独創性や主体性を育てるための授業は増えてきていますが、「主体性を育てる」という形容矛盾に解決策を見出すのはたいへん難しいですね。結局は、主体性があるように見せかけるテクニックを覚えさせるだけということになりかねない。

 そうはいっても、テクニックはテクニックとして重要ですので、「試験でいい成績をとる方法」も今年度から授業に組み込むようにしました。せめて少しは世渡り上手になってくれるといいのですが。

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このページは、mskimが2007年7月10日 07:00に書いたブログ記事です。

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